霧雨の恋
〜雨があがっても〜 人間ではない私が 生ある女子に恋をして 逝くべき所に逝かないという選択をした。 ・・・それが最良な選択ではないと分かっていても 私は恋しい。 この体が消えても 私は・・・。
あの僧侶の一件があってから。 自分と敦盛の心の距離が少しだけ近くなった気がする望美。 「・・・望美・・・。これを・・・」 「え?」 釜戸に焚き木を入れて火をおこしていると、綺麗なツツジの花を 持った敦盛が立っていた。 「・・・。貴方に・・・。よくにあうと思って・・・」 「・・・ありがとう。とっても嬉しい・・・。敦盛さん」 「・・・望美に・・・喜んでもらえて私も・・・。嬉しい・・・」 ツツジの花の香りのせいかな・・・。 敦盛と望美を微笑ませる・・・。 こんな一瞬。 花の香りに微笑み合えるこの瞬間。 望美はこの瞬間を心の中に刻み込む。 ・・・幸せのかけらとして・・・。 「・・・敦盛さん。お昼まだだけど・・・散歩・・・しよう」 「・・・望美が望むなら・・・」 散歩といっても 屋敷の周りの野原を歩くだけ・・・。 ・・・里山に降りると沢山の寺がある。 また・・・あの僧侶のような誰かに会うかもしれない。 望美はそれが怖かった。 ・・・敦盛を失うことだけは・・・。 「・・・菫が綺麗・・・」 足元にけなげに咲く、小花たち。 「・・・ねぇ。敦盛さん。敦盛さんはどの色の花が好き?」 「え・・・。わ、私・・・。私は・・・」 しゃがみ、小花に向かって語りかける。 可愛らしく微笑む横顔に (望美・・・) 敦盛の心は釘付けになって・・・。 「敦盛さん?」 「え・・・っ。あ、ああ、わ、私は草花には疎いから・・・」 敦盛は少し火照った頬を隠すように望美から視線をそらした。 胸の鼓動が ぬくもりが・・・確かに感じられる。 (私は・・・人ではないのに・・・。こんなに胸が・・・。熱い・・・) 「敦盛さん」 「え、あ、は、はいっ・・・」 「・・・?どうかした・・・?」 「いや・・・。その・・・。わ、私は・・・」 (・・・望美の顔が・・・まともに見られない・・・。 緊張して・・・) 人ではないこの体が どうしてこんなに熱いのだろう。 敦盛はただただ戸惑って・・・。 「・・・あ・・・。雨だ・・・」 ポつ・・・ 小雨が二人を濡らす。 「敦盛さん。あのクスノキの下で雨宿りしよう」 「あ、ああ・・・」 望美は敦盛の手をひっぱり、二人は楠の木の下まで走った。 (手・・・やわらかい・・・手・・・) 冷たい雨なのに、 敦盛の火照りは消えない・・・ 少しだけ、雨に濡れていたい気分・・・。 「通り雨かな」 「・・・」 空の雲の具合を見上げる望美・・・ 「敦盛さん。押し黙ってどうかしたの?」 「・・・いや・・・。そ、その・・・な、何でも・・・」 (・・・望美の笑顔に心舞い上がっているなどと・・・。 言える訳ない・・・) 自分が怨霊だということ忘れて・・・。 色恋に染まっているなど・・・。 「・・・きゃ・・・。冷たい・・・」 楠木の葉のしずくが 望美の肩を濡らした・・・。 「望美・・・。こっちへ・・・」 敦盛は望美を内側に雨に濡れぬよう移動させた。 「ありがとう。敦盛さん・・・」 「いや・・・」 (・・・駄目だ・・・。望美の微笑みが・・・) 怨霊が 生きている女子に恋をしてるなんて・・・。 (・・・きっと・・・神は許さないだろうな・・・) けれど・・・。 「敦盛さん・・・。あの・・・。手・・・つないでも・・・いい?」 「えっ」 「・・・。静かになると不安になるんだ・・・。敦盛さんが消えちゃいそうで・・・」 (嗚呼。望美・・・そんな・・・。そんな切ない瞳で・・・) 望美の声と瞳をまっすぐ見てしまうと・・・ ”自分は怨霊” そんな理屈がすっ飛んでしまう。 「敦盛さん・・・」 望美は敦盛の手を強く握り締める・・・ (望美・・・) 敦盛も確かな強さで・・・ 握り返した・・・。 怨霊でも 確かに感じる愛しい温もり・・・。 (・・・あたたかい手を・・・。離したくない・・・) 雨音が 弱まって・・・。 矢のような激しい雨は・・・ 霧雨(きりさめ)に変わる・・・ 「大分・・・。止んできたね・・・雨・・・」 「ああ・・・」 「・・・。雨があがっても・・・。消えないでね・・・」 「・・・望美・・・」 「・・・雨があがっても・・・。ずっとそばにいてね・・・」 霧雨。 細い糸のような雨・・・。 この雨が上がっても・・・ 「あ・・・」 ささやかな霧雨も消えて 雲の合間から虹が見えた・・・ 望美も敦盛も・・・ その虹が 神から ”共に居てもよい”と 認めてくれた証のような気がした・・・ 「望美・・・。雨があがっても・・・。虹が消えても 私は・・・。ずっと・・・望美のそばに・・・いるから・・・」 「うん・・・」 そっと 手を握り合ったまま身を寄せ合う・・・。 雨が上がっても 虹が消えても ずっと ずっと・・・。 互いの想いが一つになるまで・・・。