ありがとうを風に乗せて
”『人気レーシングチームオングストローム』メカニック担当の岩戸和浩はチームの縁の下の力持ち。

真面目で優しくしかし仕事はには絶対に気を抜かない。厳しい視線でどんな小さなメカの異常も見逃さない・・。”

「ってこれ、ちょっと持ち上げすぎじゃない?ひとみ」

「そんなことないわよ。私は事実を書いたつもりだけどな。はい。たまご」

良く晴れた空の下、湖の畔で弁当を広げる和浩達。

久しぶりにお互いのスケジュールが合い、ハイキングに来ていた。

「あたしね、勿論加賀見さん達ドライバーもすごいと思うの。でも第一線で活躍している人の影には必ず誰か支えてる人がいるものよ。加賀見さん達の場合はカズの事でしょう?」

「持ち上げすぎだって・・・。僕は僕がやるべきことをやっているだけさ」

「それが素敵だって言ってるの。今の時代自分の仕事にそれだけ誠意をもってる人は少ないから・・・」

しゃけ入りのおにぎりをパクパク食べながら話すひとみ。

「ったくひとみはよく食べるね・・・」

「や・・・やだあんまりみないでよ」

「ふふふッ・・・。ほら・・・。ごはんついてるよ」


和浩はひとみの口元についていたごはんつぶをパクッと食べる。

「・・・」


それがあんまり不意打ちだったのでひとみは頬を赤らめる。

「・・・どうしたの?ひとみ?」

「・・・。カズって優しい顔して結構大胆っていうか、なんていうか・・・」

和浩はひとみが何故照れているのかイマイチピンとこなくて首を傾げる。

「・・・。まぁいいや・・・。はー。それにしてもいい天気だなぁ・・・」

頭の後ろで両手を交差させて、ごろんと横になる和浩。

雲がゆっくり流れて・・・。

空はこんなに晴れているのに心には心配事が・・・。

「ハァ・・・」

そのため息一発でひとみは和浩の落ち込み具合を察知する。

「カズ・・・。何かあったの?」

「え・・・。ああ・・・。気にしないで。大したことじゃないよ」

「・・・。今のため息は”大したこと”あったわよ。カズが良くてもあたしが気になって夜も眠れないの。だから話して!」

今度は頬にご飯粒をつけたひとみ。

「・・・くっ。わかった。わかったから、ひとみ、またついてるよ」

「や、やだ、もう〜」

みっともない所を見せてしまって恥ずかしいひとみ・・・。

「くっくっく・・・。本当にひとみって飽きないよ・・・」

笑いながら寝転がる和浩の頭の上から妙な機械音がしてきた。

ウィ〜ン・・・。

「ん・・・?ウワァア!」

なんと暴走したラジコンが和浩の頭に大激突!

「痛・・・っ」

ラジコンは横転し、カタカタとプラスチックの黒い車輪がまわっていた。

「カズ!大丈夫っ!?」

「ああ、なんとか・・・。それにしてもこんな所でクラッシュに出くわすとはハハ・・・」

「冗談言ってる場合じゃ・・・!もう!どこの誰のラジコンかしら!?」

壊れたラジコンを持って怒るひとみ。

「すみません。俺のです。それ・・・」

申し訳なさそうにリモコンを持った若い男が謝ってきた。

「あの、あなたね・・・。危ないじゃないですか」

「す、すいません。つい子供が夢中になっていて・・・。和浩?和浩か?」

「た・・・高田さん・・・」

高田という男の顔を見て和浩の表情が一気に曇った。

知り合いらしいが・・・。

「久しぶりだな。元気か?」

「高田さんの方こそ・・・」


男二人の間の空気が何だか刺々しい・・・。

ひとみはそう感じたが・・・。

「おとうさーん!」

高田の息子と妻 が駆け寄ってきた。

「あ・・・岩戸・・・さん・・・」

高田の妻が軽く会釈する。

「お久しぶりです・・・」

重苦しい表情を浮かべる和浩・・・。

(・・・。一体この高田って人達とどういう関係なの・・・?和浩・・・)

ひとみはその詳細を高田の妻から聞くことになる。

それから和浩は何か話しがあるといって、湖の砂浜を歩いていた。

ひとみは高田の妻と浜の流木に座って湖を眺めていて。

和浩と高田の関係を聞いていた・・・。

「え・・・。じゃあ、和浩が調整したマシンで高田さんが事故に・・・?」

「はい・・・。主人はその事故の後遺症で右目の視力が落ちたんです。それでレーサーを辞めて・・・」

そういえば、以前、慧からそんな話を聞いたことがあったことを思い出した。

人一倍責任感の強い和浩・・・。

高田がレースを離れてからもずっと治療費にあててほしいとずっとお金を送ってきているという・・・。

「・・・正直、岩戸さんを恨まなかったと言えば嘘になります・・・。レースは主人の生き甲斐でしたし・・・。でも主人が言ったんです。”あいつは最高のメカニック”だって・・・。誰よりも信頼を置いていた仲間だからって・・・」

高田の妻は水筒のコーヒーを紙コップに注ぎ、ひとみに手渡した。

「あ・・・。どうもありがとうございます・・・」

「レーサーの妻は・・・。覚悟を決めておかなければなりません。死と隣り合わせの競技ですものね・・・。でもそんな凄まじい世界を支えているのが岩戸さん達の様な人達の努力があればこそだと私は思っています」

「・・・」

やっと和浩のため息の理由が分かった・・・。

しかし、自分に何ができるだろうか・・・。

和浩の心に覆っている雲をどうしたら晴れに出来るだろう・・・。

この青い空のように・・・。

そう思いながら流れる雲を見上げるひとみだ・・・。

一方、和浩と高田。

高田の息子がラジコンで遊んでいる。

砂浜に並んで座って息子を見守る高田。

「高田さん・・・。あの・・・」

「まぁ一服しよう」

ジャケットの内ポケットからたばこを取りだし一本差し出す高田。

「・・・」

カチッ。

高田はライターで和浩がくわえた煙草に火をつける。

昔・・・。よくマシンを調整し終わって・・・。

”ごくろうさん。一服しようや”

そう高田とピットで二人、煙草を蒸かせたものだった。

「カズ・・・。俺な・・・。今、すごく穏やかなんだ・・・。この湖の波のように・・・。事故があってちょっと荒れた時期もあったが・・・。今は穏やかなんだ・・・」

「・・・」

”俺はレースをするために生まれてきたんだ”

それが口癖だった高田。

その高田がこんな台詞を言う様に変えてしまったのは自分のせいなのかと更に自己嫌悪な気持ちに・・・。

「おい、お前、なんつー顔してんだ?加賀見さんから聞いてる・・・。お前まだ気にしてるのか?」

「本当だったら高田さんは今もレースに・・・。僕の責任です・・・」

「・・・。自惚れるな。カズ」

「え・・・?」

高田は煙草をもう一本つけた。

「お前だけのミスじゃない。レーサーとしての力量が足りなかったんだ。お前が俺の治療費にって送ってきてる。あれはやめてくれ」


送っては送り返される。そのくりかえしだったが和浩は止めなかった。

「でも・・・。俺にできることって言ったらそれくらいしか・・・」

「・・・和浩。お前の悪い癖だぜ。何でもかんでも自分のせいだとおもっちまう。妙な同情は俺が一番嫌いだってしってんだろ・・・?」

「同情だなんて・・・そんなつもりは・・・」

「カズ。俺に申し訳ないと思うなら、日本一のメカニックになってみろ。そして沢山のレーサーを表彰台に送ってくれ。それが俺の望みだ」

高田はそう言ってポン!と叩く・・・。


高田の言葉は幾分か和浩の心を軽くしたがそれでも・・・。

ミスをしてしまった自分を許せないと思う和浩・・・。


和浩が悶々としていると高田の息子が泣きながらこっちに来た。


「どうした?純」

「ラジコンがこわれちゃったよ〜。もう動かないんだ・・・」

プラスチックの赤い車体。ゴムのタイヤが取れてしまっている・・・。

「こりゃぁ見事にクラッシュさせたなぁ。うむむ・・・。俺はこういうの苦手で・・・」

高田はチラッと和浩見た。

「ここに腕のいいメカニックがいた。和浩。頼むよ」

「え・・・。あ、はい」


和浩はラジコンを受け取るとカチャカチャとラジコンを分解仕始めた。

心配そうにラジコンを見つめる高田の息子。

「ああ、中のネジが緩んでるね。ここをこうして・・・」

あっという間に元通りに組み立て直した。

そして高田の息子は砂浜にラジコンを置いて、走らせてみる。

ラジコンはスムーズにすいすい走った。

「わーい!すごい治った治った〜♪」

「そうだぞ。いいか。純。このお兄さんはなぁ、どんなくるまも直してくれるメカニック、車のおいしゃさんなんだぞ。昔、パパの車も直して貰ったんだ」

「わー、すごいなぁ!僕もね、大きくなったら車のお医者さんになるの。お兄ちゃんみたくなりたいな〜♪」


丸くて大きな目をキラキラ輝かせる高田の息子・・・。


まるで幼い頃の自分を見ている様な気がした。

「ねぇお兄ちゃん。沢山車、直してね。僕ね、いつかお兄ちゃんのお弟子さんになりたいからさ!」

あどけない少年の笑顔が和浩の心を柔らかくした・・・。

「お兄ちゃんー!一緒に遊ぼう!」


砂浜に、和浩が直したラジコンカーが走る・・・。


ひとみは少年の様に笑いながらラジコンカーで遊ぶ和浩をずっと見守っていた・・・。



帰り道・・・。

車窓からは星空が見えている。

運転する和浩の横顔をじっと見つめるひとみ。

朝より何だか優しい顔になっている気がした。

「何?じっと見られると運転し辛いんだけど・・・」

「ごめん・・・。でも何かカズ・・・晴れ晴れとした顔してるなって思って・・・」

「そ、そうかな・・・」

「うん・・・。これもあの子のおかげね・・・。高田さんの息子さんの・・・」


”お兄ちゃんみたいな車のお医者さんになるんだ!”

あどけない少年の笑顔が、和浩の心のどんよりした雲をどかしてくれたのかもしれない・・・。

「でもなんかちょっと悔しいかも」

「え?」

「だって・・・。あたし・・・。カズに何もしてあげられなかった・・・。高田さんの奥さんから事情きいただけで・・・」

「ひとみ・・・」

和浩はゆっくりとスピードを落とし、道路の路肩に寄せ車を止めた。

「どうしたの?カズ急に・・・」

「俺はまだ・・・。自分を許した訳じゃない。俺がミスして高田さんを視力を奪ったの確かだ・・・」

「カズ・・・」

バンドルを握る和浩の手にグッと力が入った。

「だけどもうそれからは逃げない・・・。自分からも・・・。だから僕に勇気をくれないか・・・?」

「あたしは・・・何をすればいい・・・」


「ただ・・・そばに居てくれたらそれでいい・・・笑っていてくれ・・・僕の側で・・・」


和浩はカチッとシートベルトをはずし、身を乗りし、ひとみの頬にてを添えた・・・。


「ひとみは僕の宝だよ・・・」

「和浩・・・」


ひとみが目を閉じると・・・。


優しくソフトなキス・・・。


ひとみの唇を包むような・・・。


満天の星の下・・・。


優しい恋人達が静かに愛を育む・・・。