氷室零一式恋愛法
〜恋する零一君〜

朝六時三十分。

時計の針きっかりに氷室は目を覚ます。

メガネを装着し、着替え、髪を整え、

この作業はやく七時までの30分間以内にこなし、七時三十分までに朝食をとる。

カロリー計算された朝食。緑黄野菜をバランスよくとる。

「・・・。このバターの脂質、落ちているな。製造会社に連絡せねば」

健康には人一倍気を使う氷室。

味にはちょっとうるさかった。

時計を見る。

あと五分と十三秒で七時半をすぎること確認すると氷室はすばやく手際よく後かたづけをし、いよいよ学校へ向かう準備をし、玄関へ向かう。

「ふっ。今日も何時も通り、時間厳守で何事もなく学校へ直行だ・・・」

しかしその時、ヒラッと背広の内ポケットからハンカチが落ちた。

ピンク色のハンカチ。のものだ・・・。

この間だ来たとき、忘れていった。

「・・・」

まだの香りが残って・・・。


“先生大好きです・・・”

ぽわ〜んとのものだ・・・。

この間だ来たとき、忘れていった。

「・・・」

まだの事を思い浮かべ、玄関先で想いふける氷室・・・。

「はっ・・・。い、いかん!!3分と1秒のロスをしてしまった・・・!私としたことが・・・!教師が遅刻するなど洒落にならん!」

氷室は素早く車に乗り、得意の運転テクニックでいつもより10分早く学校についた・・・。

しかしそんな氷室の財布のポケットにはの写真が入っており、職員室でキリリとしてる氷室だが休み時間、屋上で財布の中の写真を撮りだしてうっとり見ていた・・・。

(・・・公私混同してはいけないと思いつつ・・・。私はこの写真が手放せない・・・。

「・・・」

まだ・・・)


その時、屋上へ上がってくる女生徒達の声が聞こえた。

氷室はあわてて貯水タンクの影に隠れた。

(・・・。な、何故私が隠れなければならん・・・。はっあれは・・・!)

「へぇ。のものだ・・・。

この間だ来たとき、忘れていった。

「・・・」

まだ、アルバイト始めたんだー」

「うん。駅前の喫茶店で・・・どうしてもお金貯めたくて・・・」

紙の容器のオレンジジュースを飲みながらのものだ・・・。

この間だ来たとき、忘れていった。

「・・・」

まだが友人と話している。

氷室はすばやく耳に手をあて、二人の会話の要点をを探る・・・。

「でも何にそんなお金がいるの?急に」

「ちょっとね・・・」

「あ、何、もしかして男関連な話ー??ねぇ。そうなんでしょ。彼氏ができたんだ!」

友人は肘を突いてをからかう。

「うん・・・」


(な、何!?わ、私以外の男が!?)

氷室は身を乗り出して聞く・・・。

「へぇーー!いつのまにーー!ねぇ、どんな奴、どんな奴よ?」

「・・・それは・・・」

はもじもじ手をもむ。

「内緒」

「何よー。教えなさいよー」

「内緒だってもー・・・」

じゃれ合う二人。

チャイムがなり、いそいそと達は教室に戻って行く・・・。

しかし貯水タンクの裏でぼう然と立っている・・・。

只今、氷室の脳内は非情に混乱している模様。

「私以外の男が・・・に・・・。そ、そんな衝撃的事実が・・・。こ・・・これはなんとしてでも真意を確かめねばなるまい・・・。あ、あくまでも担任としてだ・・・」

キランと妖しく光った・・・。


※『喫茶』

は放課後、一週間前からここでウェイトレスをしている。

カラン。

「いらっしゃいませー!」

元気よくお客様を笑顔でお出迎え。

テキパキと注文を承け、運ぶ。

はのんびりした性格だと思っていたが、案外自分に合っているな・・・と感じていた。

丁度アルバイトにも慣れてきたある日。

いつもの様に注文をとりに窓際の席に行くと・・・。

「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいます・・・って先生!?」

学校と同じ背広姿で氷室は座っていた。

「先生、どうして・・・」

「どうしてなど理由はない。私は単に客だ。注文はコーヒーだ。砂糖抜き、ブラックで頼む」

「は、はい・・・。少々お待ち下さい・・・」

は驚きながらも、オーダーをとり、氷室にコーヒーを運んだ・・・。

「コーヒーでございます」

「うむ・・・」

氷室は一口コーヒーを口に含んだ・・・。

「あの・・・」

「うむ・・・。まあまあの味だ・・・。合格だ。接客態度もな」

「あ、有り難うございます・・・」

ここは喫茶店なのにおもいっきり教室の中の教師と生徒の会話。

「じゃあ、せん・・・じゃなかった。お客様、ごゆっくり」

「ああ、そうさせてもらう・・・」

氷室はそう言うと、その後ものアルバイトぶりをじっと見つめていた。

(・・・。彼女に他に男がいるなんて見えないが・・・。やはりもう少し経過を見る必要があるな・・・)


それから氷室は毎日の様に夕方になると、店に顔を出すようになる。

「先生、今日もいらしていたんですか?」

氷室、ちょっとムッとする。

「来てはいけないのか?」

「い、いや別にそういう訳じゃ・・・。あので、ご注文は・・・」

「コーヒーだ」

「はい。わかりました」

氷室とのこんな会話がはとても楽しい。

毎日の様に決まった時間に決まった席につく氷室。

そんなある日・・・。

ちょっと柄の悪い男が店にやってきた。

はちょっと恐そうだなと思いながらも、何時も通りに注文をとる。男はアイスコーヒーを頼んだ。

「おまちどおさまでした。アイスコーヒーです・・・」

男はコーヒーをジロジロと見ると、突然難癖をつけてきた。

「おう姉ちゃん、このアイスコーヒーに毛、はいっとたで」

「えッ!?」

男の言うとおり、ガラスのコップのふちに短い1pくらいの髪の毛が・・・。

「これ、姉ちゃんの毛ぇやろ?こんなもん、客に出すとはどういうやねん!!」

「す、すみません、只今お取り替えいたします・・・」

ドン!

男は激しくテーブルを叩いた。

「取りかえりゃ、済むと 思っとんのかい!銭で弁償してもらはにゃワシの気がすまへんなぁ・・・。ねぇちゃん」

「お断りします!!髪が入っていたのはこちらの不手際ですが、無用なお金は払えません!」

「なんやとおーー!?」

の毅然とした態度に男はカッとなりの胸ぐらと掴んだ。

「その汚い手を離したまえ!!」

氷室は男の腕をグイッとから離した。

「な、何だてめぇは!!」

「客だ。お前は今、二つの罪を犯している。一つは詐欺罪。私は見ていたぞ?お前がグラスの中に自分の毛を入れる瞬間を。さらにウエイトレスに暴力をふるった。警察に行けば即逮捕拘留にもなるかもしれないぞ?いいのか?」

男を掴む氷室はグッと力をいれる

「う・・・」

「今すぐここと立ち去れば、お前は自由だが?さあどうする?」

メガネ越しに睨む氷室の目に男はたじろぎ・・・。

「チキショウ!!覚えてやがれ!!」

逃げていった・・・。

、怪我はないか?」

氷室は少し乱れた制服の襟をそっとただした。

「は、はい・・・。あ、ありがとうございました!!助かりました・・・」


「いや・・・。礼いい。君は自分の職務に戻りなさい」

「はい・・・」


氷室のお陰で、トラブル回避できた・・・。

その日の帰り、は氷室の車で家まで送ってもらうことになったが・・・。

「先生・・・。今日は本当にありがとうございました・・・。先生がいなかったらどうなっていたか・・・」

「いや・・・。それより君は何故急にアルバイトなどをしようと思ったんだ?」

「それは・・・」

氷室は息をのんでの応えを待つ・・・。

はバックの中から何かを取りだした・・・。

「先生・・・。お誕生日おめでとうございます・・・」

「え・・・?じゃあ君はそのためにアルバイトを・・・?」

てっきりに他の男ができたのだと思い込んでいた氷室・・・。

「あたしお小遣い少ないから・・・。でも先生のプレゼントどうしても買いたくて・・・」

もじもじしながら言うがたまらなく意地らしく感じる氷室・・・。

「・・・。・・・。君は・・・。ウェィトレスだな・・・」

「はい・・・。そうですけど・・・」

「では一つ・・・。注文をしたい・・・」

「!」

氷室はの手を握ってきた・・・。


「せ、先生・・・?」

「今度の休み・・・。一日君と過ごす時間を注文したい・・・。を・・・オーダーしたい・・・」

「・・・。はい。承りました。今度の休みまで少々お待ち下さい」


二人はクスッと笑い合った。

こんな風にたわいもない事で笑いあえる一瞬が嬉しい・・・。


「そうだ・・・。注文をもう一つ忘れていたな・・・」

「え・・・。んんっ・・・」


氷室はの頬に手をあて何も言わず、の口を塞いだ・・・。

氷室に似合わず、激しいキスにの全身の体の力がぬけそうで・・・。


長い長い・・・キスの後・・・。


氷室に抱きしめられ、耳元で囁かれた言葉は・・・。


“嫉妬した・・・。君が他の男にできたんじゃないかって・・・。私らしくもないがな・・・”


氷室零一。

はばたき高校教師。


只今、ちょっと不器用な恋愛中にて・・・。


愛しい に夢中である・・・。