表彰台の慧にフラッシュの光が舞う。
シャンパンが航河や疾斗にも浴びせられる。
特に慧は百戦錬磨を成し遂げ、次々と歴代の勝利の記録を塗り替えていく・・・。
「加賀見さん、優勝おめでとうございます!またタイム、日本新出されましたが、ご感想は?」
「僕一人の力ではありません。チームメンバー、全員のおかげです」
慧のこんな謙虚で紳士なキャラクターがさらに人気に拍車をかける。
連日、雑誌の取材やスポンサー会社のCM撮影やらで忙しい日々の慧。
当然、ひとみと会う時間もかなり減った。
週末には必ずドライブに出かけていたのにここ一ヶ月以上、顔すら見ていない。
でも。二人はいつも携帯一つで繋がっている。
どんなに忙しくても慧は必ず夜にメールをくれる。
「ふう・・・」
シャワーを浴び、バスタオル一枚まいた姿のひとみ。
スポーツドリンクを冷蔵庫から一本だし、ゴクゴクと飲み干す・・・。
「プハー・・・っ。おいしッ」
一人で飲むビール。
やっぱり二人の方が美味しい・・・。
机の上の携帯の着信を見るひとみ。
『今夜も良い月夜だね。月を見ている君を想うよ。最近会えなくてごめん・・・。今度必ず休みつくるから・・・慧』
「・・・月を見ていると・・・か。慧ったら・・・」
何の臆面もないメッセージ。嬉しいけれどやっぱり・・・。
「あ〜。やっぱり生の声が聞きたいよー!」
枕を抱きかかえベットに転がるひとみ。
”会えない時間が愛を育てるのよ”なんて歌の文句にあったけど、あんまり長いと冷めないかと不安になる・・・。
PPPP!
慧じゃないかと第六感が働く。
「はい、もしもし!?」
「上機嫌ね。香西さん」
「その声は・・・へ、編集長・・・」
ひとみ、ガックシ・・・。
「何か失敬なリアクションね・・・。まあいいわ。それより香西さん、貴方の書いた記事の事だけどね・・・」
「はい!あのどうでしょうか・・・!」
ひとみはチームの独占取材をずっと続けてきた。その集大成としてチームの今までの功績とメンバーの大特集をしようと原稿を仕上げた。
「・・・原稿はとてもよかったわ。よくまとまっていたし・・・。でも残念だけどあれは企画会議では通らなかった。それにいいにくいんだけど・・・。『』の取材からも降りて貰うことになったの」
「えっ・・・どうしてですか!?」
「上からの命令・・・としかいえない。貴方と『加賀見慧』の個人的なつきあいが社の上の方の耳に入ったみたい・・・。下手に噂に鳴る前にってことだと思うわ・・・」
「そんな・・・」
「・・・まぁそんなに落ち込まないで・・・。加賀見さんの人気が凄いでしょう?うちの雑誌も部数が伸びているのよ。だから上の方としては噂になる前にって・・・。ごめんなさいね・・・。私の力不足ね・・・」
伊達は本当に申し訳なさそうに謝る・・・。
「・・・。いいえ・・・。編集長が謝ることないです・・・。上の命令なら仕方ないですから・・・」
「貴方には、他のテーマで原稿描いて貰うから・・・。期待しているわ。じゃあおやすみなさい・・・」
P・・・。
ひとみの心は一気に荒れ模様・・・。
ドサ・・・ッ。
ベットにそのまま倒れ込む・・・。
今まで取材してきた事の集大成だったのに・・・。
何度も何度も書き直して・・・。
やっと出来た原稿なのに・・・。
更に取材から自分がはずされて・・・。
慧からの携帯のメール文字を指でなぞるひとみ・・・。
「慧・・・。会いたいよ・・・。メールじゃ寂しすぎるよ・・・」
枕に顔を埋め・・・。
込み上げてきそうな涙を必死に堪えた・・・。
へこみモード一色のひとみ。
追い打ちをかけるように衝撃的な記事が雑誌に載った・・・。
『今、F1のカリスマ的存在の加賀見慧!深夜の密会!?のレーサークイーンと熱い深夜!!』
慧達の宿舎の前で抱き合う慧とカリナの写真が載った。
「な・・・なに・・・。これ・・・」
コンビニの雑誌コーナーで記事を見てしまったひとみ・・・。
昨日の夜だって慧からはメールはちゃんと来ていたのに・・・。
いてもたってもいられなくなったひとみは急いでレース場に走った。
ピットに行くと、航河と疾斗の手にもあの雑誌が・・・。
「ひとみちゃん・・・!」
慌てて雑誌を後ろに隠す疾斗・・・。
「あの・・・。加賀見さんいますか・・・?」
「えっ。加賀見さんなら事務室に・・・」
ひとみはすぐに事務室に向かった。
どうしても加賀見の口から直接聞きたい。本当のことを・・・。
キィ・・・。
事務室のドアは少し開いており、中から人の気配が・・・。
(・・・!!)
加賀見の腕にからみつくカリナの姿がそこに・・・。
キィ・・・。
ドアの音に加賀見とカリナがひとみの方に気づいた。
「ひとみ!!」
「あら・・・。誰かと思ったら記者さんじゃないの。あたしと加賀見さんのラブシーンの邪魔・・・しないでくれる?」
そういうとなんとカリナは慧の不意をつき、頬にキス・・・。
バタン!
ひとみはその場を走って逃げてしまった・・・。
「ひとみ!!」
ひとみの後を追うとした慧。しかし、カリナが腕を掴み阻止しようとする。
「離してくれ!!」
「加賀見さん!あんな子ほっとけばいいじゃない!!私と加賀見さんはもう世間も知っている今噂のカップルなのよ。この記事みたいに・・・」
「あんな記事はでたらめだ!!あれは君が勝手に・・・。はっ。もしかしてあの記事は・・・」
カリナの口元がニヤッと笑う。
「私の知り合いの記者に頼んだのよ。あたし達の抱擁現場を撮ってねって・・・。美味しいネタをほしがっていたから・・・」
「・・・君って女は・・・!」
慧の怒りが拳に力が入る・・・。
「ねぇ。加賀見さん・・・。私・・・。本気よ・・・。貴方を手に入れるためなら何だってするわ・・・。きれい事なんて言ってられない・・・。貴方欲しいの・・・」
カリナはこれ見よがしに、自分の体をくっつけてきた・・・。
慧の首に両手を回して再びキスをしようと迫る・・・。
「・・・哀しい女性だな・・・。君は・・・」
「!」
哀れむ様にカリナを見つめる慧・・・。
「な・・・。何よその目は・・・」
「そんな風にしか気持ちを伝えられないのか・・・?自分自身が哀しくないか・・・?」
「き、きれい事言わないでよ!!欲しい物があれば、どんな事をしたって手に入れたい・・・!!人間なんてそんな物でしょう!?あの女だって加賀見さんの名声や肩書きに近寄って・・・」
「彼女はそんな女じゃない・・・!彼女を侮辱するな!!」
カリナの両手をスッと離す慧。
怒鳴った慧の声にカリナはかなり、驚いた。
「はっきり言っておく。僕にとって一番大切な女性はこれから先もずっと彼女だけだ!!彼女だけしか見えない!だからもうこんな馬鹿げた事はやめるんだ!いいな!」
慧はそれだけ言うと部屋を出ようとドアノブに手をかける・・・
「・・・君にも・・・。純粋に君を思ってくれる誰かが会われるといいな・・・。じゃあ・・・」
バタン・・・。。
静かに・・・。空しくドアが閉められた・・・。
「な・・・。何よ・・・。かっこつけて・・・。かっこつけて・・・」
哀しくそう呟くカリナだった・・・。
慧はすぐにひとみの家に車を走らせた。
ドンドン!
「ひとみ・・・!開けてくれ!!話しをしよう!!」
「ごめんなさい・・・。今は一人になりたいの・・・」
「カリナさんとの事は誤解だ!!全部彼女が仕組んだこと・・・。ひとみ!!頼むから開けてくれ・・・!」
ドンドン!!
何度もドアを叩く慧・・・。
「お願いだから今は一人にして!!」
「嫌だ!!君がここを開けてくれるまで動かない・・・!君が・・・」
ドサササ・・・。
何かが倒れる音がして突然慧の声がしなくなる・・・。
「・・・慧・・・?慧どうしたの・・・?」
ひとみがドアを開けると、ぐったりした慧が倒れていた。
慧の額に手をやると・・・。
「慧・・・!やだ、凄い熱・・・!」
ひとみは慧の腕を肩にかけて、慧を部屋に運び、ベットに寝かせた・・・。
「ハァハァ・・・」
「頭・・・。冷やさないと・・・!」
氷を用意しようとしたひとみの腕を掴む慧。
「ひと・・・み・・・」
「慧、起きちゃダメ!」
「ひとみ・・・。信じて・・・。俺の・・・こと・・・」
「・・・わかったから今は休んで・・・」
慧はひとみの手を握って離さない・・・。
熱で熱い手・・・。
「俺には・・・。ひとみだけだから・・・。信じて・・・。お願いだ・・・。信じて欲しい・・・」
辛そうに息を吐きながら、必死に訴える慧・・・。
「わかった・・・。信じるから・・・。だから今は休んで・・・」
「ありが・・・とう・・・」
ひとみの言葉に安心した慧・・・。
ひとみは洗面器で冷たいタオルをしぼり、慧の額に乗せた・・・。
「・・・気持ちいい・・・。ありがとう・・・ひとみ・・・」
黙って首を横に振るひとみ。
「慧・・・。疲れてたのね・・・。忙しかったから・・・」
「・・・。ごめん・・・。なかなか連絡できなくて・・・」
「謝ることないよ・・・。メールくれてたじゃない・・・」
だけどやっぱり・・・。
文字じゃなくて。
生の声がいい。
目の前に居て欲しい・・・。
「今日・・・風邪ひいて正解だったな・・・。やっとひとみにこうして会えたし・・・。看病してもらって・・・」
「慧・・・。慧・・・。あたしね・・・。の担当・・・おろされちゃった・・・」
「どうして・・・。もしかして・・・。俺が原因・・・か?」
「・・・。違う・・・。あたしの記事が通らなかったのよ・・・。実力の問題・・・」
確かに、慧の事も一因はあるかもしれないけど、原稿が通らなかったのは自分のせいだ・・・。
慧に原稿の事を言ったことで気を使わせたかな・・・と少し後悔するひとみ・・・。
「ひとみ・・・。俺の・・・彼女でいるのは・・・辛いかい・・・?」
「そんなわけないでしょ・・・。ジュニアに感謝してるんだからいつも・・・。慧とであわせてくれてありがとうって・・・」
かごの中のジュニアが・・・
ひとみをじっと見つめている・・・。
「ひとみ・・・俺・・・。」
ひとみはスッと慧の唇に手を当てて言葉を遮った。
「もういいから・・・。黙って・・・。黙って・・・」
ひとみは静かに慧に・・・。
kiss・・・。
慧の唇は熱い・・・。
「・・・。風邪・・・。移ったらどうするんだ・・・」
「一緒に寝るからいいもん・・・」
「・・・寝るだけじゃすまないさ・・・。俺は・・・」
慧はひとみの髪をそっと耳にかけ・・・。
優しくひとみの髪を撫でる・・・。
「ずっとそばにいるから・・・。なにがあっても私・・・」
「・・・ありがとう・・・」
大きな手を握りしめたまま・・・ひとみはベットの横で眠った・・・。
絶対にその手が離れないように・・・。
やっぱり・・・メールより
貴方の声が聞きたい。
貴方に触れていたい・・・。
温もりを忘れないように・・・。