消えないで、私の恋 人の理。 自然の理。 誰かを想う気持ちに何かの理はいらない。 大切なのは 誰かを想う気持ち。 想う人の幸せを願う気持ち。 それが一番大切。 ・・・私はそう信じる。 絶対。 絶対・・・。
人里離れた森の奥。 ひっそりと小さな屋敷で暮らす私と敦盛さん。 食料など買出しに出る以外はあまり人里へは出ない。 「敦盛さん寒くない?」 「ああ・・・。神子は・・・?」 「うん。寒くない」 囲炉裏に薪を入れる・・・。 パキ・・・ 「よく燃えるね・・・」 「ああ・・・」 何気ない会話が心をほっとさせてくれる。 敦盛さんの心もそうだといいのにな・・・。 ”わたしは穢れた存在で・・・” いつも自分の存在を否定しがちだ。 「神子・・・」 「ん・・・?」 「あの・・・」 敦盛さんが言いかけてやめる・・・ 私はその言葉の先を知っている ”私はここにいていいのだろうか・・・” 「・・・敦盛さん。駄目ですよ。貴方はここにいていいんだから・・・」 「神子・・・」 「私が貴方を必要としている間は・・・。 生きていてください。ね!」 敦盛さんが笑ってくれた・・・ 今はそれが一番幸せ。 それだけが・・・。幸せ・・・。 その夜。激しい雨が降っていた。 コンコン。 誰も来るはずのないこの山奥の小屋に 誰かが訪れた。 ギシ・・・。 「ど、どなたですか?」 「旅の者・・・。この雨にて一晩宿をお願いしたく・・・」 ずぶ濡れの若い僧侶。 手を合わせて頼み込む僧侶・・・。 望美は少し迷い、判断を敦盛に求めた。 「・・・。いいでしょう・・・。ですが・・・。決して 奥の部屋には一歩も入らぬとお約束してください・・・。申し訳ないが 貴方様には囲炉裏端で眠っていただく」 「・・・雨露がしのげたら私はそれで十分・・・」 ギロリと一瞬、敦盛を見上げた僧侶。 (・・・何・・・。この人・・・) 望美は異様な空気を僧侶に感じていた・・・ ポチャン・・・。ポチャン・・・。 雨だれの音が 屋敷の中に響く。 僧侶は囲炉裏淵に九の字に体をくねらせて 眠って・・・ ・・・いや・・・ 目は開いており・・・ 法衣の懐から・・・何やら紙を取り出して・・・ 奥の部屋に近づく・・・。 「・・・あの・・・。僧侶さん何か・・・」 人の気配に気づいた望美が出てきた。 「貴方はこっちへ・・・!!」 望美の手を引き、僧侶はお札らしき紙を 襖に貼り付けた。 「・・・望美・・・!?」 敦盛が出てきたが ジュッ!! 「うッ・・・!?」 白い結界が張られ、敦盛をはじいた! 「・・・。最初に見たときから分かっていた・・・。 怨霊・・・」 「・・・。僕も・・・気づいていました・・・」 「なら何故とめた・・・?」 「・・・僕の大切な人は・・・。困っている人を見捨てることが できないからです・・・」 敦盛は悟りきった顔で 淡々と語る・・・ 「・・・怨霊が生あるものと共に生きるなど・・・無理なこと。 行きべきところえ還れ・・・!」 僧侶は数珠を握り締めなにかを唱え始めた。 「やめてぇえ!!」 「あ・・・、な、何をする!」 望美は僧侶の腕を掴み、念を送るのを阻止しようとした。 「お願いです・・・。僧侶さま・・・!この人を消さないで・・・ッ」 「何を言う!?怨霊をこのまま放っておけぬ!」 「きゃッ」 「望美!!」 僧侶は望美を突き飛ばし念を唱え始めた・・・ そして 「破ッ!!!」 念を結界へと飛ばす 「やめて!!」 望美は立ち上がり、敦盛の前に両手を伸ばしてかばった・・・! バシッ!! 「きゃあッ!!」 「望美!!」 僧侶が放った波動の念は望美を壁にたたきつけた。 「望美ーーーー!!」 (な、何!?) 敦盛は結界を打ち破り、望美にかけ走った。 「望美!!しっかして・・・!!望美・・・!望美・・・!」 気を失っている望美を抱き上げる敦盛。 「う・・・」 「望美・・・!」 肩口から血が流れている・・・ 「・・・。よくも・・・。よくも望美を・・・!」 逆上した敦盛は怨霊化しそうにすごい形相をさせて・・・ 「ついに本性を現したか・・・!」 「やめて!!」 望美は敦盛の前に立ちふさがり敦盛をかばおうと両手を伸ばす 「どくんだ・・・!分からぬか!そいつは怨霊! 貴方と共に生きて幸せになるなど自然の理ではない!」 「そんなこと関係ないわ!!私の幸せは私が決めます・・・! 私の幸せはこの人と共に居ることだから・・・ッ!」 (望美・・・) 望美の言葉に・・・ 怨霊化しそうだった敦盛の緊張は解かれていく・・・。 「・・・。お嬢さん。貴方の想いはわからぬでもない。しかし 人間ではないものと共に時間を過ごす・・・ということが分かっておられるのか?」 「・・・わかっています。私にとって最高の・・・幸せな時間・・・。 お願いします・・・」 望美は突然、僧侶に土下座した。 「お願いします・・・。この人を私から奪わないで・・・。 この人を消さないで・・・。この人が・・・必要なんです・・・」 「望美・・・!」 望美に駆け寄る敦盛・・・ 小さな背中を丸めて土下座する望美の姿に耐えられなく・・・ 「・・・僧侶様・・・。どうかどうか・・・。私のもう一つの命なんです・・・。 この人が消えてしまったら・・・。私も死んでしまう・・・。お願いです。 どうか・・・どうか・・・」 望美の後押しされるように敦盛も僧侶に頭を下げる・・・。 「・・・僧侶さま・・・。私がこの世に居てはいけぬ存在なのは 分かっています。ですが・・・今しばらく・・・暫くだけ この世に留まることを・・・お許しください・・・」 二人そろって 土下座され・・・ 僧侶は・・・ 「・・・。貴方は・・・。それほどまでに・・・」 僧侶は・・・お札を静かに懐にしまった・・・ 「・・・私は御仏に仕える身・・・。自然の理を重んじてきたが・・・。 貴方方の深い絆を引き裂く権利はありませぬな・・・」 「僧侶さま・・・」 僧侶は唐笠を被り、草履を履いた。 「・・・雨もやみました・・・。もうすぐ日が明けます」 「僧侶さま・・・!」 「・・・。どうか・・・一日一日を大切に・・・では・・・!」 ガタン! 僧侶は勺(しゃく)をしっかりと握り締めて 屋敷をあとにした・・・ 「・・・僧侶さま・・・。ありがとうございました・・・」 僧侶の背中に望美と敦盛はお辞儀をしたのだった・・・ そして・・・。 望美の肩の傷を手当てする敦盛・・・ 「・・・まったく・・・。貴方という人は・・・危険なことを・・・」 「ごめんなさい・・・。でも恐かったの・・・。 敦盛さんが・・・消されてしまうって思ったら・・・」 「・・・ッ望美・・・!」 敦盛はたまらなくなり望美を抱きしめた・・・ 「・・・謝るのは私のほうだ・・・。貴方に・・・迷惑ばかりかけて・・・ こんな痛い思いまで・・・」 「・・・敦盛さん・・・」 「神子・・・。あれでよかったのだろうか・・・。やはり私は・・・」 「それ以上言わないで!」 望美は敦盛の口を右手でふさいだ。 「・・・お願い・・・。哀しいことばかり言わないで・・・。 私には貴方が必要なの・・・。私が生きていくには貴方が必要なの・・・!」 「神子・・・」 切なく 必死に 縋るように敦盛の胸元つかみ懇願する・・・ 「・・・。私は罪深い・・・。でも・・・。 貴方と離れるなんて・・・。消えるなんて・・・。できない・・・ッ!! できないんだ・・・っ」 「敦盛さん・・・」 行くべき世界があるとわかっていても 怨霊である自分を必要だと言う望美のそばを離れる なんて 魂を消されるより辛い。 「・・・あの世の御仏に罰を与えられたとしても・・・。 私は貴方と居たい・・・居たい・・・」 「・・・私も・・・。ずっとずっと・・・貴方と離れたくない・・・!」 二人の気持ちが高まる・・・ 怨霊だとか細かい現実なんて忘れるくらいに 互いしか見えなくて・・・ 「・・・。怨霊の・・・。私が・・・貴方を独り占めしたいなどと 浅ましい想いを抱いてしまっている・・・」 「・・・敦盛さんは怨霊なんかじゃない。敦盛さんは・・・私が 心から・・・愛して恋しい存在よ・・・」 「望美・・・」 望美は静かに目を閉じた・・・ (・・・望美・・・) 怨霊の自分が 愛しい人と口付けを交わしていいのだろうか そう頭のどこかでわかっているが・・・ 美しい薄紅色の唇が 敦盛の心を激しく揺らす 触れてみたい 愛しい人の唇に・・・ 敦盛は静かに望美の頬に手を添えて 「望美・・・。貴方を愛している・・・」 恋しい唇に・・・ 口付けた・・・ 添えられたては・・・ 緊張のあまり震えて・・・ 不器用な口付けが・・・ 離される・・・ 「・・・敦盛さん・・・」 「神子・・・」 望美は再び敦盛の胸元に顔を寄せた。 「絶対に・・・消えないでね・・・。ね・・・」 望美の言葉に応えるように 敦盛は強く抱きしめる・・・ 「・・・貴方が私の名を呼ぶ間は・・・消えたりなどしない・・・。 絶対に・・・」 「約束よ・・・」 「ああ・・・約束しよう・・・」 自然の理に逆らっても 好きな人と共にいたい。 ただ それだけが 二人の絆だから・・・