夜の君に会いたくて

「好きだ。お前が・・・」

昨日の夜、そう告白されたひとみ。

あまりにも突然だったので、次の日の朝も呆然として、洗面所の鏡の中の自分をみつめていた・・・。

(・・・もしかして、あれは夢だったのかな。そうかもしれない・・・)

バシャッ!

自分にそう言い聞かせるように冷たい水で顔を潤す・・・。

ひとみがタオルで顔を拭きながら携帯を見ると、着信が一件。

(朝から誰だろ・・・)

見てみると・・・。


『よッ!おっはー!今日も清々しい朝迎えてるか〜?昨日はなんつーかその・・・。でも本気だから。考えてみてくれ。じゃ、今日も一日良い日で!』


疾斗からのメールだった。

昨日の今日、すぐに・・・。

くすっと笑うひとみ。

ベランダに出て青空を見上げた。

あまりに唐突で、強引だった疾斗の告白。


でも、全然嫌じゃなかった・・・。

疾斗の笑顔はすごく心が明るくなる。

(・・・好きなのかな・・・ 。)


胸の奥で微かに何かが始まった様な気がしたひとみだった・・・。

それからというもの、毎日、毎晩メールのやりとりを始めたひとみと疾斗。

『おっす〜♪今日、暑かったなー。レースの後も水ガンガンのみまくったぜ。でもどうせならオレンジジュースの方がいい〜(大人だよ。一応、俺(笑))』

「もー。中沢さんたら、〜。ホントはきっと宿舎でビール飲んでる癖に。ふふっ・・・」


寝る前に携帯で返事をかくひとみ。

いつもお茶目な、少年の様な疾斗のメールにひとみの心も和み、いつの間にか何よりも、楽しみだった。


「あれ・・・。今日、メール来てない・・・」

一日でも疾斗からのメールがないと怖いほどに不安になって。


『メール、今日来なかったですね、何かあったのですか?心配になって・・・。ごめんなさい。一日ぐらいで変ですよね。でもできたら、返事ください・・・』


送信ボタンを押し、一分も立たないうちに返事が来た。


『わりぃ。今日一日加賀見さんにちょっとしぼられちまって・・・。でも何かすっげー嬉しかった。俺のこと、心配してくれたんだろ?脈ありって・・・うぬぼれちまってもいいかな・・・。なんてな(笑)んじゃ、おやすみ・・・』


「自信家だなぁ・・・。でも・・・」


”うぬぼれてもいいよ・・・”ってメール打とうかな・・・と微かに思ったひとみだったけど、やっぱり照れくさくてできなかった。


だけど、自分の気持ちに気がついてしまった。

疾斗のメールを心待ちにしている自分を・・・。



そんなある日の夜。

PPPP!

ひとみの携帯が激しくなる。


「はいはいはい・・・。ちょっと待って!」

丁度、シャワーを浴びていたひとみ。

黄色のバスタオル一枚巻いたまま、あわてて浴室から出てきた。

「はい、もしもし。あ・・・。中沢さん?」

「おこんばんはー!あ、ごめん、もしかして、タイミングわるかったかなー?」

「い、いえ、大丈夫です・・・」


(・・・どうして、中沢さんタイミング悪いってわかったのかな)

と不思議に思ったひとみだが、とりあえず、そのままベットに座った。

「どうしたんですか?」

「理由?理由はねぇー・・・。どうしてもお前の声が聞きたくなった・・・?じゃだめかな?へへッ」

携帯の向こうで笑う疾斗の顔が浮かぶひとみ。

「ふふ・・・。中沢さんたら・・・」

「ああ、でも実際聞いたら、もっと近くで聞きたくなってきた・・・もっと近くで・・・」

「近くって・・・。あれ?中沢さん?」


突然疾斗の声が聞こえなくなった。

「中沢さん!中沢さん!」


必至に呼び続けるひとみ。


コンコン。


窓から音がした。

「?」

携帯を耳に当てたまま、ひとみは窓を開けベランダに出るが誰もいない。

部屋に戻ろうとしたとき!


「はあい!おこんばんは〜!!」


「ひゃああッ!!」

なんと、疾斗が部屋の中にいるではないか!


「な、な、中沢さんッ!?ど、どうやって入ったの!??」

「へへへ〜。忍法、ひとみの部屋に突入の術、なんちゃって」

「へへへ〜じゃないですよ!!びっくりするじゃないですか!!」

「それはごめん。でもひとみ、その姿・・・。湯冷めしねぇか?」

ハッと自分の今現在の状況に気がつくひとみ。バスタオル一枚身にまとい・・・。


「き・・・きゃあああああッ!!でって!!!」


ピシャッ!!

カーテンを閉めるひとみ。

疾斗は、こうして、ベランダに追い出されてしまった・・・。


鉢植えの隣に、体育座りをする疾斗。

「くすん・・・。ひとみちゃん・・・。ごめん。中にいれておくれよ〜」

「いやですッ。しばらくそこで反省してくださいっ」

「ぐすん・・・(涙)」


かなりひとみを怒らせてしまった疾斗。


「ひとみちゃん・・・」

うるうるとした目の疾斗・・・。


「・・・わかりました。もうこんな事しないでくださいね?」

なんとかひとみのお許しが出た疾斗。


ひとみは疾斗に水を一杯差し出した。


ゴクゴク飲み干す疾斗。

「ぷはー!うまかった!」

「うまかったじゃないですよ。女の子の部屋に突然ベランダから現れるなんて・・・」

「ごめんごめん。ちょっと驚かせようとおもってさ。本当、すいませんでした」

疾斗はわざわざ正座して頭を下げる。

頭のつむじが妙に可愛く見えた。

「へへっ。でもここがひとみの部屋かぁ〜・・・。へぇ・・・。なんか緊張しちゃうな〜」

マジマジと見回す疾斗。

「もう。じろじろ見ないで・・・」

「でも一番見ていたいのはひとみ自身だから。なんちゃって。ハハハ」

「・・・」


明るく元気な疾斗。いつもと同じ様に見えるが異様にハイテンションな気がするひとみ。


「中沢さん。何かあったんですか?」

「えっ」

疾斗は痛いところをつかれたように驚く。

「何かって・・・何?俺はいつも俺だけどなぁ」

「嘘・・・」


まっすぐ、疾斗を見るひとみ。


「・・・そんな目でみられると参るよなぁ・・・。ちょっとさ・・・。加賀見さんとやりあっちゃって・・・」

「加賀見さんと?」

「ああ・・・」


レースの事で言い争ってしまった加賀見と疾斗。

『大人になれ。疾斗』

加賀見の言葉にカチンと来た疾斗はそのまま飛び出してきてしまったのだった。


「・・・。加賀見さんの言うとおりなんだ。考えてみれば・・・。俺の考えが甘かったんだ・・・。その上こうしてお前にも甘えちまって・・・。すまななかった。帰るよ」


疾斗はスッと立ち上がった。

疾斗の背中がとても小さく見えた。


何か、言ってあげたい。励ましてあげたい・・・。


「ま・・・。待って!」


「え・・・?」


ひとみは疾斗の手をギュッと握って目を閉じた。

「・・・。中沢さんが元気になりますように。加賀見さんと仲直りできますように・・・」


呪文のようにそう呟くひとみ・・・。

ひとみの温もりが疾斗にも伝わる・・・。


「ちゃんと誠心誠意謝れば、加賀見さんはわかってくれると思います。だから・・・。ねッ」


にこっとひとみの笑顔が疾斗の心を和ませる・・・。


「そんな顔すると・・・。帰りづらくなるな・・・」


「なかざわさ・・・。きゃッ」


大きく広い胸に包まれるひとみ・・・。


「その『中沢さん』ってのやめようぜ。疾斗でいいよ」

「で、でも・・・」


この人は、『取材対象』。呼び捨てになんて・・・。


「でもじゃない。疾斗。はい。言ってみ」


「はや・・・と・・・」


「それでよし。ふふ。はぁ・・・。お前、いい匂いだな・・・」


ひとみを抱く腕がぎゅっと更に強くなる・・・。


ドキドキが収まらない・・・。


「お前から元気いっぱいもらってくな・・・。ありがとう。じゃあおやすみ・・・」


耳元でそう囁かれる・・・。息がかかって全身がくすぐったくて・・・。

パタン・・・。

疾斗が出ていっても暫くぼうっと玄関で立っていたひとみ。


プップー。

クラクションが聞こえた。

窓を開けて、ベランダから、疾斗の車を見送るひとみ・・・。


段々小さくなっていく疾斗の車。


それが猛烈に寂しい・・・。


「・・・好き・・・。あたし、疾斗が好き・・・」


自然にそう口走っていた。


いつか、素直に伝えよう。この気持ち・・・。


夜の風にそう呟いたひとみだった・・・。