若葉の頃

若葉が鮮やかに彩った頃。新居が決まった里緒と涼達は朝から、大忙しだ。

涼の勤めている病院からすぐ近くにマンション。

白い壁の清潔感のあるマンションだ。

決して、広いとは言えないが、二人が暮らしていく分には充分だった。

「里緒、とりあえずは全部、運んだか?」

「うん。割れ物も衣類も大体OKよ」

「なら一休みしよう。お茶にでもしようか」

「そうね」

里緒はたくさんあるダンボールの中からコップを探した。

「どこに入れたかわかんなくなっちゃった・・・。あれ・・・?」

そのダンボールの中に、里緒は一冊のアルバムを見つける。

「どうした?」

「これ・・・」

赤い表紙のアルバム。

里緒はほこりをふうっとはらって静かにめくった。

アルバムには、涼と里緒の子供の頃の写真がぎっしり貼られていた。

「わぁ・・・!懐かしい・・・!」

「ホントだ・・・。母さん達いつの間にこんなに写真撮ってたんだろうな・・・」

小学校の頃の運動会の写真やお遊戯の写真、家族で遊園地に行ったときの写真。

二人が一緒に時を過ごしてきた歴史がアルバムの中に記されていた。

「あ、これ俺、覚えてるぞ。お前が中学入学の日に撮ったよな。里緒ってば入学式早々忘れ物して・・・。俺が届けてやったけ」

「んもー・・・。そんなこと覚えて無くていーよ!」

アルバムの一ページ、一ページが・・・。二人が同じ時をすごしてきた証。

“妹”と“兄”として・・・。

「ははッ。里緒の裸の写真発見!」

「え!?」

「里緒の入浴シーン。これきっと父さんが撮ったんだな。母さんも映ってる」

「きゃー!!恥ずかしいから返して・・・!」

「恥ずかしいって・・・。俺たちもっと恥ずかしいことしているだろう・・・?」

「涼ったら・・・!」

里緒は涼の手から写真を奪い返そうとするが、涼はにこにこしながらそれをひょいっと交わした。

「もう〜。返して・・・。きゃッ・・・!」

ドッターン!!

里緒はダンボールにつまづき、涼に抱き留められたまま二人は真新しいフローリングの床に倒れた。

「いたた・・・。涼・・・。大丈夫・・・」

起きあがろうとした里緒。

涼は里緒を優しい瞳でじっと見つめた。

「里緒・・・。小さかった里緒がこんなに大きくなって・・・。泣き虫だった里緒・・・。そして今・・・。俺の目の前にいる・・・。俺だけの里緒になって・・・」

涼は、細く長い指で静かに里緒の髪をそっと耳にかけた。

「涼・・・」

涼の指は里緒の唇に触れた。

「今日はまだおはようのキスしてなかったね・・・」

サラサラのの髪。すくうように涼の手は里緒の頭をそっと固定した。

二人は目を閉じ、そのまま静かな口づけを交わした・・・。

初めてじゃないけど・・・。今でもドキドキする・・・。

涼に優しく見つめられたら体が熱くなって・・・。


ヒュウッ・・・。

その時、窓から風が一瞬吹き込んで一枚の写真が空を舞った。そして涼の顔の上に落ちた。

「これ・・・」

二人は起きあがりその写真を見た・・・。

「これ・・・」

よく遊んだ公園のブランコの前。幼い里緒と二人の“涼”と“亮”映っている。

“もう一人の“涼”だ・・・。

里緒の実の兄の鈴原涼・・・。

昔、船の事故で行方不明だったが、生きている事が分かり、今は漁師として元気にしていると両親から里緒は聞いていた。

「“涼兄”・・・。今頃・・・。どうしてるかな・・・」

「・・・。今度・・・。二人で逢いに行こうか・・・。結婚の報告も兼ねて・・・」

「・・・。うん・・・」

もう一人の“涼”・・・。二人にとっても大切な人・・・。

「そうだ。里緒。行ってみようか?」

「どこへ?」

「3人でよく遊んだ公園に・・・」


小さな公園。木が公園を囲むように植えてあり青々としている。まだお昼時のせいか親子連れもまばらで、公園内は静かだった。

「わ〜!懐かしい!!」

水色のブランコ、象の鼻の形をしたすべり台・・・。

楽しく遊んだ幼い日の思い出が二人の脳裏に蘇る。

里緒は子供に戻ったようにはしゃいだ。

「気持ちいいねぇー。ふー・・・!」

青空に里緒は思い切りブランコを蹴り上げ、こぐ。

“涼兄、空が、ぐるぐるまわってるよー・・・!すごくきれー!”

幼い里緒が重なって見える。

いつも笑顔だった。里緒。

屈託のない里緒の笑顔は、何よりも涼の孤独な心を温めた。

事故で両親をなくし、引き取られた涼。

里緒の両親は優しかった。可愛がられた。実の子のように・・・。しかしいつもどこかで感じていた疎外感・・・。

“何だか僕だけ違う人間みたい・・・”

そんな涼に、里緒はいつもありのままだった。泣くことも。笑うことも・・・。

「涼・・・!ほら!ジャングルジム、よく登ったね!」

ジャングルジムから里緒が涼に微笑む。

この笑顔をみるといつもとホッとした・・・。子供の頃から・・・。今も変わらず・・・。あの笑顔に・・・。

愛しい・・・。そう心の底から思った・・・。

里緒が・・・青空を背負って笑っているー・・・。


「里緒」

「何?」

「・・・。愛しているよ・・・」

「え!?え・・・あ、あ、きゃあああ!!」

涼の突然の言葉に里緒はめんっくらってバランスを崩した!

「里緒・・・!」

ドスン!!

落ちた衝撃で二人に砂が舞い散った。

里緒は涼の上に座る形で砂場に二人、見事に着地。

「ぷは・・・。大丈夫か・・・?里緒・・・」

「涼こそ・・・」

体についた砂を払う。しかし、互いに顔を見合うと・・・。

「ぷ・・・。里緒お前その顔・・・くくく・・・」

「何よ!涼だって・・・」

顔面砂まみれ。

二人とも思わず吹き出した。

「くく・・・。アハハハハ・・・!」

「ウフフフフ・・・!」

お腹のそこから笑う。

澄み切った空を見上げて・・・。

「アハハハ・・・。里緒と一緒にいると本当に飽きないな・・・。いつもびっくりさせられる・・・」

「びっくりさせられたのはこっちよ!もう・・・。いきなりあんなこと言うんだもん・・・」

「お前の笑顔を見ていたらつい言いたくなったんだ・・・。お前の笑顔が・・・」

涼は砂だらけの里緒の顔をそっと自分のシャツの袖口で拭いた。

「新品だよ、そのシャツ 」

「かまやしないさ・・・」

里緒は静かに目を閉じ、涼も顔を近づけた・・・。


「くすくすくす・・・」

「ん?」

目を開けると、まわりに子供達がにこにこしながら見ていた。

「わッ!!」

二人はあわてて離れた。

「わー!チューしてた。チューしてた!」

「うん!してたしてたぁー♪」

子供達、指さして喜んでいる。

「涼・・・。そろそろ帰ろっか??」

「そ、そうだな・・・」

あわてて、砂場を離れた二人。

子供達はまだ、こっちを見て笑っている。

天使のような笑顔で。

「まいったな・・・」

「まいったね・・・」

二人はもじもじした。

何だか・・・。くすぐったくて。

まるで高校生が初めてデートした時みたいに、くすぐったくて・・・。

「じゃあ帰ろう・・・。俺たちの家に・・・」

「うん・・・」

涼の手をしっかりと握る里緒。

しっかりと・・・。絶対に離れないように・・・。


若葉がそよ風に揺れる。

二人を励ますように・・・。

FIN