「んっ……はあっ、……んう……っ」
ついばむようなキスは、ロイの「少し口を開けて」という言葉を境に、想像もしたことのない深いものへと変わって行った。口の中の粘膜も性感帯、とは何で読んだのだろう。
「ふっ、いきっ……できな……ん、あ……」
くすぐるようにロイの舌はうごめき、目尻がかっと熱をもった。ロイのタイミングで息をすることが出来なくて、くるしい。くるしいけれど、背筋がぞくっとして膝に力が入らない。
抗議するようにロイの髪を引っ張ると、ようやく唇を離してくれた。でも腰に回った腕はそのままで、後頭部に添えられた手もそのままだった。
「こういうときは鼻で息をするんだよ。やってごらん」
言うが早いか、エドワードの唇はまたロイによってふさがれた。請われるまでもなく口を開けてロイを誘う。くるしいけれど気持ちがよかったから。このままキスを続けたら、どれだけ気持ちよくなるんだろう。
「……んっ、あ……ふ、んう……んっ」
言われたとおりに息をしようとしても、熱い舌に翻弄されてやっぱりうまくいかない。頭がぼーっとしてくる。遊ぶように弄ばれる耳からは別の快感がわきおこってくる。
もうだめ、と思ったところで、ロイは離れていった。もう身体に力が入らなくて、ロイに支えてもらわなければ立ってもいられない。こどもといっても筋肉でそれなりに重い身体をあっさりと支えるロイを潤んだ目で見上げ、たくましいんだ、と思った瞬間、恥ずかしさに頬が赤く染まる。いまからこのひとに抱かれるのだ。自分から望んで。
「ここがいい? それともベッド?」
どちらがいいとはすぐに答えられなかった。というより、広さからいってベッドのほうがいいのだろうけれど、これからすることを思うと、ベッドという単語を口にすることすら淫らに感じられて答えに迷う。そんなエドワードの心中を察したのか、ロイは「二階へ行こう」と言った。エドワードは黙ってうなずいた。
その場でロイに抱きあげられる。寝室に向かう途中で器用に靴を脱がせられ、廊下に落とされた。一歩一歩寝室に近づいて行く。心臓はすでにばくばくいっているから、きっとロイには伝わっている。ドアを開ける瞬間、たまらずにロイにぎゅっと抱きつくと、ロイは囁いた。「大丈夫、君が嫌なことはしないから」 優しい声だった。
「本当に嫌になったら私を殴ってやめさせてくれ」
そっとベッドに下ろされ、座ったままどうしたらよいのかわからなくて迷ったあげく、服を脱ごうとすると、そっと止められた。
「……んっ」
唇を触れあわせるだけの軽いキスをしながら、ロイの手はためらうことなくエドワードの服を脱がせていく。その手がベルトにかかったとき、思わず口を引き結ぶと、ロイの手が止まった。
「自分ではずす?」
「……だって、座ったままじゃ脱げないだろ」
「こうすればいい」
ベッドに乗り上げたロイに押し倒され、背中がベッドに沈む。唇がふやけるほどのキスの合間に手早くベルトははずされ、ファスナーもおろされ、まるで魔法みたいにするりと足から抜けていった。下着ごと。
「えっ……あ、ちょっと、なんでっ!?」
あまりの手際のよさに、泣いてしまいそうだ。
「どうかしたか?」
「だ、だって、俺だけ素っ裸じゃん」
ロイと自分の経験の差に圧倒されたこともあったが、ロイはきちんと服を身に着けているのに、自分だけが裸なことも恥ずかしかった。気を抜くと声も震えてしまいそうで、エドワードは必死に平静を取り繕う。無意味だったけれど。
「気にすることはないよ。私だってそのうち君と同じになるから」
そのうちっていつだよ!と聞き返す暇もなかった。にっこりと笑ったロイが首筋に顔をうずめる。空いた手がエドワードの膝をわり、その間にロイが身体を落ち着かせた。自分の格好がとても無防備に感じられて、不安になる。あろうことか、その不安になる一番の原因に、ロイは前触れもなく触れた。
「ひっ、あっ……やっ、やだっ、いきなりなにっ」
「少し、硬くなってるな。さっきのキスは気持ちよかったかい?」
「や、あんっ……そ、んなこと、聞く、な……あっ」
ゆるゆると扱かれて、起ちあがっていくのがわかる。キスだけで、簡単に快感に負けてしまうなんてなさけない。ロイは涼しい顔をしているのに。
「嬉しいよ、鋼の」
何がうれしいのか。言い返そうとしても、口を開けば、自分でも聞いたことのないような高い声に襲われる。酒場で男にしなだれかかる女が出すような声に似ていて、はずかしくなった。でもロイの手に促されて、そこはあっというまに反り返っていこうとする。少しずつすべりがよくなっているのは、先からこぼれたものが伝っているからだろう。ロイの指は巧みで、先を塗りつけるようにされると、声が我慢できなくなった。
「あっ……はあ、う……あ、あっ、や、だめ、ああっ……んぅ」
咄嗟にロイの肩にかみつく。いつのまにかロイは服を脱ぎすて、上半身は裸だった。生身の肌に歯を立てられればロイだって痛い。でも放せばまた声が出てしまう。
「鋼の、痛いのか? 気持ち悪い?」
違う、とエドワードがロイの肩を噛んだまま首を振ると、ロイはエドワードを責め苛む手を止めた。
「ひょっとして、声が出るのが嫌なのか?」
ん、と頷くと、ロイはわずかに身を起こし、エドワードと視線を合わせた。
「私は君の声を聞きたいよ。君の声はとても正直だから。それに……興奮する」
ロイはエドワードの左手を取って、自分の下着の中へと導く。呆けたように素直に従ったエドワードは、いま自分が何をしているかに気づいた途端、びくっと身を震わせた。
ロイの性器が反応している。熱くて、すこし硬くなっている。ああ、ほんとに興奮してるんだ……とうれしくなってロイに笑いかけると、触れているそれが、ぴくっと震えた。
「んっ……こら、いたずらするんじゃない」
少しなぞっただけなのに、ロイは吐息をもらし、エドワードを形ばかりに咎めた。ロイの、ちょっと鼻に抜けたような声は嫌じゃない。それどころか、色気があった。こんなふうに、自分の声もロイに快感をもたらすことが出来るのか。
「大佐……」
「あまり煽るな」
「何のこと……あっ、ん……なに、して……?」
胸の辺りを見下ろすと、ロイの指が尖りをぐりぐりとこねていた。舐めて濡らしたのか、指の腹でこすれるのが痛いようなくすぐったいような感じで、すぐにむずむずとした熱さが広がって行く。
「や、だっ……そんな、の、いじるなっ……やっ、ん……ああっ」
「心配いらないよ」
ロイは今度は指のかわりに舌で舐めだした。視線はエドワードと合わせたまま、見せつけるように舌の先でこねる。じん、と熱くなったものがエドワード自身をどんどん勃たせてゆく。
「あ、ああ……や、やっぱ、おかし……オレ、おかし……はぅ、あ……っ」
「おかしくない。男だってここをいじられれば感じるものだよ。……君の身体のどこが感じるのか、全部教えてあげる」
「……っ」
乱れる息を思わず呑んだ。穏やかな瞳の奥に、違う表情が垣間見える。
全部教えてあげる。全部、全部。
「ここは、感じるみたいだね」
にっこりとほほ笑んだロイは、そのまま唇を腹のほうへとすべらせていった。そして、腹も通り過ぎて行く先は――
「やっ、なにす……ああっ、たいさ、やめろ、んっ……はあ……やめ、て……ああんっ」
すっかり勃ちあがったものがロイの口に含まれていく。見ているだけで恥ずかしいのに、ロイは先端に舌先をもぐらせたり、じゅぷりと音を立てながら舐めた。女性以外は経験がないだろうに、ロイは巧みだった。まさか、他にも誰かにしたことがあるのだろうか。
「まだ、足りない?」
ぼんやりとしたエドワードに気づいたのか、ロイはいたずらっぽく笑うと今度は手も使い始めた。舌には先端をいじられ、手には全体を扱きあげられ、わけがわからないままエドワードはシーツを掴んだ。ロイが動くたびにじゅぷじゅぷと音がしていたたまれない。
「あんっ、音、……おと、やだあっ……んんっ、……ふあ、あ、でるっ……でる、からあっ……はなし、て――」
自分のもらす喘ぎにすら感じて、エドワードは絶頂へ導かれ、びくびくっと震えながらロイの口へと吐き出す。そして、見てしまった。ロイの喉が、こくりと動くのを。
「な、なに飲んでんだよ! まずいだろ!」
慌てて左手で頭をぽかりと叩くと、ロイは口を開いて残っていたものを手のひらに出した。
「そうだね、うまいものではないが……君が出したものならまずくはないさ」
「……なら、オレもやる」
ロイがやってくれたなら自分だって、と起き上がろうとしたエドワードはやんわりと肩を押され、枕に逆戻りした。
「大佐!」
抗議の声をロイは黙って受け流すと、手のひらを白く汚すものを指にまとわりつかせる。そんなもの、とても直視出来なくて、エドワードはロイをにらみあげた。
「鋼の、男女のセックスの仕方を知っているかい?」
「……馬鹿にすんな! 知ってる!」
それはよかった、とロイは笑った。
「では、女性のような、セックスのときに男を受け入れる箇所がない場合はどうしたらいいんだろう?」
考えてごらん、と促されて、エドワードは男性の身体構造を思い浮かべた。下のほうで、ロイを受け入れられそうな箇所といったら――
「そう。ここだよ、鋼の」
ぬるむ指でトントンと叩かれたのは、エドワードが思い浮かべ、慌てて打ち消した場所だった。
「だ、だってそこは……!」
出す場所であって入れるところじゃない。エドワードの想像する男同士のセックスは、キスをして、互いに身体を触り合って……そこまでで終わっていた。他人の手でイったことすら初めてだ。それなのにロイは、まだ先があると言う。
エドワードの混乱に気づいたロイは、エドワードを落ち着けるように軽く口づけると、しっかりと目を合わせた。
「これは一方的に君の負担になる。だから、君がもし嫌なら、こんなふうに……」
「んっ、……あ……はぁん……あ、ああ……」
自分のものにロイのものが擦りつけられ、まとめてロイの手がゆっくりと這う。ロイのものは熱くて、ちらりと目をやると、その太さと大きさに眩暈がした。
「……こうするだけでいいよ。でももし君が嫌でないのなら……ここで私を受け入れてほしい」
後口を撫でられると身体がびくっとふるえた。あんなものが、こんなに狭いところに入るはずがない。だから断ろうと思った。二本を合わせて擦っているだけでも気持ちがいいし、ロイだって今の行為で充分に気持ちよさそうだ。
でも、このひとは、後ろで受け入れてほしいと望んでいる。つながった、という事実がほしいんだろうか。……それならオレだってつながりたい、とエドワードは思った。男でも、女のようにセックスはできるという。たぶん、痛いのだろうけれど。痛いだけの行為だとしたら、ロイが自分に強いるはずはない。きっと気持ちよくなれるのだ。もっと気持ちよくなれる。
ロイにもっと、快感をもたらすことができる。この身体でも。
エドワードは、こくんと頷いた。それが合図だった。
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