不器用な彼の手
九郎さんは奥手だ。 一緒に住み始めたって言うのに・・・ 何の触れ合いもない。 キスはしてくれるけれど・・・。 ・・・それ以上を求めてしまう私は大胆なのかな。 でもやっぱり寂しい。女としては・・・。 昨日だって。 ちょっと九郎さんのリアクションを試してやろうと私は・・・。 お風呂に入っているときに九郎さんを呼んだ。 「九郎さん、あの・・・。シャンプー切れたんですけど・・・。 洗面台の下の開きの中にある、緑色の袋、とってくれますか?」 「え、あ、ああこ、これか・・」 私はこれ見よがしにうなじを見せるように髪を前に下ろした。 でも九郎さんは、 「こ、ここにおいておくぞ・・・っ」 ドア越しに詰め替え用のシャンプーの袋を置いて逃げていってしまう。 ・・・私ってそんなに魅力ないのかな。 ちょっと自信喪失気味。 (・・・よし・・・。こうなったら最終手段だ!) 私は自分でもびっくりするぐらい、積極的な気持ちになってる。 はしたないかな。おかしいかな。 でも九郎さんに見てもらいたい。 私を見てもらいたい。 バスタオル一枚で迫ってみることにした。 リビングにいる九郎さんに・・・ 「・・・なっ・・・。なんて格好をしているんだ!」 「え?ああ、ちょっと湯冷まし」 「ふ、服を早く着ろ・・・っ」 九郎さんは私から目線を逸らすと新聞を読むフリをする・・・。 照れてるのは可愛い。 でも・・・。 もうひと押しほしい。 「九郎さん。私の背中にクリーム・・・。塗ってくれませんか・・・?」 「え・・・」 九郎さんの手から新聞がぽろっと落ちた。 「その・・・。自分じゃ背中、とどなかくて・・・」 「・・・そ、そんなこと・・・」 「背中が痒くて・・・。お願い。九郎さん・・・」 私は九郎さんの背中に体を密着させて迫ってみた。 九郎さんの背中に緊張が走ったのがわかる・・・。 「な、何のつもりだ。お前・・・」 「え?」 九郎さんの声が強張ってる。 「男に色目を使うなんて、お前らしくないじゃないか!オレは好かん!」 九郎さんが怒鳴った。 ・・・どうして・・・? 「・・・色目を使うのは九郎さんだけ・・・。他の男の人にはしないよ!! 九郎さんが好きだから、もっと触れてほしいからじゃない・・・っ」 「・・・望美・・・」 こんな女の子はやっぱりはしたない? 積極的な私は私らしくない? 切ない気持ちが溢れてくる・・・。 「・・・ごめんなさい。やっぱり私が可笑しかったね・・・。 パジャマ・・・着替えてくる・・・」 「・・・ま・・・待て・・・っ」 九郎さんは私を背中から抱きしめた・・・ 「・・・その・・・。お前はわかってない・・・」 「え?」 「お、男ってのはな・・・。心底惚れている女に・・・簡単に手を出すのが 怖いんだ」 「・・・。どうして・・・?」 「・・・。手を出してしまったら最後・・・。お前を壊しそうなくらいに 激しく・・・抱いてしまいそうだから・・・」 私を包む九郎さんの腕に力が入った・・・ 何かに耐えるように・・・。 「・・・九郎さんこそわかってない・・・」 「え?」 「女の子はね・・・。心底惚れた男の人になら・・・。壊されてたって 構わない・・・。壊されるほど愛されるなら・・・」 「望美・・・」 九郎さんが私をやっとまっすぐ見つめてくれる・・・ 「・・・。いいんだな・・・?」 「うん」 九郎さんは私を振り向かせ、キスをしてくれた・・・ 「・・・。な、なんだかこういう時・・・。言葉がでてこないな・・・」 「・・・私も」 「・・・でも・・・。愛してる・・・」 「うん・・・」 ソファに九郎さんが私を寝かせた・・・ 彼の不器用な手が・・・ 震えながらバスタオルを取って・・・ 私に触れてくれた・・ 労わるように 大切に・・・ 「・・・本当に・・・愛してるぞ・・・っ」 不器用だけど・・・ 優しい手。 そんな彼の手が私は好き。 何度も私はその手を 握り返して離さなかった・・・。