もう、絶対に離さない
誰も知らない小さな島。
その島に住んでいるのは若い二人だけ。
田を耕し、穀物を育て・・・。
若い二人だけが住んでいる。
定期的にやってくるヒノエの船で
町や村に買い物に行くことはあるがほとんどは
この島で暮らしている。
平家とも源氏とも
係わり合いを捨て、二人だけの暮らしを・・・選んだ。
「将臣くん!どう?」
「ああ。天辺の木が腐ってやがった。新しく張り替えたからもう
雨漏りの心配はないぜ」
将臣が梯子から降り、望美に修理道具を手渡した。
「将臣くん、手馴れたもんだよねー」
「ま、お前よりは器用だな。お前の不器用さは天下逸品だぜ」
「もう!将臣くんたら!」
「ははは・・・」
微笑み合う二人。
あの戦から一年が経った。
二人はこの気候の穏やかな島に安住の地を見つけ、暮らし始めた。
砂浜に小さな屋敷を立て、その隣には田んぼや畑をつくり
自給自足の生活。
「望美、魚とってくる。待ってろ!デカイ奴、釣ってくるから」
「あ、待って。将臣くん。忘れ物」
将臣が振り返ると望美が
将臣の頬に軽く口付け・・・。
「・・・。これが忘れ物・・・か?」
「だって。ほら。旦那様が出かけるときってするでしょ?お出かけの・・・キス」
望美は少し悪戯っぽく将臣の肘をついた。
「・・・。ほんっとにお前は少女趣味だな。昔から」
「わるうございましたね。どうせ私は・・・」
ぐいっと腕を引き寄せられて
「ン・・・」
今度は将臣から少し熱いキスのお返し・・・
「・・・。これが本当の”お出かけのキス”・・・。だ。わかったか?じゃあな!」
少し気障っぽい台詞を遺して将臣は
岩場へと走っていく・・・
「・・・。もう・・・。将臣くんの馬鹿・・・」
穏やかな二人だけの暮らし。
でも望美は今でも時々夢を見る。
(将臣くんと・・・戦い合う夢を・・・)
その夜も望美も魘(うな)されて・・・
「・・・う・・・。駄目・・・。将臣くん、戦いたくない・・・!」
苦しそうな望美の寝言で将臣は目を覚ます。
「望美・・・!望美・・・!」
将臣の声に望美はやっと・・・気がついた。
「・・・すごい汗・・・。大丈夫か・・・?」
優しく望美の額の汗を着物の裾で拭う将臣。
「・・・。将臣くん・・・!」
じわりと目に涙を浮かべ、望美は将臣に抱きつく・・・
「・・・こんなに震えて・・・。なんか悪い夢でも・・・見たのか・・・?」
「・・・うん・・・。将臣くんと・・・。私が闘う夢・・・。闘って・・・。闘って・・・。
私がこの手で将臣くんを・・・っ」
将臣の寝巻きをぐっと掴んで顔を埋める望美。
・・・あれは悪い夢だったのだと確かめるように・・・。
「・・・望美・・・。もう大丈夫だ・・・。ここには俺達が敵同士になる
理由も、闘う理由も何もない・・・」
「うん・・・」
「見てみな・・・。在るのは・・・。変わらない空だけだ・・・」
将臣が指差す。
格子戸の向こうの月・・・。
優しい月の灯りが
望美の心の恐怖をやわらげる・・・。
「な・・・?」
「うん・・・」
何気ない将臣の優しさが
望美は好きだ・・・。
昔から
ずっとずっと好きだった。
「将臣くん・・・。お願いがあるんだけど・・・。そっち・・・いってもいい・・・?」
「・・・。ああ・・・」
望美は布団をめくって静かに
将臣の懐に身を寝かせた・・・
将臣もまた・・・
望美の身を両手で包み
頬を寄せた。
「・・・望美。一つだけ・・・聞いていいか?」
「なあに・・・?」
「・・・お前さ・・・。本当にこっちの世界に残って・・・。後悔してねぇか?」
「・・・将臣くん・・・」
自分の意思とはいえ
本当ならば元の世界に帰るべき望美を引き止めたのは自分。
「後悔なんてしてないわ。私は私の意志で残ったのだから・・・。
将臣くんが居る世界を」
「・・・。そうか・・・」
しかし将臣が気がかりなことがもう一つ・・・。
「お前・・・」
「なあに?」
「・・・。いや・・・。なんでもない・・・」
”譲のことは・・・いいのか・・・?”
口からでかかった言葉。
譲のキモチは幼い頃から知っていた。
望美は果たして知っていたのだろうか・・・。
「・・・将臣くん。言ったでしょう・・・?”もう絶対に・・・離さない”って・・・」
「ああ」
「だから私も将臣のこの手を・・・。離さない。絶対・・・。絶対・・・」
異世界に連れて来られたあの時・・・
一度は離してしまった手
将臣は望美のその温かな温もりの手を・・・しっかり握り返す・・・。
「・・・オレはこの世界で生きると選んだ・・・。お前と・・・。もう迷わねぇよ・・・」
「将臣・・・くん・・・」
「・・・もう・・・。一生お前を・・・離さない・・・」
望美を見下ろす将臣の瞳・・・
求め合う唇は
空気さえも入れぬほど
深く・・・
深く・・・。
そして一つになる影・・・。
”もう離さない・・・。絶対に・・・”
呪文のように
将臣の腕に
心に
抱かれながら・・・
望美は聞いた・・・