今回のふたりのデート、“社会見学”は、水族館だった。
何時も通り、家まで送ってもらう
デートの時の緊張感が帰りの車の中でも続いている・・・。
「今日はとても楽しかったです。」
「私もとても充実した一日だった・・・」
「また・・・。誘ってください・・・」
「うむ・・・」
車の中は微かに煙草の匂いがする・・・。
『大人の男』を意識させる・・・。
「あれ・・・?」
が窓を見ると、車が向かっている方向が家の方角ではない。
「先生・・・。あの・・・。家の方向が違うような気がしますけど・・・」
「・・・。ちょっと寄り道していかないか・・・?」
「よ、より道・・・?どこへですか・・・?」
「静かで、とてもいい雰囲気の場所だ・・・」
「静かでいい雰囲気の場所・・・?」
は窓の外の『HOTEL』の看板が目に入った。
(・・・ま
、まままさか・・・!?)
氷室のメガネがキランと怪しく光った。
(ど、どうしよう!どうしよう!どうしよう〜!!)
が頭をかかえて慌てていると・・・。
「さ、ついたぞ・・・」
「つ、ついたって。先生ッ。あ、あたしはまだ高校生だし、ま、まずいです・・・っ。心の準備もできてないし・・・っ」
「?何を訳の分からないことを言ってる・・・?さっさと降りなさい」
「え・・・?」
ガチャ・・・。
が降りるとそこは・・・。
『BER&喫茶レモネード』
と英語で書いたネオンが玄関の看板に光っている。
「喫茶店・・・?」
「昼間はそうだ・・・。夜はBERだが・・・。今日は特別に君を招待したかったんだ・・・。私の友人がやっている店だ・・・」
「そうなんですか・・・。なんだ・・・」
「?何だ。そのがっかりした様な顔は・・・」
「い、いえ、何でもありません・・・」
(・・・。あたし、思い込み激しすぎるわね・・・)
カラン・・・。
店の中に入ると、そこはちょっとしたジャズ喫茶の様。
カウンターの横の本棚にはレトロなレコード盤がぎっしり詰まっている。
そして大きなグランドピアノが置いてあった・・・。
「おっ・・・。氷室。今日は随分と可愛い連れだな。彼女かい?」
カウンターに座る氷室と。
「ちっ。違う!断じて違う!わ、私の生徒だ!」
「げっ。お前、自分の生徒に手を出したのか!?大胆だな〜」
「違うと言っているだろうが!!」
あわてふためく氷室の姿。
なんだか可愛らしいと思う。
「改めて紹介しよう。ここのマスターで私の友人でもある。坂木だ」
「こ、こんにちは。って言います・・・」
「どうも。こんな可愛い子と知り合えるなんて歓迎だな〜」
マスターはの手を握った。
「な、何をするんだ!!お前は!離さんかーー!!」
氷室は割って入って二人の手を離した。
「おーお。やきもち妬いてる妬いてる。これは貴重な場面だな」
「ひっ人をからかうな!!」
友人とたわいもなく冗談で盛り上がる氷室。
教師以外の氷室の一面を見られた様な気がして、は少し嬉しかった。
「好きなものを頼みなさい。ただしアルコール類以外だ」
「はい」
そう言うと、氷室は席を立ち、ピアノの方に、向かう。
「ねぇ。。あいつに何かあった?」
「え?」
マスターはにオレンジジュースを差し出していった。
「あいつがピアノ弾きに来るときは、何かあったときなんだが・・・」
「・・・」
ポロン・・・。
ピアノを弾き始める氷室・・・。
優しい瞳になる瞬間だ・・・。
ピアノを見つめ、集中する。
軽快なジャズの曲を思い切り弾く。
少年の様に眼差しで夢中で鍵盤に向かう氷室・・・。
恐くて厳しい『教師』の顔ではない氷室を見つめられる・・・。
こういう時間がとても嬉しく思う・・・。
「ピアノの前じゃ、堅物なアイツも素直になれるんだ。昔から」
「あの・・・。昔って、氷室先生はどんな先生でしたか?」
「知りたいかい?あのまんまさ」
「まんま?」
「几帳面でクソ真面目で曲がったことが大嫌い・・・。だから人が近寄りがたかったんだな・・・。寂しかっただろうね・・・」
でも・・・。本当の氷室は優しくて、人と真剣に向き合ってくれる人・・・。
「正直、驚いたな。君を連れてきたからさ」
「え?」
「ここはあいつが唯一自分に戻れる大事な場所。そこに君を連れてくるということは・・・」
カチッ。
マスターは煙草にライターで火を付けた。
「あいつの心にもちゃんって愛の炎がついたってか・・・?あははは・・・」
は照れて下を向く。
演奏が終わり、拍手が巻き起こる。
氷室は少し照れくさそうにカウンターに戻ってきた。
「坂木・・・。演奏中、余計な事を言ったんじゃないだろうな?。坂木は話を大分誇張する悪い癖があるから気にしないように」
「いいえ。あたし、先生の事、色々聞きたいです。マスター。今度又色々教えて下さい」
「なっ。!君まで・・・」
「あははは!もう尻にひかれるな!零一!」
「坂木!!いい加減にしろ!」
「ワッハッハ・・・」
オロオロする氷室。
マスターの豪快な笑い声が店中に響く。
(なんだかいいな・・・。こういうの・・・)
氷室の色んな一面が見られる・・・。
友人の前での氷室。
どんどん・・・。
好きになっていく・・・。
の心は氷室への気持ちが一層強くなった・・・。
帰りの車の中。氷室はかなりご機嫌斜めだった。
「全く・・・。坂木ときたらああやって人からかう事が趣味な所だけはかわらないのだから・・・」
「でも、とっても仲がいいんですね。私、なんか妬けちゃったな」
「ば、バカ言いなさい・・・」
氷室が照れると、左耳が少し動く・・・。
は発見した。
一つ、一つ、自分の知らない氷室を見つけていく・・・。
それが嬉しくてたまらない・・・。
「?どうした?私の顔に何かついているか・・・?」
「い、いえ・・・。今日は色んな先生がみられたなって・・・思って・・・。何だかそれがすごく嬉しいです・・・」
はじっと氷室を見つめた。
「・・・。う、運転中にこ、混乱させるような事を言うものではない・・・。そんなに見つめるな・・・」
でも、見つめていたい。好きな人の横顔・・・。
「・・・」
の視線にハンドルをもつ氷室は硬直しながら運転した・・・。
キィ・・・。
車はの家の前で止まった。
「つ、ついたぞ・・・」
「はい・・・。先生、今日はありがとうございました。」
「い、いや・・・。また機会が有れば誘うだろう・・・。ではおやすみ・・・。・・・」
ガチャ。
は、車を降り、玄関に向かったが・・・。何故だがまた、戻ってきた。
氷室は運転席の窓を開ける。
「どうした?忘れ物か?」
「・・・ハイ・・・。忘れ物です・・・。とっても大切な・・・」
「なんだ。貴重品の様な物は・・・」
フワッ・・・。
「!!」
柔らかなの唇の感触が氷室の頬に走った・・・。
そして耳元では囁く・・・
「・・・。先生・・・。大好きです・・・。おやすみなさい・・・」
は静かに家に入っていった・・・。
「・・・」
“先生・・・。大好きです・・・”
の唇の感触と、耳元での囁きが氷室のあたまの仲でエコーしている。
思考回路はすでにショートしており、体は凝り固まっている。
プップー!!
後ろの車のクラクションにも気付かない氷室。
「こらー!!さっさと前にすすまねぇか!!」
プップー・・・!
クラクションの音にもトラックの運転手の声でやっと気がついた氷室。
「はっ・・・。私としたことが・・・」
にふいをつかれ、頬にキスをされてしまった。
年上、更に教師である自分が・・・。
「参っているらしい・・・。私は・・・。君に・・・」
氷室がふとの家を見上げた。
(・・・)
カーテン越しにのシルエットが見えた・・・。
(・・・。おやすみ・・・。いい夢を・・・な・・・)
氷室は心の中でそうに呟き、アクセルを思い切り踏んだ・・・。
自分の心も・・・。
に向かってアクセルを踏み、一直線に向かっていきたい・・・。
その夜・・・。
氷室はへの想いを込めて曲を創った・・・。
バラードの曲を・・・。