※「苦いクスリに甘い嘘とお迎えです。で鋼」のダブルパロ設定です
※兄さん、既婚者で死人です
※奥さんも出てきます
※そんなわけで若干ノーマルカップリングもありです


聖ウァレンティヌスの贈り物 <<ハイデリヒ編>>

 雑多な室内がどことなくそわそわとしている。それはほぼ男性陣に限られ、女性陣は半ば面倒そうに仕事をこなしていた。
「あ、そっか。今日は2月14日か」
 その様子に首をかしげていたエドワードはようやく日付の意味に気づいたらしい。
 
ハイデリヒの視線に「悪ぃ。用意してない」と軽く謝る。
「かまいませんよ」
 次いで、僕が用意してますから、と続けようとしたハイデリヒは、引出しに入れた包みを取り出すことが出来なかった。
「オレ、バレンタインっていい思い出がないんだ……」
 だからあんまり好きじゃない、とがっくり肩を落とすエドワードに、通りがかった上司がおもしろそうにもたれかかった。
「聞かせてもらおうか」
「……仕事してくださいよ、課長」
「オマエだってサボってるじゃん」
「オレは休憩中です、アルフォンスも」
「じゃ、俺もきゅーうけーえ!」
 座っているところをツンツン長髪の上司に後ろから体重をかけられ、諦めたようにため息をこぼす。
「アルフォンスは知ってるけど、オレ、高校の時文化祭で女装したんですよ。で、そのあとのバレンタインにチョコ寄こせっつー野郎がいっぱい……」
「襲われたか」
「……まあ、そんなところです」
「エドワードさん! 僕それ聞いてません!」
「言ってねえもん」
「で、奪われたか」
「チョコなんて持ってませんでしたよ」
「いや、カラダとか」
「馬鹿言ってんなよ、このクソ上司。返り討ちにしたさ」
「オマエ、豆粒ドチビのくせに強いもんなあ」
「豆粒って言うな!」
 そのまま乱闘になりそうなところをハイデリヒがどうにか割って入り、わずかに顔をあげて様子をうかがっていた女性陣はどうやら被害を免れたらしいと仕事に戻った。いくつになっても男って馬鹿でガキでめんどうね、と彼女たちの顔には書いてある。ごめんなさい。
 しかしまあ、あの見た目フランス人形ならば、健康で食欲その他をもてあました男子が血迷うのもわかる気がするし、それに対する興味や不安は女性陣への申し訳なさに先立ってしまうのだ。
「まさか、そのたった1回で嫌いになったのかよ」
「違いますよ。評判よかったからって次の年も女装させられて、大学入ってもなぜか高校んときつるんでた奴らが悪ノリしやがって学園祭の女装コンテストに出されられて――」
「優勝したのか」
「しました」
「けどさあ、男子校ならともかく、学生にもなればそのケでもない限り、血迷うやつなんていないだろ?」
「数は減ったけどその分しつこくて」
「けっこう悲惨な人生だねえ」
「まだありますよ」
「聞いてやろう」
「好きな女の子からチョコもらったんですよ。で、これはチャンス!と思って告白したら」
「したら?」
「振られました」
「……ごめんな、慰める言葉が見つからない……」
「……っていっても、その後オレの奥さんになったんですけどね!」
「惚気かよ」
「ちなみに、その元妻は別の部署にいますよ。管轄違うからあんまり会えませんが」
「ええっ!?」
「マジかよ!?」
 自分だけでなく上司も知らなかったのか、とちらりと思ったが気にしている場合ではない。驚きのあまり身を乗り出したハイデリヒと上司にエドワードも若干引き気味だ。
 誰? 誰?と詰め寄る上司にエドワードがもらした名前は、やはり衝撃的だったらしい。
「似合わないねえ……夫婦っつーか、むしろ親子……もちろんエドが息子な」
「アンタなあ……でもオレもあんなかわいい人が結婚してくれるなんて思わなかったけどさ。プロポーズ受けてくれたときは嬉しかったなあ」
「いや、オマエの感覚おかしいから。あれのどこがかわいいんだ」
「かわいいというか……綺麗な方ですよね」
 ……って、え? 奥さんここにいるんですか!? 初耳なんですけど元奥さんがいるのになぜエドワードさんは僕とこんな関係に?
 ハイデリヒの混乱をさらに助長させるような事態、到来。
「エド」
 豊かな黒髪をなびかせ、豊かな胸元をたゆませ、むやみやたらと色っぽく登場した女性に、エドワードはこぼれるような満面の笑みを浮かべた。
「ラスト!」
「ハイ、コレ」
 わーい!と喜ぶエドワードとあたたかく見守るラストはやっぱり親子にしか見えない。
「サギだ……つーか、最悪のバレンタインのくせに喜んでんじゃん!」
 上司の不満にエドワードはくるっと振り向いた。
「ラストからもらえるなら話は別だ!」
 もう気分はウキウキだ。反対にハイデリヒはどんよりだ。元妻って。妻って。
 仲良さそうじゃないか。というか、この状態ではひょっとして自分のポジションは愛人か。再会したなんて一言も教えてくれなかった。そういえば半年前、妙に機嫌のいい日が続いていたような。もしや再会はそのときか。でもその時期、別れようなんて切りだされたことはなかったし、休みが合えば一緒に出かけたし、一緒にあれやこれやとしたし、それは世間一般でいう恋人同士がすることで、まったくエドワードに後ろめたさらしきものは感じられなかった。
「来月、楽しみにしてるわ」
と艶めかしく微笑む女性の指先はエドワードの顎をとらえ、自身の方へと上向かせる。対するエドワードは当然のごとく、それを受け入れ、二人の距離は近づいて行く。止めなくてもいいのか?と上司が呟いた。止めたいけど体が動かないんですよ、課長。
 唇が触れ合うまであと数センチ、というところでエドワードが、じーっとハイデリヒを見た。
「このまま、しちゃってもいい?」
 首を横に振りたいが、体は動かないし、声も出ないし、だいたい相手が奥さんならば自分が割って入るのは筋違いであるようにも思えてくる。そんなハイデリヒの葛藤に気づかないのか、エドワードは「じゃあ、する」と言い捨て、妻の後頭部に手を添えた。ぐいっと己のほうに引き寄せ――
 チュッ、と軽い音を立てて額にキスを落とした。
 口づけを受けた女性は、ふふっと色っぽく笑い「可愛いわねえ」と感想をもらす。
「可愛いだろ」
「坊やったら固まっちゃってるわ。意地悪もたいがいにしないと愛想をつかされるわよ、エドワード」
「いや、あんまり順調過ぎるからここらでひとつ壁でも用意しておこうと思って」
「悪い人ね」
 ラストは頭の回転が完全にストップしているハイデリヒの前にエドワードを立たせると、こう言った。
「不束な主人だけれど、よろしく」
 よろしくされてしまった。おまけに、
「これ、私からのバレンタインのプレゼント」
もらってしまった、彼女のご主人を。
「オレ、チョコのかわり?」
「そうよ、だってアナタ、用意してないでしょ?」
「してないけど」
「ならいいじゃない。それとも不満なのかしら?」
 まったく、とエドワードは首を振った。いい案だ、と。
 なんなのオマエら……とぼやく上司の気持ちが痛いほどわかった。なんなのだろう、この夫婦。他人に夫を贈る妻。妻の手で他人に渡されることに何の疑問も持たないどころか賛同する夫。しかし上司はぼやくだけでいいが、この場合の「他人」にあたるハイデリヒは当人だ。目の前に立つエドワードを受け取るか否かを決めるのはアルフォンス・ハイデリヒ、ただ一人。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
 受け取っちゃったけど、そんな、妖艶に微笑まれましても。
「あの……」
 頭の中をうずまく疑問は、いまここでぶつけてみるべきなのだ。うやむやにしたらきっとこの先もうやむやのままになる。ようやく回転しだした脳でもってハイデリヒは決断した。
「本当にいただいてしまってもいいんでしょうか。エドワードさんは、貴女の――」
「いいのよ、あげる」
 実に楽しそうにラストは去って行った。去り際にこんなことを言って。
「でも、半分だけね」


 もう半分は私のものよ。


 ラストの言葉に再びかたまってしまったハイデリヒの耳には、背後で交わされる上司とエドワードの会話は入らなかった。
「怖いねえ、あのオバサン」
「オバサン言うな。しかし最後のセリフはアクセントが聞いてていいなあ、さすがラスト」
「何それ」
「さっき言っただろ。ここらで一つ壁を用意しておくのもいいかなって」
「まさか……」
「協力してくれたってわけ。めくるめくトライアングラー!」
「……オマエをここに置いたの、間違ってたかもしんない……」
 そのやり取りをこっそり伺っていた職員たちは、妻とよく似た笑みを浮かべるエドワードとげんなりする上司、硬直したままのハイデリヒをそれぞれ見比べ、後者二人に深く同情するのだった。


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おまけ(再会時のエルリック夫妻)

「ラスト、ラスト! ひさしぶり!」
「あら、来たの。
死ぬの早すぎるわよ、せめて八十までは生きてほしかったのに。
これじゃあ白髪のアナタを見られないじゃない」
「ごめん! でさ、オレ好きな人出来た!」
「あら、よかったわね。どんな子?」
「真面目で背え高くて一生懸命でぐるぐるしてて辛抱強いやつ」
「それで、”可愛い”のね」
「おう」
「ホントに可愛いものが好きなのねえ」
「ラストも可愛いぜ」
「ありがと。そのうち、見に行くわ」


というわけで、見に来た。




あとがき

ラストさんは兄さん萌えで、兄さんは可愛いもの萌え。
……ごめん、ほんとごめん、いろんなものにごめん。