君の湯姿に
熊野の温泉が有名な村に泊まることになった望美一行。 望美はこっそりと皆が寝静まった夜遅く、宿の湯で、満月がよく見えるという”月夜の湯” へと足を運ばせていた。 (わぁ・・・) 露天の岩風呂。温泉の下には小川が流れ、川の流れる音が 静かに調べを奏でている。 「一人っきりで貸切って感じ!」 白い湯気を吸い込んで、望美は思い切り深呼吸。 「ふー気持ちいいー・・・」 あんまり気持ちいいから・・・ここが異世界ってこと忘れてしまう。 「まあるいお月様・・・。綺麗だな・・・」 「・・・うん。そうだね。神子」 (えっ。その声は・・・) 植木ごしに少しだけ見える水色の髪・・・ 「は、白龍!??」 望美は思わず胸を隠して茂みに背を向けた。 「神子の気が・・・。こちらからしたから。心配になって」 「だ、だ、だからってね・・・。女の子がお風呂に入ってるときにその・・・ 来ちゃだめだよ」 「・・・すまない。私は神子が心配で・・・」 白龍の落ち込みように望美はそれ以上強い言葉が出ない。 「もういいよ。心配してくれてありがとう・・・。ね。白龍。しばらく 一緒にお月様、見てようか」 「・・・うん!!」 体は大人になったけど・・・ 無邪気なところは白龍そのまま。 (そうよ。白龍は変わってない・・・) 望美は少し安心した。 そして二人は。 椿の木を挟んで空の月を見上げる。 「・・・神子とよく似てる・・・」 「え?」 「闇夜を照らす・・・優しい月光・・・。私はずっと待ってた・・・。 神子という光を」 (・・・) 低く優しい声・・・ 白龍の純粋な気持ちは変わっていないとしても 言葉一つ一つが望美の心を躍らせる。 「白龍・・・」 「神子は私が守るよ。何があっても・・・」 (やだ・・・。火照ってきた・・・。きっと温泉のせいよ・・・) 手でぱたぱたと顔を扇ぐ望美。 火照る体の中の心臓は 白龍がすぐ側にいることを意識してしょうがない。 (・・・私・・・) この胸のときめきはやっぱり・・・? でも白龍は神様で・・・。 (・・・何考えてるんだろ。私は龍神の神子。恋なんてしてる暇ないのに・・・) 見上げる月の美しさは同じなのに。 込み上げる切なさは何? 求めてしまう気持ちはどうしたらいい? 色んな想いが巡って・・・ (なんか・・・お月さまも歪んで見える・・・) 視界が・・・ 波状にくねくね曲がって見えて・・・ バッシャーン・・・! 「神子・・・!!しっかりして・・・!!」 (白龍・・・) 望美が最後に見た景色は・・・。水色の優しい自分を見下ろす瞳だった・・・。 「・・・子。・・・神子・・・」 「え・・・」 目覚めた望美。 意識を失って最初に見た景色は・・・ (・・・やっぱり白龍・・) ・・・安堵の笑みを浮かべる白龍・・・ 「・・・よかった・・・神子・・・!もう目を覚まさないかと思った・・・!」 「は、白龍・・・」 白龍は目に涙を溜めて望美の手を握っていた。 「白龍ずっとここで・・・?」 「うん。突然。お風呂で神子が倒れて・・・。すまない。神子を守るって 言っていたのに・・・」 「ううん。いいの。私が勝手にのぼせちゃ・・・」 (・・・ん?) 望美、とあることに気がつく。 (私・・・。温泉でのぼせて・・・それで・・・?) 「!」 はっと望美は自分が新しい寝巻きに着替えていることに気がつく。 (こ。これはも、もしや・・・) 「ね、ねぇ。白龍・・・あ、あの、も、も、もしかして白龍が こ、ここに運んできてくれたの・・・?」 「うん!」 「そ、そそそそそれでこ、この着物も白龍が・・・?」 「うん!!」 白龍、かなりさわやかに、そして満面の笑みでお返事。 (ひゃぁあああ・・・!!ど、どうしよう〜!!) 望美は恥ずかしさでがばっと布団を頭からかぶる。 「神子!?どうしたの!?まだどこか痛い??」 白龍は心配そうに布団の隙間を除く。 (・・・。白龍には”悪気”はないんだし・・・。でも。でもやっぱり恥ずかしい・・・) 「・・・神子・・・。私は何か神子を哀しませるようなことをしたのだろうか・・・」 「・・・ち、ちがうけど・・・」 望美は少しだけ、布団の隙間から白龍を見た。 (・・・うわぁあ・・・なんて切ない顔してるの・・・) 「・・・私は神子に嫌われたくない・・・」 「・・・き、嫌ってなんか無いよ。は、は、恥ずかしかっただけ」 「恥ずかしい・・・?何が・・・?」 「だ、だから・・・。だって・・・。私・・・見られちゃったでしょ・・・? ・・・そ、その・・・はだか・・・」 「・・・うん!はっきり見た!」 白龍、これまた満面の笑みで 返答。 (そんなに確かに言わなくてもいいのに・・・うう・・・) 「神子・・・?やっぱり私は・・・貴方に嫌なことを・・・したの?」 「・・・べ、別にそ、そんなことは・・・ないよ」 白龍はほっと息をつく。 「・・・。神子はとても綺麗だった・・・。あの月の光のように・・・」 (え) 「この世で一番綺麗で美しいと・・・思った・・・」 「・・・」 白龍の言葉に 望美の羞恥心がドキドキに変わっていく。 「・・・でも・・・。他の誰にも見せたくない 私だけの・・・神子の姿・・・。体・・・」 「・・・」 「私は・・・。神子の体に傷一つつけさせない・・・。綺麗な体に・・・。 そして心に・・・」 「白龍・・・」 握られた手は・・・ 言葉と同じく温かく・・・。優しく・・・ 「神子が眠るまで・・・。そばにいるよ」 「ありがとう。白龍・・・」 「ううん・・・。私は神子の龍だから・・・」 (神子の龍・・・か。白龍にとっては私は”神子”なんだね。 ・・・”女の子”じゃないのかな・・・) 白龍は神。人の姿を模しているが万民の守る神。 「私は神子の龍だよ。ずっとずっと・・・」 「うん・・・」 眠りに落ちる望美の瞳には 「神子・・・。好きだよ・・・」 白龍の微笑が切なく最後まで映った・・・