あなたのためにできること

中編


ひとみは慧からあることを頼まれたッ・・・

「後遺症?」

「ああ・・・。前にも疾斗は事故を起こしてるんだ。その時の事故は差ほど大きな事故じゃなかったんだけどッ・・・今回は完全にクラッシュしてただろう・・・。後遺症って言ってもメンタルな部分でね。レースが怖くなってハンドルを握れなくなるって事があるんだ。特に疾斗みたいな気性の激しい性格ほどなりやすっていうかッv

「でもッ・・・疾斗がそうなるって決まった訳じゃ・・・」

「ああ。疾斗も成長してるし、大丈夫だとは思うんだけど・・・。でももし、そうなった時、君に支えになって欲しいんだ。頼むよ」

「わかりました。私にできることならなんでもします」

心強いひとみの言葉にホッとした表情を浮かべる慧・・・。

ひとみは微かに感じる不安を取り払うように手のひらをギュッと握りしめた・・・。

一方。

サーキット場に、心地言いエンジン音が轟いている。

さっそく、ハンドルを握り、半月ぶりの乗り心地を味わう疾斗。

だが・・・。

手が震えてだした。

(なッ・・・。ど、どうしたんんだよッ・・・。震えがとまらねぇッ)

訳の分からない恐怖心が疾斗を包む。

大好きだったこのスピード感が。


空気を斬って走るこの風が


怖い。


恐ろしいッ・・・。


「うッ!」


疾斗は咄嗟にブレーキを思い切り踏んだ。

キィキキキキッ!


タイヤから煙が出て、疾斗のマシンは疾斗が事故を起こした急カーブで急停止した。

「疾斗!!」

和浩達が駆け寄る。

「疾斗!!大丈夫か!?」

「疾斗ッ!おい疾斗!!」


和浩の声にビクッと肩をすくめて我に返る疾斗・・・。

「カズさん・・・。へへッ。久しぶりだったからちょっとまだエンジンかかってねぇみたいだ。ちょ、ちょっと休んでくるよ・・・」

疾斗は動揺を隠すようにヘラヘラ笑いながらマシンから降りたッ

「カズさんッ、疾斗の奴なんか様子変じゃねぇかッ!」

「ピットに引き返していく疾斗の後ろ姿を航河と和浩は心配そうに見つめていた・・・。



そして夜。


「う、わぁあああああーーー!!」

自分の叫び声で目が覚める疾斗ッ・・

事故の瞬間の夢を見たッB

両手が震えている・・・。

「震えは止まらないッ」

疾斗は自分の心で起きている”変化”をはっきりと自覚した・・・



走るのがッ怖い。




慧の話を聞いてから。一週間がたった。

慧の言葉が気になりながらもひとみは記者としての仕事におわれていた。

そんなある日。

慧から一通のメールが入った。


『できれば明日、宿舎の方まで来てくれないか。君にしか頼めないんだ』

慧からの意味深なメールに原稿を途中で切り上げたひとみは宿舎に直行した。

「あ、ひとみちゃんッ!」

ひとみが到着すると、リビングで慧達がひとみを待ちかねていた。

「あのッ・・・疾斗に何かあったんですか!?」

「ああ・・・」

慧の顔が曇った。

嫌な予感がするひとみ。

「ともかくッ。疾斗の部屋にいってみてくれないかな・・・。疾斗いるから」

「はいッv


不安を抑えて疾斗の部屋に行くひとみ。

コンコン。


ノックしても応答がない。


「疾斗ッ。いるのッ?入るわよ?」


キィッ・・・。

ドアを静かに開けるとッB

荒々しい部屋の中が目に入ってきたッB


投げつけられ、ビリビリに破られた本や漫画。

壁に叩きつけられ、バラバラになった椅子・・・。


疾斗が暴れた後が生々しく・・・


投げつけられた物が散乱してッ・・・。


「疾斗ッ」


その当人の疾斗はベットに疲れ切った顔で大の字になっていたッ・・・。


「疾斗?一体どうしたの?」

ベットに駆け寄るひとみ。

「ひとみッ。お前ッなしに来たんだよ」

「何しにって。加賀見さんから疾斗の様子がおかしいって聞いてとんできたの・・・。ねぇッ一体何があったの?」

「何もねぇよッ・・・。帰れッ」


イライラした様な声でひとみを睨む疾斗。

「帰れってッ・・・帰れるわけがないでしょ!ねぇ何があったの!話してみて?」

「うるせえ。かえれったら・・・」

「疾斗ッ!」

「うるせえッ!!!てめぇにゃわかんねぇよ!!かえれッ!!!」

バンッ!!

雑誌を絨毯に叩きつける疾斗・・・。


「疾斗・・・」

「ごめんッ・・・でも頼むからッ一人にしてくれッv

そう言って、疾斗はひとみを強引に部屋から追い出した・・・。

「疾斗!!疾斗!!」

ドンドン!

ドアを激しく叩くひとみ。

「疾斗、開けて!疾斗!!」

しかしどんなに呼んでも出てこない。

「ひとみちゃんでも駄目か・・・」

「加賀見さん・・・」

慧達が様子を見に来た。

ひとみは一階のリビングに戻り、疾斗におきたことを聞いた。

それはまさしく、ついこの間、慧からきいた『心理的後遺症』だった。

「疾斗の奴・・・・完全にマシンで走ること自体が怖がってるッ・・・。元々気性が激しくて脆い所あるから余計にショックも大きいみたいでッ・・・。ここ2、3日部屋から出てこようとしないんだ。ひとみちゃんならなんとかしてくれると思ったんだけど・・・」

和浩が心配そうに言った。

「ひとみちゃんこの間話したけど・・・。僕らも出来る限り疾斗の支えになろうと思ってる。でも特に君の力が必要になると思うんだ。頼むよ」

「勿論ですッ。私・・・。何でもします・・・私にできること・・・」

疾斗の力になりたい・・・。


でも何ができるだろう・・・。

家に帰ってもその事ばかり考えていた。

しかし何も思いつかないッB

疾斗のそばにいたい・・・。


(ッlッj

疾斗の事を考え、寝付けないひとみ・・・。

PPPPPP!

ひとみの脳を揺らす様に携帯が鳴る。

「はい、もしもし!」

出ると、慧からだった。

「え?」

疾斗がいなくなったという。もし、そっちに行ったら連絡をくれと慧はそう言って電話を切った・・・。

「疾斗ッ。一体どこに・・・」

いてもたってもいられない!

ひとみは着替えて、近所を探しに行こうと玄関を出ようとした。

すると、ドア越しに人の気配。

「はッ!!!」


ドアに寄りかかるように座っていた疾斗・・・。

泥だらけで、顔は殴られた痕に唇が切れて血が出ていた・・・。

「ど、どうしたの!?どうしてこんな酷い怪我・・・。と、ともかく中に入って手当しなくちゃ」

虚ろな表情の疾斗の肩を担ぎ、疾斗を中にいれるひとみ。

急いで救急箱を取りだし、消毒液をつけ、傷の手当をする。

「う・・・」

「ちょっとしみるけど我慢して・・・。それにしても・・・誰かと喧嘩したの?」

「・・・」

何も言わない疾斗・・・。


覇気のない瞳。


「さっき、加賀見さんから電話があった・・・。心配してたよ。連絡しなくちゃ・・・」


疾斗は突然鋭いギロッと視線でひとみを見た。

「何ッ?きゃッッ!」


疾斗はひとみの両手首をつかんで万歳させるように強引に押し倒した。


「疾斗・・・」


「・・・」


更にぐっとひとみの動きを封じる様に力を入れる。


「・・・。なんでだ?抵抗しろよ」


「・・・。疾斗はそんなことしない。信じてる・・・」


ひとみの頬から一筋。


涙が濡れてながれた・・・。


疾斗はひとみの両手を離した。


「疾斗・・・」


「くそッ!」

ドン!

疾斗は感情を拳にして、絨毯を叩きつけた。

「俺ッ・・・!何やってんだッ・・・。ひとみに甘えてッ・・・。何やってんだッ・・・。俺は・・・」


悔やむ気持ちを何度も叩きつけて・・・。


そんな疾斗の背中がいたたまれない。


ひとみはぎゅっと疾斗を抱きしめた・・・。


「疾斗・・・。大丈夫だから・・・。きっとまた乗れるようになるからッ・・・。大丈夫だから・・・」


小さな子供の様に疾斗を抱きしめて。


私にできることは何・・・?


こうして抱きしめてあげることしかできない・・・。


私にできることって何?


何・・・?


何・・・?


メリーゴーランドの様にひとみの心の中でぐるぐるとその問いがまわっていた・・・。