テストの総合結果表を渡され、は、かなり気持ちはブルー。
今回は、ちょっと自分でも勉強不足だったなと反省しつつも、数字をみると、ため息が絶えない。
「はぁ・・・」
休み時間、屋上で頬杖をついて、ぼうっと空を見つめていた・・・。
「」
「氷室先生・・・!」
教科書を持った氷室が厳しい顔で立っていた。
「空などながめても、成績はあがらんぞ」
「えっ・・・」
(なんでわかったの・・・?)
「今回、お前の成績が何故下がったのか私なりに分析してみた・・・。どの強化にバラツキがあるか・・・。これを参考に次のテストはがんばるように」
氷室はパソコンで作った『成績解析表』と書いた紙を渡す。
「・・・ど、どうもありがとうございます・・・」
(・・・。先生らしく緻密な・・・)
「でも・・・。一人で勉強してもイマイチ能率が上がらなくて・・・」
「・・・。分かった。私が教えよう。日曜日、明けてスケジュールを空けて置きなさい」
「えっ・・・。」
「・・・。私の自宅にて『補習授業』を行う。では」
氷室は淡々とそう告げると職員室へすたすたと戻っていった・・・。
(・・・補習授業?それも先生の“自宅”で・・・?)
「・・・」
、ちょっと何か刺激的な“補習授業”を想像する。
「きゃー・・・!!ど、どうしよう〜!!」
シーン・・・。
周囲の生徒、大注目・・・。
「きょ、今日も空は快晴だな〜!あははは・・・」
はわざとらしい台詞を言いながら教室へ戻った・・・。
氷室の自宅へ行ける、ただそれだけでの胸は高鳴る。
どんな部屋なのか、どんな本を読んでいるのか・・・。
嫌でも色々想像してしまう・・・。
違った氷室を感じるたび、どんどん氷室に惹かれていく自分を感じる。
家に帰って机に向かうが、上の空・・・。教科書。
参考書・・・。
広げてはいるが、勉強が見に入らない・・・。
氷室からもらった『成績解析表』を見つめる。
氷室らしいデータをグラフ化してまである・・・。
「ふふ・・・。先生らしいな・・・」
ベットに寝転がり、表を見つめる・・・。
(あたしのために作ってくれたんだ・・・。あたしのために・・・)
胸の奥がキュンとした。
沢山の生徒の中で自分は氷室にとって『特別』な存在だったら・・・。
そんな妙な自信が湧いてきてしまう。
うぬぼれかも知れないけど・・・。
「そうよ・・・。自惚れてなんかいられないわ。先生のためにも勉強頑張らないと!よし!!」
は気を引き締めるように自分に喝をいれ、『成績解析表』をディスクスタンドにテープで貼り付け、再び机にむかった。
「よし!!やるぞ!!オオーー!!」
ガッツポーズを決めたの声が隣の部屋の尽にまで届く。
「ねーちゃん、何時だとおもってんだ!うるせーぞ!!」
は気合いを入れ、氷室と約束した日までいつもより倍に勉強に勤しんだ・・・。
は緊張した面もちで氷室のマンションへ来ていた。
結構都会風のオシャレな白い外壁のマンションで4階建て。
氷室の部屋は4階の一番端の部屋だ。
「どうした?早くあがりなさい」
「は、はい。し、失礼します・・・」
担任とはいえ、一人暮らしの男の家にあがるのは初めての。
緊張もかなりのものだ。
ゆっくりと中に入ると、細長いフローリングの廊下は奥のリビングにつづいている。
その間にバスルームや、寝室らしい部屋があった。
「ん?」
リビングへのちょうど手前の部屋のドアが少し開いている。
チラッと覗くとピアノが見えた。
パタン・・・。
氷室がドアを閉めた。
「こほん。ここは私のプライベートルームだ・・・。覗かないように」
「あ、すみません・・・」
覗かないようにと言われると余計に気になる。
「ここがリビングだ。そこの椅子にでもかけていなさい」
リビングは10畳ほどの広さ。
テレビの前に長方形の黒い形がきっちりとしたテーブルと、背もたれが長く細い椅子。
何だか氷室らしい精密なチェアセットだと思う。
そしての前にすわると氷室はテーブルの上に教科書を開きだした。
「では早速補習授業を行う。、教科書の128Pをの問2をやってみなさい」
「え、あの・・・。先生、いきなりですか?」
「当たり前だろう。君はここに『補習授業』に来たのだから。さ、やってみなさい」
「は。はい・・・」
まるっきり学校の授業と同じ雰囲気・・・。
しかし、それでも、二人っきりだからはやっぱりドキドキして・・・。
「先生、この公式が分からないのですが・・・」
「どれだ・・・」
「えっと、この公式のabの部分で・・・」
ドキッ。
氷室の顔がの真横に・・・。
の頬にメガネのフレームが少し触れた。
切れ長の瞳がすぐそばに・・・。
見とれる。
「・・・でこうなる・・・。ん?どうした」
「えっ、あ、あ、いいえ何でもありません。先生次の問題お願いします」
「うむ。では次は問7の問題についてだが・・・」
氷室の仕草、たばこの匂い、すべてを感じて心が吸い寄せられそう。
は教科書も参考書も目に入らない。
こんなに近くに好きな人がいる。
見つめられたい。
手を伸ばして触れてみたい。
触れられたいと強く思ってしまう・・・。
「・・・。君はやる気があるのか?」
「えっ・・・。あ、あのっ・・・」
またもやぼうっと氷室に見とれていたは、氷室の一言にハッと我かえる。
「何のために今日はこうして補習授業しているとおもっているんだ。私はそういう怠惰な態度が一番好まない」
「す、すみません・・・」
「大体、最近君の態度はとても気が緩んでいるのではないか?やる気がないならば帰って・・・。って、!?」
氷室、かなり焦った。
が俯いてしゅんとしてしまった。
「な、何もそこまで落ち込まなくとも・・・」
「いいえ。先生の言うとおりです・・・。あたし何だか最近、気持ちが浮かれてました・・・。今日も先生の事ばっかり考えちゃって・・・。勉強にも身が入ってませんでした・・・。でもそんな事、理由になりませんよね・・・。先生、迷惑かけちゃってごめんなさい。帰ります」
は教科書をバックにしまい、帰ろうと立ち上がった。
「ま、待ちなさい!!」
の手首を掴んで止める氷室。
「な、何も帰ることないではないか。まだ、“補習授業”は終わっていない・・・」
「・・・。授業なんてできない」
「・・・な、何故だ?」
「先生・・・。だって先生の側にいたらどんどん先生好きになって胸が張り裂けそうになるんだもの・・・。先生にはそんな気持ち分からないかも知れないけど・・・」
「!」
の切なげな瞳が氷室の胸に染みた・・・。
「・・・。君こそ私の気持ちなどわかるまい・・・」
「え・・・?」
「・・・。この私が、自分の生徒を自宅に呼ぶなど・・・。本来ならば考えられない行動だ・・・。でも、君に会いたいという強い欲求が私の自制心を越えてしまった・・・」
「でも・・・。じゃあどうして最初からそう言ってくれないの・・・?」
「・・・。何か『きっかけ』がほしかっただけだ・・・。君と会う・・・」
「先生・・・」
「・・・嘘をつくほど私は器用ではない・・・」
氷室とは、じっと見つめ合う・・・。
「・・・。だ、だ、だが、じゅ、授業は授業だ。授業が終わったらその・・・。君にそ、その『ご褒美』を用意してある」
「ご褒美?何ですか?」
「そ、それは授業が終わってから!さ、続きをするぞ」
「はい!」
“ご褒美”ってなんだろ・・・?
いや、それよりも、氷室が自分と同じ気持ちだったと分かっただけでそれだけで幸せな気持ちになれる。
俄然、勉強にもファイトが湧いてくる!
「ほう・・・。全問正解だ・・・」
「やった!」
「調子に乗るんじゃない。ほら次の問題が残っているぞ」
氷室はこつんとの額に触れた。
「はい。えへへ・・・」
先生のそういう仕草が好き。
厳しい中にあるあったかい優しさが好き。
先生が笑ってくれるなら勉強でも何でも頑張れる・・・。
そして、問題集一冊をすべて解き終えた・・・。
「よく頑張ったな・・・」
「先生のおかげです。これで今度のテストにも自信が持てました。有り難う御座いました!!」
は深々と頭を下げて言った。
「いいや。君のやる気がでたならそれでいい・・・。さて・・・と・・・。では少し休憩をいれるとしよう・・・。。見て欲しい物があるんだ・・・」
「見て欲しい物・・・?」
氷室はをあの入るなと言った部屋に案内した・・・。
「わぁ・・・っ」
赤い絨毯の部屋に、一台の古い木製のピアノが置いてあった。
見たところ、外国製でピアノのふたには花のような彫刻が彫ってある。
「珍しいですね・・・。私、木のピアノなんてはじめてみました・・・」
「・・・。私の祖父のものだ・・・。祖父がイギリスで購入したと聞いている・・・」
氷室は椅子に座り、ピアノを開いた・・・。
ギィ・・・。
木のきしむ音。
古さを感じる。
そして氷室はおもむろに楽譜を取り出した。
「・・・。“ご褒美”を君に送ると言ったな・・・」
「はい・・・」
「・・・その・・・なんだ。曲を作ったんだ・・・。君へ送るバラードを・・・」
「え・・・?」
「聴いてくれるか・・・?」
氷室がを見つめた・・・。
「・・・はい・・・」
はピアノの後ろの静かにソファに座る・・・。
そして氷室やゆっくりとピアノを奏で始めた・・・。
ポロン・・・。
は目を閉じ、耳を研ぎ澄ませてメロディーを聞く・・・。
ポロン・・・。
心地良い旋律・・・。
疲れた心を包むような柔らかいメロディー・・・。
春の木漏れ日みたいに温かくて・・・。
まるで氷室の心に抱かれている様・・・。
氷室のへの想いが染みこんで・・・。
染みこんで・・・。
の体中に染みこんだ・・・。
ポロン・・・。
演奏が終わった・・・。
シーン・・・。
何の反応もない・・・。
氷室は恐る恐る後ろを振り向くと・・・。
「・・・。君・・・」
ポタ・・・。
ソファに落ちる一粒・・・。
の瞳からいつの間にか落ちて・・・。
止まらない・・・。
「ご・・・ごめんなさい・・・。な、何だか感動しちゃって・・・」
「・・・」
「先生の・・・心がここに・・・ここに、凄く届きました・・・。何だか上手く言葉に出来ないくらいに・・・」
は胸に手をあてて丁寧に語る・・・。
「・・・・・・。泣きすぎだ・・・。わ、私はどうしたらいいか分からなくなるだろう・・・?」
氷室はハンカチを取り出しの頬をつたう雫をそっと拭いた・・・。
「・・・。先生・・・。素敵な『ご褒美』有り難う・・・。勉強頑張ってよかった・・・。今度はあたしから“ご褒美”あげます・・・」
「え・・・」
は背伸びして・・・。
不意打ちキス・・・。
氷室の唇にに柔らかい感触が広がる・・・。
氷室は全身が一瞬何が起こったのかと体が固まる・・・。
「せ、先生・・・?」
がメガネの前で手をパタパタさせても、氷室はぼう然として・・・。
「あ、あの先生・・・?」
「な、な、な、何を突然・・・」
「ご、ごめんなさい・・・。い、嫌でしたか・・・?」
「い、嫌などと、あ、あまりの突然の出来事に予知ができず、わ、私は私は・・・」
あたふたする氷室が可愛いい・・・。
「ぷ・・・。うふふふ・・・。先生可愛い・・・」
「なっ・・・。教師に向かってそのような・・・」
「だって・・・。うふふふ・・・」
年下の愛しい彼女にからかわれ、氷室、ちょっとムッときた。
「大人をからかうとどうなるか教えねばならんな」
「え!?きゃっ・・・」
たくましい腕がをひょいとだっこしてなんとピアノの上に座らせてしまった。
「な、せ、先生、何するんですか・・・」
「君が私をからかうからだ・・・」
はドキッとした。
自分を見つめる氷室の目は男の鋭い瞳・・・。
「・・・。先生・・・。あたし・・・」
「今はその“先生”というのはやめないか・・・?君の前ではただの一人の男だ・・・」
「・・・じゃ、じゃあアタシの事も・・・って呼んでください・・・」
「・・・・・・」
氷室はメガネを外し・・・ピンクに染まるの唇を人差し指でなぞる・・・。
くすぐったい・・・。
「じょ・・・女性というのは・・・実に・・・。柔らかいものだな・・・」
「・・・」
「・・・」
見つめ合う二人・・・。
もう互いしか見えず・・・。
塞がる・・・。
お互いを求めるように・・・。
唇と唇が・・・。
互いの背中に手を回して・・・。
今は・・・すべてを忘れて・・・。
パサパサ・・・。
楽譜が落ちた・・・。
そこには氷室が奏でた曲名が書いてあった・・・。
『愛しいへ・・・』
と・・・。