恋愛、一本!其の二 「どうしたどうした!おらおらぉ!」 道場の隅で、子供達の稽古をつける九郎の様子を望美は 眺めている。 「どうした!もう音を上げるのか!?」 子供達に厳しく そして正しく剣の心を教える九郎。 好きな人の一生懸命に打ち込む姿を見守るのは (いいなぁ・・・) うっとりと 望美は九郎に視線を送る・・・。 (・・・な、なにやら・・・。背中がくすぐったいような) ちょっと心地いい視線を感じて後ろを振り返ると。 (・・・の、望美だったか///) 望美の視線に気がついた九郎。 なんだか腰の力が緩む。 (せっ精神統一!!) 今は自分の恋路に酔いしれている場合ではない。 「次!素振り100回!!」 「はい!!」 子供達に手厳しく指導。 (武士たるもの、私事と仕事のくべつをねばならん!) すぐにでも望美の元に飛んで生きたい気持ちだが (しゃんとしなければ!!) 竹刀をぎゅっと握りなおす九郎・・・。 (・・・あと一時間で稽古も終わり。それまでは・・・) 頼りがいのある男と想われたい 恋する男の武士道は ちょっぴり不器用で だけど力強い。 「さぁ気合を入れなおすぞ!!」 子供達一人一人に 対等に相手をして・・・ (きっと・・・。九郎さんもあんなふうに鍛えられたんだろうな・・・) 大事な源氏の御曹司として 立派な武士として・・・。 (・・・源氏・・・か・・・) ふと。 望美の胸中は切なさの風が吹いた。 「よおーし!今日はこれまで!!一週間後の試合に向けて朝の練習も するからそのつもりでな!」 「はい!!」 子供達は御面を取ってぞろぞろと 道場をあとにしていく。 (・・・。全員かえったな・・・。よし) ガラガラ・・・。 道場に子供達がいなくなったことをこっそり確認する九郎さん。 「お疲れ様」 (え) フワリ。 振り向いた九郎にそっと望美がタオルを顔に掛けた。 「汗・・・。すごいね。一生懸命に教えてたんだもんね」 「い、いや・・・」 タオルの柔らかさか 匂いか 清清しい香りが九郎の鼻をくすぐる。 「九郎さん。お茶飲む?水筒の、冷えてる」 「あ、い、頂く・・・(照)」 九郎と望美は道場の片隅でおやつタイム。 ゴク。 九郎は水筒のお茶を一気に飲み干す。 じー・・・ 「・・・?な、何だ。望美・・・?」 「男の人の飲み干す姿ってなんか・・・ドキドキしちゃうな」 「・・・なっ///」 望美は膝に肘をついてにこっとわらった。 (・・・冷茶で涼んだ体がまた・・・火照ってきた(汗)) 考えてみれば。 静かな道場に今は二人きり・・・。 (・・・ドキドキ) 剣を教えているときとは違うとは緊張感が九郎を包んだ。 「ねぇ。九郎さん」 「なっななななんだッ」 緊張でちょっとろれつが回ってません、九郎さん。 「思い出す?」 「何を・・・?」 「・・・源氏だったころのこと・・・」 「望美・・・」 望美は寂しそうに 背中を丸めて膝を抱えた。 「・・・剣道しているときの九郎さん・・・。とっても 活き活きしてるから・・・。なんだかちょっとセンチメンタルしちゃった。 バカだね。わたし。へへ」 「・・・望美・・・」 武士たるもの 惚れた女子に 寂しい思いをさせるなど (オレはまだまだ駄目だな・・・) 「・・・確かに剣の道は俺にとって 大切なものだ。だが・・・オレはそれ以上に大切なものと出会ってしまった・・・」 九郎は望美の肩を自然にさりげなく 引き寄せた。 「大切なもの・・・。お前に出会ったから俺はいま、此処に居る・・・。 ここにいたいのだ・・・。お前が生きている側に・・・」 「九郎さん・・・」 (・・・ドキっ) 少し瞳を潤ませる望美・・・ それはなんとも 美しく 愛しく・・・ (・・・な、何かがヤバイ・・・(汗)) 九郎の中スイッチがONになったようで・・・。 (・・・!) 九郎の気持ちが理解したのか 望美はスッと目を閉じた・・・ (だ、だだだだ駄目だ・・・っ。と、止まらんッ) もはや・・・精神統一するのは 望美の唇のことだけ・・・。 「望美・・・」 自分でも驚くほどに甘い声を出して・・・。 (・・・剣より・・・惹かれてやまないのは・・・) この唇・・・。 「・・・。ずっと・・・一緒だ・・・」 桃色の頬に手を当てて 触れ合う唇・・・ カタン・・・ 「・・・ン・・・」 九郎の足で 水筒が 倒れ、お茶がこぼれ流れる 足の先がひんやり冷たくても 唇の熱さで忘れてしまう。 ガタン!! (・・・あ。) 引き戸の隙間の小さな瞳に気づく九郎。 小さな見物人たちの存在に気がついたが 火がついてしまった心は止められない。 (・・・もう止まらんな・・・。俺の恋の道 を堂々と見るがいい) きっと引き戸の向こうでは小さな見物人たちは 頬を染めてドキドキさせているのだろう 剣の道もまっすぐに そして恋の道もまっすぐに 後悔のない選択をして欲しい。 「ふぅ・・・ッ」 長く長く触れ合わせた唇同士を 一旦、離す・・・ 「・・・あ、あの・・・九郎さん・・・。こ、子供達が・・・。 い、いいの・・・?」 「ん・・・?ああいいんだ・・・。これが本当の俺の姿・・・。 何事にも正直って”態度”で示さないと・・・な」 九郎は望美を力強く抱きしめる・・・。 「九郎さん・・・」 「剣でも一本、恋愛でも・・・オレは諦めない、そして・・・手放さない・・・」 力強く 愛するものを 抱きしめる・・・。 まっすぐに 優しく 自分にとって大切なものを・・・ 九郎と望美は 小さな見物人達を余所に ずっとずっと抱きしめあっていた・・・。