「ササユリ」の木陰に赤松を植樹 2013.12.23
瀬戸内海では塩業が盛んで、火力の強い松が燃料に使われ、計画的に松を植林し、薪の伐り出しで林業も栄えていました。…参照:「近世入浜塩業の研究」西脇俊昭薯(愛媛県中央図書館の貸出)の6〜7頁
その松林からの落葉や薪と木炭が燃料に、赤松は建築材と松茸山として広く利用され、管理されて瀬戸内海に景勝を育み、多島美と「白砂青松」と称されました。
薪から石炭に切り替わり、製塩法も入浜が流下式(S26)からイオン交換膜法(S36)に工業化されオール電化となって松林は放置されて来た。樹齢をかさね、一面に種子が飛散して実生が繁茂しても老木や枯死の片付けず、松林は若返る余地もなく、やがて山や島の全体から松林も衰退した。
その上に、酸性雨で根の伸長が阻害され、松ヤニの出が細って松くい虫の餌食となった。松くい虫から感染したセンチュウが幹の導水管を詰らせ、夏場を過ぎて枯れます。
若年の黒松は生えても赤松が全滅していますから、島の山頂に後世の宝の種となる自然採種用の赤松を植樹し、土壌の改良と雑木の下刈りのどの管理・保護を急がれます。2015.7.11 新
三豊市財田町財田中の松茸山でセンチュウに耐えている松を見つけ、改良した「耐センチュウ改良品種」 (購入先:香川県森林組合連合会)の普及を始めています。 ササユリの木陰に赤松の植樹を試みています。2015.
6.29 更新
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