「へ〜。これがお前の国の”馬”なのか」 「馬じゃなくて・・・”車”!」 歩道を歩く九郎と望美。 通り過ぎる車を指差し、赤信号なのに飛び出す九郎を引き止める望美。 鎌倉の街を案内する望美だが、目新しいもの全てに反応し、 子供のようにはしゃぐ九郎にちょっと手が余る望美。 「九郎さん!楽しいのはいいけど少し落ち着いて!」 「お?すまんすまん。ついお前の話にあったとおりの光景だったから 嬉しくてな・・・」 「そうだ。アイスクリーム買ってきます。ちょっと待っててくださいね」 バス停のベンチに九郎を残して、望美は目の前の移動販売車へと走った。 「・・・。あいすくりーむ?」 九郎はこちらの世界に来てから、色々なところを見て回った。 見て、食べて、感じて・・・。 戦まみれの世界とは違い、毎日が新しい発見でワクワクする。 「はい。おまちどうさま」 「・・・これはどうやって食べればいいんだ?」 「えっとね・・・。こうして舐めて食べるんですよ。ハイ」 (なっ・・・) 望美はぺろっと一口舐めて、チョコレートアイスを九郎に手渡した。 「・・・。こ、これを・・・そ、その口にしろ・・・というのか?」 「チョコのアイス、もう売り切れてて・・・。あ・・・。もしかして 私が口つけたの、汚くて・・・嫌・・・?」 「そっそんな訳がなかろう!!お前が汚いだなんてありえん!!」 九郎は思いっきり力説。 「・・・(照)あ・・・。そ、その、だからな、と、とにかく・・・。食うぞ」 「は、はいどうぞ・・・」 赤面しつつ、九郎は初めて口にするアイス・・・。 それは冷たくて甘い。 「・・・美味だな。甘くて茶が欲しくなる・・・」 「そうですか!よかったー・・・」 望美は嬉しい。 こちらの世界の物や風景に一喜一憂する九郎を見ているのが 側にいることが・・・。 二人はバスに乗った。 バスの一番後ろの長い広い席に並んで座る。 「すごいな・・・。機械が発達していると聞いていたが・・・。 人が馬より早く走れるなんて」 「でも私が歩く方が好きです。自分の足で・・・。一歩一歩・・・」 「・・・そうだな・・・。私もそうだ・・・」 穏やかに微笑む望美に 九郎も微笑み返す・・・。 「あ・・・。海だ・・・」 望美が一番見せたかった場所。 それは海だ。 穏やかな・・・。春の海。 ザザン・・・。 白い砂浜には誰もおらず・・・ 穏やかな波が打ち寄せていた。 「・・・ここは・・・。変わらないのだな・・・。オレがいた世界の海と・・・」 (九郎さん・・・) 故郷を思うような・・・ 懐かしそうに海を眺める九郎・・・。 (・・・そうよね・・・。無理ないよね・・・) 幼い頃から、兄の力になりたいと、源氏のため闘ってきた九郎。 (九郎さんの生きていく”目的”は・・・。ここにはない・・・) 望美の胸に急に切なさが込み上げてきた。 「・・・?どうした・・・?浮かない顔をして・・・」 「・・・。九郎さん・・・。あの・・・。九郎さんは・・・。幸せ?」 「え?」 「私の世界に来て・・・。本当によかったの・・・?」 切ない想いが 小さな粒となって望美の瞳から零れた。 「・・・。これで何回目だ・・・。同じ質問をするのは・・・」 「ごめんなさい。でも・・・。やっぱり九郎さんには 九郎さんの生きるべき世界があって、私はそれを妨げているんじゃないかって・・・」 「・・・。泣くな・・・。オレの生きるべき世界は・・・。ここに決まっているだろう」 (えっ・・・) 力強く引き寄せられたその腕は・・・ 少し火照っていた・・・ 「オレの生きていくべき場所は・・・。お前のそばだ。お前の隣だ。お前が・・・。 生きている世界だ・・・」 「九郎さん・・・」 「オレの生きる目的は・・・。お前だ。お前が笑ってくれる、お前と一緒に 幸せを見つけることが・・・。オレの生きる意味だ」 「九郎さん・・・」 可愛らしく小さな肩を震わせて涙する望美が・・・ 九郎の心の迷いを消し去る・・・。 「お前と同じ景色を見て、お前と同じものを食べて喜んで・・・。 オレは・・・望美、お前と生きる未来を掴むためにここにいるんだ・・・」 「・・・九郎さん・・・」 見つめあう二人・・・。 「・・・て・・・!お、オレばかりに、こんな恥ずかしい台詞ばかり言わせるんじゃない・・・ッ」 「・・・うふふ・・・」 照れた顔。 九郎の照れた顔が 望美の涙を乾かしてくれる。 涙を笑顔に変えてくれる。 「わ、笑うな・・・!だ、大体な・・・。お前はすぐ泣く。泣くから俺は・・・」 「・・・。オレは・・・。なんですか?」 望美は少し、悪戯に九郎の瞳を覗き込む。 「・・・う・・・っ。だ、だから・・・」 「・・・だから・・・?」 澄んだ瞳に見つめられると・・・ 細かい迷いなど消え去り ただ、抱きしめたくなる・・・。 時を越えたことも忘れるほどに・・・ 「・・・だから・・・」 「だ、か、ら・・・?」 「・・・こういうことだ・・・!」 細い腕・・・ 体・・・。 この体を心を・・・ 「・・・抱きしめるために・・・。オレは・・・生きてる・・・」 波打ち際で・・・強く強く抱きしめあう・・・。 時などいくつ越えたっていい。 どの時代だっていい。 想う女が生きていれば・・・。 「・・・。望美・・・。お前の国では・・・その・・・。なんというのだ・・・?」 「え?」 「・・・あ、愛を・・・ち、ち、誓う・・・時」 顔を真っ赤にして尋ねる九郎。 「・・・。アイ・ラブ・ユー。かな」 「あいらぶゆ?」 「そう・・・。貴方を愛しています・・・という意味」 「・・・」 ”言って欲しいな”というようなねだり顔の望美。 「・・・わかった。い、一度しか言わんぞ」 「ハイ」 望美は静かに目を閉じた・・・ そして九郎は・・・ そっと 「I LOVE YOU・・・。お前を・・・愛している・・・」 望美の耳に唇を寄せて囁いた・・・ 何度も・・・ 波音にきえぬ様に・・・。