抱きしめたい

ニャーン・・・。

放課後、子猫の鳴き声につられ、裏庭に来た由香。

「よく喰うな、お前」

数匹の子猫に餌をやっている珪がいた。

由香は木の影に隠れて様子をみている。

「うまいか?」

ニャーン・・・。

子猫を優しそうな瞳でみつめてなでる珪。

そんなkeiを見るのは初めて・・・。

ニャニャッ。

なでる珪に応えるように子猫たちはなつく。

「くすぐったいぞ。由香」

(えっ!?)

突然自分の名前を呼ばれ、ドキッとする。

「由香。お前、そっくりだ。あいつに・・・」

(葉月くん、子猫にあたしの名前を・・・?)

ニャーン・・・。

珪は由香と名付けた子猫を特に可愛がる。

「由香・・・。お前、ちょっと間抜けな顔してるな。ハハ」

そう言って子猫の顔をびろーんと伸ばしたりして遊ぶ珪。

(あたしってそんな間抜け面かな・・・)

「それに、よく 喰うところも。あいつもいつも大口開けてたべるんだ」

(・・・。そんなとこ、見られてたなんて。きおつけねば・・・)

「それに、何にでも積極的で・・・。いつも笑顔で・・・。一緒にいると心が和む・・・」

ニャニャッ。

子猫はペロッと珪の手を舐めた。

「由香・・・。くすぐったい・・・。でも・・・あったかいな・・・お前・・・」

珪はふわふわの子猫を自分の頬に抱き、すり寄せる。

由香はまるで自分がそうされているようで、体が熱くなってきた。

(・・・。は、はずかしいけど・・・。子猫がうらやましいって思っちゃう・・・)

「あったかくて柔らかくて・・・。いつか・・・。お前をこうして抱きしめたい・・・」

由香の頭の芯が熱くなった。

まるで、自分がそうつぶやかれているみたいで・・・。

くらくらする・・・。

カラン!

空き缶を踏んでしまった由香。

珪に見つかってしまった!

「花岡・・・」

「葉月君・・・。あのっ・・・」

「お、お前・・・。ずっとそこにいたのか?」

「え、あ、あの・・・。う、うん・・・」

珪は一部始終を見られていた事を知り、照れくさいあまり黙ってしまう。

「・・・」

「・・・」

ドキドキドキ・・・。

二人の鼓動が緊張感で速まる。

ニャーン・・・。

葉月が“由香”と名付けた子猫が由香に寄ってきた。

「かわいい・・・。あの・・・。葉月君、ずっとここで飼ってるの?」

「いや・・・。たまにこうしてえさをやってるだけだ・・・。全部ノラなんだ・・・」

「そうなんだ・・・。ふふ。くすぐったいよ。ふふ・・・」

「・・・」

“由香”とじゃれあっている様子を見つめる珪。

由香の笑顔が珪の心に染みていって・・・。

その時。誰かが裏庭の方へくる。声が聞こえた。

「花岡!隠れろ!!」

「えッ!?」

珪は子猫を抱いた由香をぐいっとひっぱり、二人、校舎と体育館の間に入って隠れた。

「あれ?こっちの方で誰かいたような・・・。見間違いか・・・」

警備員はそのまま、しばらくあたりを見回すとその場を去っていった。「行ったみたいだな・・・」

「う、うん・・・」

警備員がいなくなるのを確認。

でも、今は警備員のことより・・・。この状況の方に頭が一杯で・・・。

体育館と校舎の間、約60p。

そこに二人は密着して身を潜めている。

「あの・・・」

珪がしゃべると、由香の耳に息がかかるくらいに 珪の端正な顔が目の前に・・・。

「わ、悪い・・・。とっさにオレ・・・」

「う、ううん・・・」

珪のつけている香水が薫る。

優しい甘い匂い・・・。

由香はポツリとつぶやいた・・・。


「なんか・・・。あたし猫になってみたいな・・・。葉月くんの腕の中の・・・」

「・・・」

(・・・!あたしったら・・・。何て事言うの!!はずかしい・・・!)

「・・・。いいぜ・・・。オレは・・・」

(え・・・?)

珪が由香の体ををギュッと自分の胸に両手で引き寄せる・・・。

更に密着する二人・・・。

「・・・。あっためてやる・・・。猫ごと・・・な」

「葉月く・・・ん・・・」

更に由香を力一杯抱きしめる珪・・・。

トクントクントクン・・・。

珪の鼓動が聞こえて・・・。

そして、由香は珪にとどめの一言を耳で囁かれる・・・。

「お前・・・。いい匂いだ・・・。気持ちいいくらいに・・・」


珪の囁きが・・・。

由香の体全身に走り抜けた・・・。


時間を忘れそうな位に・・・。


キーンコーン・・・。


チャイムが鳴る。


キーンコーン・・・。


チャイムが鳴り終わっても、二人はずっと 抱きしめ合っていた・・・。


秋の日の放課後。


夕焼けが熱く・・・。


二人を照らしていた。


FIN