休み時間が終わり、は、教室へ戻ろうと階段を降りていたとき。
「!」
珪に呼び止められる。
「葉月君、何?」
「あ、あの・・・お前・・・。今度の休み暇か・・・?」
「え・・・。うん・・・」
「その・・・さ・・・。お前・・・。俺ン家・・・来いよ・・・」
はドキッとした。
珪の家・・・。珪プライベートな部屋・・・。
一体、どんな部屋なんだろう。どんな・・・。
はドキドキした。
「どうした?来るのか来ねーのかどっちなんだ・・・」
「あ、い、行く!!何が何でも行くわっ!雨が降っても槍が降っても!!」
は力一杯言った。
「ぷ・・・。ホントお前って面白い奴だな・・・」
「そ、そーかな・・・」
珪の前でもっと女の子らしくしたいのだが、つい、地が出てしまって・・・。
その時、2階の階段の方から「おーい!葉月 !」と呼ぶ声がした。
「おう。今行く・・・!じゃあ、日曜日な・・・」
「うん、じゃあね。葉月くん」
珪は上を上がろうととすれ違いざまに耳元でつぶやいた・・・。
「俺・・・。部屋でずっと待ってるから・・・」
「!!」
珪の息がフウッ耳にかかりはビクッとする・・・。
体中に電気が走ったみたいに・・・。
は顔を真っ赤にしてずっと階段の踊り場に立っていたのだった・・・。
そしてはあることを思い出す・・・。
「あ!!そういえばもうすぐ葉月君の誕生日だわ!プレゼント用意しなくちゃ・・・」
(・・・何かおっかな・・・)
は台所に立ち、エプロン姿。
顔に白いクリームをつけてケーキ作りに精を出していた。
ホイップの生クリームでデコレーションしていき、最後にケーキの真ん中に「haduki君へ・・・」と書く。
「できたあ!我ながらいい出来ばえ。よし!今日は一日、葉月君と二人っきりで・・・うふふふ・・・。恥ずかしいッ」
はエプロンで顔を隠して一人で照れている。その横で尽が・・・。
「姉ちゃんが一番恥ずかしいよ」
チェックの柄の包装紙で包み、ピンクのリボンでラッピング。
それを持って、は珪のマンションの前に来ていた。
「うわ・・・。大きい・・・」
はその高さに思わずマンションを見上げる。
20階近くあり、まるでホテルのような派手な大理石の煌びやかな玄関。
「な、なんか入るのに緊張する・・・」
プップー!
がマンションへ入ろうとしたとき、後ろで車のクラクションが鳴った。
振り向くと、赤いスポーツカーに乗った美しい女が降りてきた・・・。
コツコツコツ・・・・。
ハイヒールの音が響く。
「さんね?」
「え、あ、はい・・・あの・・・」
「あたし、珪のマネージャーやってる東野京子ってものなの」
は名刺を手渡された。
「今日、珪と約束してたらしいけど、急にね、仕事が入っちゃったの」
「えっ・・・」
「代わりに貴方にそう伝えてくれって頼まれたのよ。ごめんなさいね・・・」
「そ、そうですか・・・」
(・・・どうして葉月君、あたしの携帯に直接連絡してくれなかったんだろう・・・)
わざわざ、マネージャーに伝言頼むなんて・・・。
何だか残念に感じる・・・。
「ねぇ。貴方今、時間あるかしら?」
「え?」
「ちょっと話があるの。ね?時間頂戴な・・・」
珪のマネージャーはそう言ってにこっり笑った。
真っ赤な口紅で・・・。
は車の助手席に乗った。
カチッ。
珪のマネージャーが煙草に火を付け、煙を吹かせる。
まさしくその姿やしぐさは『大人の女』で、は妙にドキドキした。
「あの・・・お話って何ですか?」
「・・・。単刀直入に言うわね・・・。珪と会うのはできるだけ控えて欲しいの」
「え・・・?」
突然の申し出にただ、驚く。
「勿論、付き合うななんて言わないけど、あくまで『ガールフレンド』としてのつきあい。『本気』のつきあいは避けて欲しいの」
「ど、どうして貴方にそんなこと言われなくちゃ・・・」
フウッ。
「ケホッ」
煙草の煙でむせる。
「月並みの台詞だけど、貴方と珪はいる場所が違うの。珪は只の高校生じゃないのよ。皆が珪に魅了される・・・。付き合ったとしても、貴方が傷つくだけなのよ」
「そんな事ありません!あたしにとっては葉月くんは葉月くんです!」
「・・・。この前・・・熱狂的なファンの子に貴方、危ない目に遭わされそうだったんですって?そのせいで珪は怪我をしたのでしょう?」
「!」
珪のファンからの嫌がらせがヒートアップし、それを止めたとき、珪がファンが取り出したナイフで切り傷を負ってしまった・・・。
その時、何があっても一緒にいようと誓ったのだが・・・。
「・・・。ね。よく考えてみて。お互いにプラスにはならない付き合いよ。貴方にはもっと気楽につきあえる人がいるはず・・・。それに・・・。もし、マスコミなんかが嗅ぎつけてからじゃ遅いのよ・・・。葉月の才能が無くなってしまうわ・・・!」
「!」
マスコミ・・・。ワイドショー・・・。
何気なくブラウン管の向こうでやっていたことがもしかしたら現実に自分に降りかかるかも知れない。
そしてそのことで、モデルとしての珪に傷が付く・・・。
起きてもいない事を、悪い方へ悪い方へ想像してしまう・・・。
「ね・・・。よく考えてみてね・・・」
「・・・。失礼します」
バタン!
は荒々しくドアを閉め、車を降りていった・・・。
朝早く作ったケーキを両手に抱え、家に戻る・・・。
台所のテーブルの上にケーキの箱を置く。
本当だったら今頃は
せっかく二人きりの誕生日を過ごそうと思っていたのに・・・。
あのマネージャーの言葉がの心に引っかかっていた。
“葉月の才能をつぶさないで”
(・・・。葉月君の才能・・・。未来・・・)
テーブルの上のケーキ。
朝早く起きて作った・・・。
(・・・。先のことはわからないけどせめて・・・。今日、これだけは渡したい・・・。私の手から・・・。そして『誕生日おめでとう』って言いたい・・・)
「あれっ!?ネェチャン!?」
はサンダルのままケーキの箱を抱えて飛び出していった・・・。
辺りが暗くなった頃・・・。
ウィーン・・・。
エレベーターが開く。
部屋のキーを持った仕事帰りの珪が少し浮かない顔で出てくる・・・。
(・・・。どうしてるかな・・・)
「!」
部屋のドアの前で大きな箱を持ったまま座り込んでいる・・・。
「!?おい・・・。どうしたんだ?一体・・・」
「葉月君を待ってたの・・・。これ・・・。渡したくて・・・」
ケーキの箱を差し出す。 そして伝えたかった事を言葉にする・・・。
「誕生日おめでとう。葉月くん」
「えっ・・・」
珪は自分の誕生日を忘れていたのかかなり驚いた。
「。ちょっと見かけは悪いけど味は保証するから。よかったら食べてね・・・じゃ、おやすみなさい・・・」
「。待てよ!」
珪は帰ろうとするの腕を掴んだ。
「お前・・・。これ渡すためだけにずっとまっていたのか・・・?」
「・・・。ごめんね。迷惑だって思ったんだけど、どうしても自分の手で渡したくて・・・」「・・・。と、とにかく中に入ってくれ。な?」
「・・・」
グッと掴まれた腕。
珪を拒むことはできず、は、珪の部屋に上がった・・・。
初めて入る彼の部屋・・・。
本当ならば、嬉しくて緊張してドキドキするはずなのに、今日は何だか・・・。気が重い・・・。
「何にもないけど・・・。その当たりに座ってくれ・・・」
珪はキッチンの方でコーヒーを入れている。
珪の部屋・・・。
両親が長期の出張で一人暮らしとは聞いていたが、高校生が一人暮らしする部屋にしてはかなり広い。
床は磨かれて光っているフローリング10畳ほどのリビング
三角形のガラスのテーブル。
白いソファ。
パイプの本棚。
そこにある写真立てにの姿が映っていた・・・。
(・・・あれ、この前デートの時の・・・)
「・・・あんま、ジロジロ見るな・・・」
珪はチェックのマグカップを二つ、テーブルに置いて座る。
「それにしても・・・。葉月君、自分の誕生日まで忘れてるなんてね・・・」
「・・・。ここのところ、仕事忙しかったから・・・。・・・。ごめんな・・・。今日は・・・」
は首を横に振った。
「いいの・・・」
うつむき、押し黙る
「なんだよ。どうかしたのか?マネージャーの奴が何か言われたのか?」
「・・・。あのね・・・。『貴方と葉月珪では居る場所が違いすぎる』って・・・」
ドン!
珪はテーブルを乱暴に叩いた。
「あいつめ・・・。余計なこと言いやがって・・・。あいつの言った事なんて気にすんな・・・。俺は・・・」
は手をチラッと見た。
この間の怪我の跡・・・。傷は差ほど深くはなかったが、跡が残っている・・・。
「その傷・・・。あたしのせいだよね・・・」
「そんなことねぇよ・・・。あれは俺がお前を守りきれなかっただけだ・・・」
「でも・・・。あたしが葉月君の側にいることで・・・。トラブルがまた起きるのだったらあたしは・・・」
「言っただろう?俺はお前が必要なんだって・・・。お前のことは俺が守る・・・」
「・・・」
“珪の才能をつぶさないで”
マネージャーの言葉がの胸に突き刺さる。
タイトスカートの裾をキュッと握る・・・。
「葉月君・・・。あたし・・・。あたし・・・。やっぱり・・・。無理かも知れない・・・。葉月君の側にいるのは・・・」
「どうしだ・・・?俺が嫌いになったのか・・・?」
「そんなことあるわけない・・・!でも・・・。やっぱり・・・。あたしと葉月君じゃ・・・。釣り合わないのよ・・・」
「何くだらねぇこと言ってンだ・・・。俺はお前が好きだ・・・。ただそれだけじゃねぇか・・・」
「・・・。ありがとう。でもやっぱり・・・。ごめんなさい!」
「!」
バタバタッ!
は玄関に走った!
「!待てよ!!」
ガタン!
しかし珪に玄関のドアに先回りされ、の前に立ちはだかった・・・。
「葉月くん・・・。どいて・・・」
「・・・。嫌だ・・・」
「お願い、どいて・・・」
「どかねぇ・・・」
は無理に行こうとしたが・・・。
ガチャッ・・・。
なんと珪が鍵をかけてしまった・・・。
「きゃッ・・・」
珪は乱暴に両手で抱きしめる・・・。
「・・・このままじゃ・・・。帰さない・・・。帰したくない・・・」
「はづき・・・くん・・・」
「このまま帰したら・・・を失いそうで・・・。離したくない・・・」
吐息と一緒に耳元で囁かれる 甘い言葉・・・。
体中をくすぐられているみたい・・・。
力が抜ける・・・。
「・・・。今日は俺の誕生日だ・・・。一緒に過ごして過ごして欲しい・・・」
ほつれ、頬についた髪を耳にかける・・・。
「・・・わかった・・・」
力強い珪の腕にに負けてしまった・・・。
(・・・もうどうなってもいいかな・・・)
は『何か』を覚悟したのだが・・・。
「・・・。お前の手作りケーキか・・・。上手そうだな・・・」
「う、うん・・・」
部屋の灯りを消し、テーブルの上に、作ったケーキ。ろうそくに火の見つめる二人・・・。
「?どうかしたのか・・・?何だか残念そうな・・・」
「あ。ううん・・・。気にしないで・・・」
(・・・。とんだ勘違い女だわあたしって・・・)
二人・・・。
優しく揺れる炎を見つめる・・・。
「久しぶりだ・・・。自分の誕生日を誰かと祝うなんて・・・」
「え?」
「俺の両親・・・。共働きだったろ・・・?誰もいない家で、テーブルの上のケーキ一人で喰ってた・・・」
高いゲームや玩具だけ与えられ、暗い部屋で一人で一人テレビゲームをする珪・・・。
本当に欲しいのはこんなものではない・・・。
本当に欲しかったのは・・・。
「葉月君、火、消さないの?」
「なんかもったいなねぇよ・・・。ずっと見てたい・・・」
「そうだね・・・。私も・・・」
本当に欲しかったのは・・・。
誕生日を共に過ごしてくれる人・・・。
「ケーキも嬉しいけど・・・。俺はもっと欲しいプレゼントがある・・・」
「え・・・?あ、あ・・・っ」
「あ、あの・・・。プレゼントって・・・」
「・・・。だ・・・」
「・・・」
は照れて何も言えない。
「・・・。この先・・・。来年も再来年もずっと一緒に誕生日を祝って欲しい」
「・・・うん・・・」
「何があっても・・・。俺はお前を守る・・・。守ってみせるから・・・」
「・・・あたし・・・。頑張る・・・。葉月君を守れるように・・・。自分にもっと自信持つから・・・」
「・・・」
お前のその一途な瞳は俺の心をいたずらにときめかせ、狂わせる・・・。
白い首筋が愛しくみえる・・・。
「・・・。、押し倒したい」
「えッ!!!」
、後ずさりして固まる・・・。
「ぷ・・・。ははは・・・。面白い顔だな・・・」
「ん、も、もう!からかわないで・・・!心臓が止まるかと思ったじゃ・・・。わっ・・・」
珪の股にちょこんと椅子のように座らせられた。
の肩に珪の顔が・・・。
首筋に息がかかる・・・。
「・・・。今はこれで我慢・・・。でも・・・」
「で・・・で・・・も・・・」
珪はの首筋から肩まで鼻を触れさせての香りを堪能する・・・。
「でもいつか・・・。俺の誕生日は朝まで・・・付き合ってもらう・・・」
珪の両腕に包まれ・・・。
は一つ・・・。
コクンと頷いた・・・。
ゆらゆらゆら・・・。
ろうそくの火が揺れる・・・。
絆が深まった二人を優しく見つめて・・・。