あの初めて抱きしめ合った、公園に来ていた。
芝生にお弁当を広げて・・・。
ごろんと頭の後ろで両手を組んで寝転がっている疾斗。
「なぁ。今度のレースで俺が優勝したらさ・・・。ご褒美くれよ」
「なにを?」
ニヤッと笑う疾斗。
「ひとみのおうちに一泊お泊まり〜♪」
まるでいたずらっ子の様に言う疾斗。
「もうッ・・・。何いってんの。疾斗ったら・・・」
「ねぇねぇねぇ!いいよな、いいよな★」
「・・・。しょうがないな・・・」
ひとみはすこし恥ずかしそうにポソッと言った。
「いやっほう!!こりゃ今度のレース何が何でも優勝するぜー!!ひとみちゃんとの熱い夜がまってんだからなー♪」
走り回ってはしゃぐ疾斗。周りに人がいないからっていってもかなり恥ずかしい・・・。
「疾斗ったら喜び過ぎよ!そんなに・・・。きゃああッ!」
強引に疾斗に押し倒されるひとみ・・・。
真上には疾斗の顔が・・・。
「・・・。優勝まで我慢できないな・・・」
両手をがっちりと押さえられ、身動きできないひとみ・・・。
「・・・。もう・・・。疾斗ったら・・・」
「俺はせっかちなのー・・・。ご褒美、ちょっと味見・・・」
ちょっと戸惑いながらも疾斗この強引さに負けてしまう・・・。
ひとみは静かに瞳を閉じた・・・。
しかしどこからか視線を感じて目を開けると。
「じー・・・」
小さな男の子が二人のラブシーンを見物・・・。
「わッ」
パッと離れる二人。
「まあクン!!何してるの!早く来なさいッ」
あわてて母親が男の子を抱きかかえて二人に会釈し、去っていった・・・。
呆然とする二人。
「・・・ぷッ・・・」
「ふふ・・・ッ」
拍子抜けし、何だか可笑しくて堪らない。
こうして熱烈なラブシーンはお預けとなってしまったが・・・。
「疾斗」
「ん?」
「頑張ってね!あたし、ずっと応援してるから・・・」
願いを込めて疾斗の手を握るひとみ。
「・・・わかってますよ♪ひとみちゃんの愛があれば・・・。百人力だって!」
「うん・・・」
ひとみはそっと引き寄られる・・・。
疾斗は自信ありげにそう言ったが・・・。
ひとみは何故か妙な胸騒ぎを感じていたのだった・・・。
レース日よりの晴天。
コースには疾斗のメカがエンジンを元気に噴かしてスタートを待っていた。
それを観客席からじっと見守っているひとみ・・・。
(・・・。疾斗・・・)
応援するはずなのに何故か消えない胸騒ぎ・・・。
少し不安な面もちのひとみ・・・。
そんなひとみを余所に、レースは勢い良く始まった・・・!
「いけぇ・・・!疾斗!」
和浩の声と共にスタートして間もなく疾斗が一気にトップに躍り出る。
「絶好調だぜ!」
そう呟きながら、疾斗はアクセルを思い切り踏み突っ走る。
急カーブも見事に通過し、早くも最終コーナーに近づいてきた!
(このまま一気にゴールだ・・・!)
疾斗は余裕で最終コーナーの緩やかなカーブに差し掛かった。
その時!
(!?)
突然目の前のカーブが急カーブに見え、焦った疾斗はハンドルを思い切り右に切った!
勢いが止まらない!!
疾斗の車はそのままタイヤから火花を散らして客席の方へ突っ込む!!
キュルルルル・・・!
ドゥンッーーーーッ!!!!!
スポンサー会社の看板に車体全部が食い込んでなんとか車は止まったが・・・。直後!
スドゥンーーーーッ!!!
車体が爆発!
黒い煙を上げ、車体が燃え上がった!
「疾斗ーーーーーーッ!!」
加賀見、航河、和浩達がキャップを飛び出し、コースに飛び出す。
コース内は騒然とし、すぐに救急隊が消火にあたる。
ざわめく観客席・・・。
ひとみは頭が真っ白になり呆然・・・。
ただ、燃え上がる炎を見つめて・・・。
「おいッ!!ドライバーが炎の中から出てきたぞ!」
「!」
観客の言葉にハッと我に返るひとみ。
見ると、真っ黒に燃えたヘルメットにレーサー服の疾斗がヨロヨロと歩く・・・。
「疾斗!!大丈夫か!!」
疾斗に駆け寄る慧達。
「疾斗!!!」
ヘルメットを取るとすすだらけの顔の疾斗が・・・。
「・・・慧さん・・・。すんません・・・。馬鹿・・・やっちまった・・・」
「しゃべるな!!今、担架来るから・・・」
「・・・ 。慧さ・・・」
ガクッと気を失ってしまう疾斗・・・。
「疾斗・・・!!!疾斗ーーーー!!」
慧の叫び声だけが・・・。あまりのショックに動けないひとみの耳に木霊していた・・・。
疾斗・・・。
疾斗・・・。
(・・・誰だ・・・?俺の名を呼ぶのは・・・)
優しい声が疾斗を呼んでいる・・・。
(・・・ひとみ・・・か?)
ゆっくりと目を覚ますと・・・。
真っ白な天井が見えてきた・・・。
(・・・ここは・・・)
病院のベット。
手に、確かな温もりを感じる・・・。
横を見ると、自分の手をギュッと握ったまま眠っているひとみが・・・。
(ひとみ・・・)
そっとひとみの頬に触れる疾斗・・・。
「ん・・・。は、疾斗・・・!!」
「・・・。ひとみ・・・」
泣きはらしたのか・・・。ひとみの目元が赤い・・・。
「疾斗・・・」
「ごめん・・・。心配かけて・・・」
「・・・疾斗・・・。よかった・・・。ホントによかった・・・ッ」
じわっと涙を浮かべるひとみ・・・。
「ごめんな・・・。ひとみ・・・」
ひとみはぎゅっと両手で包帯が巻いてる疾斗の手を更に握った・・・。
生きていることを確かめるように・・・。
病室の外で
、二人のやりとりを聞いていた慧達。
「今は俺達思いっきりお邪魔虫ようようだね。カズ」
「ふふ・・・。ホントだね。」
いい雰囲気の疾斗ひとみに中に入れなかった。
「それにしてもホント・・・。疾斗ってば運が良い奴だよ・・・。あれほどの事故なのに・・・」
車は大破し、全身打撲したものの全治3週間・・・。
医者からも奇跡的だと言われていた。
「あれ?加賀見さんどうしたんですか?浮かない顔して・・・」
「ああ・・・。ちょっとね・・・」
慧の曇った顔が気になった和浩。
しかしその時はそれ以上は気にしなかったが・・・。
コンコン。
頃合いを見計らって慧達は病室に入った。
「あ・・・。加賀見さん!」
「お邪魔だったかな・・・。疾斗」
「あ、いや、そんなことないですッ」
握り合っていた手を離す疾斗とひとみ。
「どうだ?気分は・・・?」
「・・・正直・・・。死ぬかと思いました・・・。クラッシュした瞬間・・・。記憶になくて・・・。気がついたら火の中にいました」
「・・・。そうか・・・ 。ま、ホントにホッとしたよ・・・」
「すいません・・・。加賀見さん達にまで心配かけて・・・」
「気にするな。とにかく今は怪我を治すことだけを考えろ」
「はい・・・。でも加賀見さん、俺、一日でも早くまたレースしたい!!今度の大会まで治すよ!」
疾斗は拳を握っていった。
「今度の大会って・・・。何言ってるんだ。一週間後だぞ」
「・・・。とにかく早く治して、ハンドル握りたいんですよ!」
「わかった。わかった。じゃぁうまいもの沢山食べて栄養つけて、早く治れ!ともかく怪我を治すことが先決だ!わかったな」
「はい!!」
早くもやる気満々の疾斗。
ひとみも和浩も航河もその姿に安心していたが、慧だけは・・・。
何か不安そうな顔をしていたのだった・・・。
その夜。
ひとみは夢を見た。
爆発した車体から疾斗が出てきて・・・。
”俺は無事だから心配ないさ”
そう言って笑顔を見せる・・・。
疾斗に抱きつこうとした瞬間・・・。
ボワッ!!!
疾斗の体が発光し、炎上!!
全身黒焦げの疾斗がひとみの足下に転がる・・・。
い・・・。
「イヤァアアアアアーーー・・・ッ!!!」
ひとみは自分の叫び声で飛び起きた・・・。
「ハァ・・・。ハァ・・・」
背中と額に汗びっしょりかいて・・・。
(何て夢・・・)
言いしれぬ不安と恐怖がひとみを襲っていた・・・。
同じ頃・・・。
同じ夢を・・・。
疾斗も見て・・・。
震える自分の手をじっと見つめていた・・・。
そして2週間が過ぎ・・・。
疾斗は無事退院した。
退院したその日にレーサー場へ行き、マシンに乗り込む疾斗・・・。
「わーお♪お久しぶりの僕のマシンちゃん」
頬ずりする疾斗・・・。
和浩もそんな疾斗を見て、どこか焦っているような、そんなはしゃぎ方に感じていた・・・。
そのころ・・・。事務室に慧にひとみは呼ばれていた。
「疾斗の事で話があるんだ・・・」
「・・・え?」
真剣な眼差しに不安が一層募った・・・。
昨日見た夢が蘇る・・・。