グルーヴィー デイズ


 その少年の兄がやってくると、上司の仕事の能率がだいぶ上がってちょっと下がる。
 というのも、「明日イーストシティーに着く」という電話が入った日の能率は通常比1.5倍。しかし少年の兄が来る日の午後は、何とはなしに一枚の書類に目を通す速度が遅れ、めくる手がにぶり、 必要事項を書き加えるはずの手がとまる。
 そういうときは、彼女が頑張ってせかしてもどうにもならず、結局彼女はため息をついて言うのだ。
「その小山を消化してくださるなら、あとはご自由にどうぞ」
 途端、上司の処理能力は大幅に上がり、彼女はまたもため息をつき、ソファーに座って弟と仲良く本を読んでいた兄は困ったように微笑むのだった。
 そして彼女は、一旦執務室を辞して、紅茶のカップを二つトレイに載せて、来た道を戻る。
 大きな姿の少年と、小さな姿の少年の前にそれぞれカップを置き、「ありがとう、ホークアイ中尉」の二重奏を聞いて、司令室へと帰っていく。
 しばらくすると、呼び出せばいいものを、自ら小山を抱えて上司が足取りも軽くやってきて、「それでは中尉、あとは頼んだ」と大佐ともあろう者が権限の委譲もそこそこに職場放棄をする。
 彼女は足早に、この東方司令部で一番偉い人であるチェスの名人のところへ行って、マスタング大佐が帰られました、と報告をする。将軍はそれに「んー、わかった」と返事をし、「若いというのはいいねえ」と言う。彼女は内心で「若いというより情けないというんです」と思う。
 司令室に戻ると、大きな姿の少年が顔を出して(この覗き方が愛らしくて彼女は好きだ)、「何かお手伝いすることはありますか?」と聞いてくる。上司がこの少年を、さまざまなことに兄ともども遠慮なく協力させるので、いまさら「軍の機密事項が」などと言う必要はない。本当にまずいものならともかく。軍が半ば苦情処理係と化している昨今、兄弟に機密にすべきことなど滅多にない。
 そこで彼女は手伝ってもらえそうな仕事があれば進んで与え、特に何もないときは隣の空いているイスに座らせて会話の相手をしてもらったりする。多少作業の能率は落ちるが、かまわない。上司は小さい少年を連れて浮かれて帰っていったのだ。部下の自分も少しくらい、楽しい思いをしてもいいだろう。いいに違いない。
 彼女にとって、この大きい姿の少年といることは、心の安らぎとか潤いとか、そういうものにとてもよい影響を与えるのだった。
 何しろ、この少年ときたら。
 一に可愛い。二に可愛い。三も四も可愛くて、五まで可愛い。頭から足の先まで、オール可愛い。
 声が可愛い。言動が可愛い。優しくてよく気のつくよい子だ。頭もいい。旅先での兄の失敗談なんかを面白おかしく聞かせてくれるのだが、その言葉の端々に、兄を慕う気持ちがにじみでていて、 聞いていて気持ちがよい。ちまたで流行っているアロマキャンドルやハーブよりも、この少年といるほうがずっと安らぐ。
 彼女が上司のああいった行動を許しているのは、彼女自身がこの少年と過ごす時間を取りたいからでもあった。
「ところでアルフォンスくん。大佐はエドワードくんをいつまで拘束するつもりかしら?」
「夜には帰す、と言ってましたけど……」
 いまいち自信がなさそうなのは、上司が多分、兄を朝まで放さないと思っているからだろう。彼女の上司は、こういう方面(=エドワード・エルリック方面)に関しては、信用が無い。ものすごく無い。実際、本当に夜に帰すことなどほとんどないのだから。率にして95パーセントくらいだろう。
 かえすはかえすでも、ひっくり返すの間違いじゃないかしら。
 と、彼女は多少下世話なことを考えた。
 というのはいつもの話で、このあとに彼女がこう続けるのもいつものことだった。
「もしよかったら、うちにいらっしゃい。ブラックハヤテ号がアルフォンスくんを恋しがっているわ」
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
 そして彼女は、あらかじめ上司に頼んで用意してもらった少年用の本を小脇に抱えて、少年を連れて帰る。その夜は、彼女が食事をしている間、少年はおしゃべりをしながらブラックハヤテ号をかまいたおし、食後に二人でもう少しおしゃべりをして、彼女がベッドに入ると少年は本を開く。
「おやすみなさい、アルフォンスくん」
「おやすみなさい、ホークアイ中尉」
 たまにはリザさんって呼んでくれてもかまわないのに、と思いながら、彼女は眠りにつく。
 朝目覚めるとすぐに
「おはようございます、ホークアイ中尉」
 という可愛い声を聞ける楽しみを胸に。


リザさんは基本的にアルが好きそうだなあと思って書きました。

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