―――甘い痛み―――


「んんっ…やぁっ…」

狭いコックピットの中で色のある吐息が響いた。
アカデミー内の格納庫の片隅で、数ある量産型モビルスーツ、ジンの一機にアスランとイザークはい居た。
訓練に余念がないイザークは演習後に自主トレをする為に残ったのだ。
そこにアスランがやってきて今に至るわけだが。

「このっ・・やめろっ!こんな処で何考えてんだ、貴様はっ!」
「何って、こーゆー事に決まってるだろ」
ぬけぬけと答えると、アスランはイザークの顎を持ち、再び深く口づける。
「ふっ・・んぁっ」
座っているイザークの上にアスランが伸し掛かりシートに押さえつけられている為、抵抗も虚しく容易く唇を奪われてしまう。
悔しさに形のいい眉を歪め、言葉にならない講義を漏らすが、それすらもアスランの舌に絡め取られてしまって。
「アスッ・・・っつ!」
と急に口内に痛みが走り、イザークは思い切りアスランを突き飛ばした。
とはいっても僅かに身体が離れただけだったが、思いがけない抵抗にアスランは少なからず驚いてイザークの顔を覗き込む。
「イザーク?どうしたんだ?」
手のひらで口を覆い目の前の翠をギリギリと睨み付けているイザークは僅かに涙ぐんでいて。
もう一度どうしたと口を開きかけたアスランを遮り、「痛いんだよ!この馬鹿っ!」とイザークが怒鳴った。
「へっ?」
急に怒り出したイザークに訳が分からず(まぁいつものことだが)、怒った顔も可愛いなぁなどと呑気に考えていると、顔に出てたらしい。何だその面は!と再び怒鳴られる。
「え~と、そんなにキツく吸ってない…と、思うんだけど…」
アスランの的はずれな言葉にイザークは顔を真っ赤に染める。
「ちっ、違う!口内炎ができてるんだよ!」
そこに当たって痛いのだと言外に告げるイザークの涙ぐんだ顔があまりにも可愛らしくて、思わずアスランは笑みを零して。
「なっ、貴様!何笑ってやがる!」
「ははっ…だって……くく」
「笑うな!」
クツクツと笑い続けるアスランにチッと舌打ちして、イザークは身体を起こした。こんな馬鹿は放っておいてコックピットから出ようとして。
が、アスランの腕に阻まれる。
「どけっ!」
きつく睨み付けて怒鳴ってやったのに、「やだ」とあっさり否定された。忌々しい奴だ。
「ふざけるなっ!アスラン!」
「ふざけてなんかないよ」
見ればアスランは先刻までとは違う艶笑を浮かべていて。
認めたくはないが一瞬目を奪われたのは事実。それがいけなかった。アスランの動きに一瞬遅れたためイザークは再びシートに縫い付けられた。
「!?何すっ…んうっ」
間髪いれずに口を塞がれまたも講義の言葉は奪われて。
滑り込んでくる舌に口内の傷をつつかれ小さく呻く。痛みに生理的な涙が浮かんでくる。
イザークの口内を思う存分に味わいながらアスランは、秀麗な顔を痛みと息苦しさに歪める目の前の愛しい恋人を見つめた。
硬く閉ざされた瞼の端に光る雫があまりにも綺麗で、もっと泣かせたくなってしまう。
愛しすぎて、虐めてしまいたくなる。

漸く解放されて荒い息を吐き、濡れた瞳で睨んでくるイザークは酷く扇情的で。
膨れ上がる欲望を、すでに抑えることはできそうになかった。
イザークの目じりに溜まった雫を舌で舐め取り、瞼にキスを落とす。涙に濡れた濃い睫毛が微かに震えた。
今度は啄ばむようにキスをして、唇や舌を甘噛みする。
瞬間、痛みが走った。
「いたっ…」
仕返しとばかりにイザークがアスランの唇に噛み付いたのだ。
鉄の味が口内に広がった。
「やってくれる…」
言葉とは裏腹に笑みは濃くなる。彼の小さな反抗はよりアスランを煽るだけで。
再び口付け今度は乱暴にイザークの口内を犯してやる。
アスランの血の味が唾液とともに広がりイザークは更に眉間の皺を濃くした。
「んはっ・・・・ぃっ・・・ん・・・」
必死にアスランの舌を押し返そうと抵抗するが、舌を絡め取り強く吸えば、もうイザークは抗うことが出来なくて。
執拗に口内炎を攻め立てられ、そのつど走る痛みから何とか逃れようとするが、すでに身体は力が入らず叶わない。
角度を変え、更に深く舌が進入してくる。呼吸すら儘ならない激しいキスに気が遠くなりそうだ。
だんだん痛みが麻痺してきて、痛いのか気持ちいいのかも分からなくなってくる。

ただ、甘い吐息だけが漏れ続けた。



 ―――後日談―――




「いったぁ…」
「どうかしましたか?アスラン」
朝食の席でサラダを口に運んだアスランが口を押さえて呟いたのを聞いて、ニコルが心配そうに問いかけた。
「いや、何でもないよ」
「でも…」
「ちょっと口内炎に当たって痛かっただけなんだ」
苦笑を漏らしてありがとうと付け足した。
「そうですか。あれ、やっかいですよね」
「あぁ」
本当にやっかいだった。口内炎なんて随分と久しぶりだ。軍人志望であれば怪我はしょっちゅうで、痛みには多少免疫が出来ているが、この類の痛みは何とも云い難い不愉快なものだった。
イザークには悪いことをしたかなぁ、なんて考えていればニコルに何笑ってるんですか?と聞かれてしまった。先日の可愛いイザークを思い出し、ついにやけていたらしい。
「えっ?あぁ、いや」慌てて顔を引き締める。
「痛むんですか?口内炎」
「だいじょう…
「ほう!口内炎かアスラン」
「!?いぃいいざーくっ!?」
ニコルへの言葉を遮って突如降ってきたイザークの声に思い切り動揺。
恐る恐る振り返れば不適な笑みをたたえたイザークが仁王立ち。
「ぁ、え~と、おはよう、イザーク」
「ちょっと付き合え、アスラン」
「・・・・・はい」
ここはイザークに従っておこう…。不思議そうにやり取りを見つめるニコルをおいて2人はまだ誰もいない格納庫へ。

先日のジンの足元まで来ると、いきなりイザークに襟元を掴み上げられた。
と、乱暴にイザークの唇がアスランのそれに重ねられる。驚きを隠せずアスランは目を見開いた。
そのまま舌が進入してきて、口内炎を強く押して。
「いっ!」
すぐに離れたイザークの唇が弧を描く。
「フン、どうだ。痛かろう?」仕返しだと言外に告げて。
「・・・・できれば万全の時にしてもらいたいな・・・」
「冗談じゃない。貴様が喜ぶことなんてしてやるか」
「憎たらしい…」
「フン、何とでも云え」
ニヤリと笑って、もう用は済んだとばかりに踵を返して行ってしまう彼の頬は微かに赤かったような。
1人残されたアスランは、イザークの姿が見えなくなってから「覚えてろ」と小さく呟いた。


とは云っても、滅多にないイザークからのキスはやっぱりとても嬉しくて、俺にとって仕返しにはならなかったことは内緒だ。


-----------------------
イザークが口内炎なんてなってたら虐めてやりたくて仕方なくなるとおもう^^