聖ウァレンティヌスの贈り物 <<マスタング編>>

 なぜかはわからないが、化学担当教師ロイ・マスタングは女生徒に非常にモテる。曰く、「優しくて頼りがいがありそうなところかな」「ありそう、じゃなくて、実際あるのよ」「頭いいしねっ!」「かっこいいし」「その辺の男が言うと恥ずかしいだけのセリフも先生が言うとすっごくはまんのよねー!」もういいです、とのエドワードの呟きは、彼女たちには聞こえない。
「チョコ、あげた?」「あげたあげた」「あたしも!」「いっぱいもらってたから食べてもらえるかはわかんないけどね」「でもさ、ひょっとしたらわたしのだけは……って期待しちゃわない?」「するする!」「禁断の恋だねっ!」「私は前から君のことを……」「先生……」「誰にも明かせない恋だけれど、それでもこの手を取ってくれるかい?」「先生となら、かまいません! 好きだから!」ひしっ! がしっ! と寸劇を繰り広げて抱き合う女子はエドワードの視線に気づくと照れたように咳払いをした。おっほん。
「エドもけっこうもらったでしょ?」「かばんからはみ出してるもんね」「あ、私エコバッグ持ってるよ。これこれ、かわいいでしょー」「ほんとだー、かわいー! あたしもほしいな。どこで買ったん?」「帰りに寄ってみる? エド、貸したげるね。ハイ!」流れのままに受け取って礼を言うも女子の会話は止まらない。
「あんたってなんでかオネエサマ方に人気あるよね」「コロボックルちゃんとか呼ばれたりして」「こんな目つきでコロボックル? コロボックルに謝れ!」「あたし知ってるよ! 現国のリザ先生と保健室のラスト先生にももらってた!」「義理でしょ? あれ? でも先生たちって他の先生にもあげてなかったような……」「せんせーたち、義理チョコももらえないって泣いてたねー」「じゃあ、まさかエドが本命!?」「けっこう気合い入ったチョコだよね、ゴディバとかジャン・ピエールなんたらとかの」ひとがもらったチョコを勝手にいじるな。
「見せて見せて!」「わー、マジで!?」「これ、おいしいよね。……高いけどね!」「何これ、ブランドチョコだらけじゃん。ぜいたくな」「なんでこんな豆に!」豆って言うな。「あ、でもこれはかわいいなあ。手作り?」
 やっと本題に入れそうだ。
「あのさ、お前らの中にマスタングに渡そうと思ってまだ渡してないやつっているか?」
「ハーイ! これから行こうと思ってるけど、それがどうかした?」
「これ、一緒に渡してくれないかな」
「このかわいいやつ? エドから?」
「バカ言うな。後輩から頼まれたんだよ」
「あはっ。いいよー、持ってったげる。渡しにくいもんね」
「ありがとな」

 帰り道、すぐ横をのろのろと並走する車に声をかけられた。
「待っていてくれたらよかったのに」
「……って、なんで教師がこの時間に帰んだよ。早すぎるだろ仕事しろよ」
「ヒューズが引き受けてくれてね。ほら、乗りなさい」
 車はほんの数メートル先で止まって、わざわざ降りてきたマスタングが助手席のドアを開けた。
「君が乗らないと発車出来ないぞ。ああ、後ろから車が来たな。狭い道で追い越せないだろうし、このままでは迷惑になるだろうなあ」
 舌打ちとともに乗り込むと、マスタングはしてやったりとばかりに微笑んだ。なめらかに車は走り出す。つきあたって、そう、右に行くはずのところを左へと。
「おい……オレんちはこっちじゃねーぞ」
「トリシャさんには外泊許可をもらっている」
「てめっ、なに勝手に!」
「だってお礼をしたいじゃあないか、チョコの」
「あげてないもんの礼をもらういわれはない」
「くれただろう。エドに頼まれたって君のクラスメイトの子が言っていたよ」
「オレじゃねーよ。後輩に頼まれたんだって」
「ならば、その送り主に君から伝えてくれるかな。私も愛している。あなたからの贈り物があまりに嬉しかったので、返事を来月まで先送りすることなんて出来ない。今夜お返しします、と」
「……伝えておくから、おろしてくれない、かな?」
「あいにく、うちまで赤信号には引っ掛からないみたいだよ。裏道通るし」
「いや、その辺でとめてくれればいいんだ」
「しかたがないな。はい、止めたよ。……ところで、私がこのまま君を帰すと思うのか?」
「……」
「……」
「……っ」
「……食前酒にしては、甘すぎたかな」
「……殴っていいか?」
「もうアクセル踏んでるからやめてくれ。事故を起こしてしまうよ」
「じゃあ、止まったら殴っていいか?」
「じゃあ、殴られてあげたら抱かせてくれるのか」
「直球すぎんぞ、このセクハラ教師。さっきまでまわりくどく言ってたくせしやがって」
「まあ、これでも嫉妬しているんだよ。ホークアイ先生とラスト先生からチョコもらってただろう」
「リザ先生のはアルへのついでだし、ラスト先生はホワイトデーが目当てだぜ? どこに嫉妬の余地があんだよ」
「……エドワード、君はあまり男心を理解してくれないね」
「してるぜ、充分。落ち込んでるふりして、このあとどうやってオレを部屋までひきずってくか考えてんだろ」
「驚いた……充分理解してるじゃないか」
「当たりかよ」
「さて、選択問題です。一、とりあえずキスでぐったりさせて運ぶ。二、みぞおちに一発入れて気絶させる。三、ここでやる」
「一、パス。二、それ犯罪。三、狭い」
「一、パスは却下。二、は私も嫌だな。三、……ああ、もうマンションについてしまった。さすがに他の住人に見られるのは避けたいな。じゃあ、一だ」
「……なんかそれ、もう選択肢無くねえ?」
「無いね」
「……」
「ところで、さっきの三番目の答えなんだが、狭くないところならいいのかな」
「……」
「エドワード?」
「……」
「チョコレート、ありがとう」
「……」
「欲しいとは言ったが、まさか、くれるとは思わなかった」
「……」
「そんなに仏頂面をしていると、ここで襲ってしまいたくなるんだが」
「……」
「降りて、一緒に部屋まで行ってくれるかな」
「……歯ぁ、食いしばれ」
「? ……っ!!!」
「行くぞ」
「……本当に殴るなんて。……いや、これで条件は達成したということか?」
「やんねえんなら、オレ帰るぞ」
「エドワード、口の中が切れてしまった。これじゃキスが出来ないじゃないか」
「食前酒はすませたんだろ? じゃ、あとは前菜とメインとデザートがあればいいじゃん。……なに紅くなってんだよ、気持ちわるい」
「……君の気持ちの切り替えポイントがいまだによくわからん」
「簡単だろ、そんなもん。やきもちやくあんたがかわいかったから」
「……っ! 君は、男の気持ちをもてあそぶのがうまい……」
 気持ちわるいなんて言ったが、赤面するマスタングは本当にかわいいものだ、とエドワードは思った。


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実は増田より恥ずかしいひとだった兄さん。