源氏義経九郎。 ・・・もう昔の名前だ。 オレはただの九郎。 源氏という肩書きは捨てた。 『お前の国に行ってみたい。新しい世界が知りたいんだ』 オレは望美にそう言って望美の世界に来た。 ・・・目に映るもの全て新鮮で驚きの連続だった。 戦も、家柄も、何も縛られるものは無い。 自分が思うままに生きられる世界。 まさに自由。 オレは大空に放たれた鳥の気分だ。 「九郎さん。仕事、大分慣れた?」 「ああ。体力だけは自信があるからな」 望美の家の近くにオレが住む部屋がある。 ・・・というか望美が見つけてくれたのだが。 結局オレはこちらに来てから・・・こちらで生きていくために 望美に色々と手助けしてもった。 ・・・情けない。 ”新しい世界が見たい”などと大きな口をたたいているのに・・・・ 「九郎さん。何ぼうっとしてるの?荷物、片付けちゃいましょう」 「あ、す、すまん」 前掛け姿の望美。 オレの部屋の掃除をするのだ、と朝から手伝いに来ている。 窓の外から海が見える部屋。 鎌倉の海が見える部屋を望美は探してくれた。 ・・・世話になりっぱなしでオレは・・・。 「はぁ〜。九郎さん、やっぱり眺めは最高だねー」 ”ベランダ”という見晴台で望美は背伸びをした。 「ああそうだな・・・」 海の風は心地いい。 だが、オレの心は少し曇っていた。 「九郎さん、元気ないね・・・」 「え?いやそんなことは・・・」 「・・・」 やばいな・・・。望美は鋭い。オレの心内をすぐ察する。 そして心配そうな顔をしてこう言う。 「九郎さん・・・。無理・・・してない?」 「無理など・・・」 「ならいいんだけど・・・。こっちの世界は確かに 自由で豊かだけど・・・。その分人の心は色々だから・・・」 「・・・望美・・・」 望美に心配そうな顔をされるとオレは弱い。 「・・・望美。前にも言ったがオレがお前の世界に来たことは オレが選んだことだ。後悔なんてするはずがない」 「・・・うん。でも・・・」 「源氏を捨てても俺はオレでいられる。どこの世界で生きていこうと オレは・・・」 ・・・いや、本当は少し不安だった。 肩書きも、生きていく目標もなにもない。 ただ、オレという名前の人間がいる、それだけ。 新しい世界に飛び立てたが、その世界はあまりにも広すぎて どこを飛べばいいのか迷っている・・・。 「九郎さん。はい、これ」 「・・・?なんだ。この花は・・・」 桃色の・・・可愛らしい四角い花だ。 「ピンクのチューリップ。小さな幸せを運ぶっていわれている花なの・・・。 ベランダに飾ってもいいかな」 「ああ」 望美はその花の鉢植えをベランダの隅に置いた。 日あたりがいい場所に。 「・・・。小さな幸せか・・・」 「そ・・・。花一つでも幸せな優しい気持ちなれる・・・。 好きな人と一緒にみつめる花だから・・・」 日の匂い・・・ 温かな光・・・ ・・・オレに微笑みかけるお前。 まるでその花のようだ。 ちょっとガラにもない事を思ってしまったけれど・・・。 「望美」 「何?」 「・・・望美・・・。オレと一緒に・・・暮らさないか」 「え・・・」 「離れていたくないんだ・・・」 小さな花のようなお前をオレは抱きしめる。 抱きしめられずにはいられない。 「く、九郎さん・・・?」 「オレは・・・お前さえいれば、いいんだ。何もいらない・・・」 「・・・うん・・・」 「・・・お前・・・。いい匂いがする・・・」 抱きしめて抱きしめて オレの心の中に閉じ込めておきたい。 「ちょ・・・。あ、あの・・・人が見てる・・・んだけど・・・(照)」 「見せ付けてやればいい」 「・・・うん・・・」 オレがオレでいられるのは お前がそばにいるから。 応えはすぐそばにあったんだ・・・ 「・・・いつもお前を想ってる」 「・・・うん」 「口付けしたい」 「・・・そ、それはあの・・・。な、中に入らないと・・・」 「では中に入ろう。そして二人だけで過ごそう・・・」 (な、なんか今日はやけに積極的な九郎さんだな・・・(照)) オレの腕の中で頬を染める望美が可愛い。 可愛い唇にオレは口付けをして 想いを伝える。 「・・・お前を・・・愛している」 唇に触れて 髪に触れて・・・ そして 陽の光の元があたる部屋で俺達は愛し合う。 幸せを感じたい お前という幸せを。 ベランダの花に水をやろう。 ・・・そうやって小さな幸せを二人で作っていくんだ・・・。