ガクランに吹く風 平和な時間が過ぎていく 源平合戦が続く異世界にいたなんて忘れてしまうほどに 望美も将臣も日常に慣れてきた。 将臣は相変わらず、気の向くまま・・・といった感じで 喧嘩もすれば授業をさぼって屋上で昼寝と いたってマイペース。 「んもー!やっぱりここにいたんだ!」 望美はふらふらといなくなってしまう将臣をさがしていた。 「あー。もう昼か?」 「そうよ。お昼休みも終わっちゃってるよ。ったくー」 望美は弁当の包みを開けて、将臣に渡した。 「おー。手作りか?たまごやき、いただき」 「あ、ちょっとつまみ食いしないでよ」 ふわふわのたまごやきをぱくり。 ついでにたこさんウィンなーも左手でぱくり。 「うめぇー。お前、譲といい勝負だぜ?料理上手くなったな」 「別に誰かさんのために練習したわけじゃないわよ?」 「・・・ふ。へぇ・・・練習したのか」 「あ、べ、別に・・・っ」 「ふ。はははは」 こんなやりとり。 異世界へ行く前と代わらない。 将臣はお兄さんみたくて 望美はからかわれて・・・ (・・・本当に・・・前と代わっていないのね・・・) 嬉しくも有り・・・ どこか・・・ 寂しくも有り・・・ 「・・・ん?どうした。急にテンション下がったぜ?」 「別に。女の子の心わかんないわよね。将臣くんには!」 「ははは。わからねぇなぁー」 とごろんと再び横になる将臣。 そして空を眺める・・・ 「・・・望美・・・。見てみろよ。でけぇ雲だなぁ」 「雲なんて知らないわよ。将臣くんのマイペースぶりは 前とほんっとに変わらないんだから・・・」 「・・・。前の・・・”オレ”か・・・」 異世界で・・・ 平家の一員として闘っていた自分がいたなんて やっぱり夢だったのかもしれない・・・ ゆっくり流れ行く雲が・・・ そう伝えてくるようで・・・。 「なぁ・・・望美」 「なあに」 「・・・オレ・・・。どっちがいい・・・?」 「え?」 「あっちの世界のオレと・・・こっとの世界のオレ・・・ どっちのオレでいればいいんだろうな・・・」 (将臣君・・・) 漠然とした虚無感。 平和なこちらの時代では・・・ これといった目的が特にない 受験やら勉強やら・・・ 戦のあの緊張感に比べたら小さなことにみえてくる・・・。 「・・・どっちでもいいんじゃない・・・?」 望美は脱ぎ落とされていた将臣のガクランを 拾って綺麗にたたむ。 「・・・どっちでも・・・か」 「うん・・・。両方があるから・・・将臣くんなんだよ。 それじゃ・・・。応えにならない・・・?」 「・・・いや・・・そうだな・・・。どっちのオレだ・・・」 「そうよ。戦はないけど・・・。私はこうして将臣くんと 一緒にいられるし・・・。こうしてまたガクランのボタンを つけてあげられる」 望美は裁縫セットを取り出してボタンを付け始めた。 「どちらの世界にも・・・。私が”するべきこと”は山のように あるよ。・・・好きな人の面倒とかね」 口でぱちっと糸を切ってボタンをつけおえた。 「・・・そうだな・・・。どっちの世界でも・・・。 お前がいなけりゃ・・・意味がねぇし」 「そうよ。無鉄砲で自由気ままな将臣くんに誰が 合わせてくれるって言うの?ふふ。ハイ、着ていいよ」 起き上がった将臣に背中からそっとガクランの上着を着せる・・・ (・・・望美・・・) 空を見上げて あの異世界での戦の緊張感をどこか求めていた。 だが、自分のそばには何より大切な存在が 見守ってくれていることに気がつかないなんて・・・。 「・・・もうあんまり喧嘩しちゃだめだよ?」 「ハイハイ」 姉のように自分を見守ってくれて 妹のように自分を頼ってくれて・・・ そんな愛しい女を守るって大事な仕事が (オレにはあったな・・・) 誰にも譲れない 一生の・・・務めが・・・ 「・・・ん?望美。お前・・・ぷ」 「な、なによ」 「・・・?じっとしてろ」 望美の口元についていたごはんつぶをそっと取って食べる将臣・・・。 「・・・ちょ・・・な、何するの///」 「ふふ。ごちそうさまでした。間抜け面だったぜ」 「んもーーー!将臣君ったら・・・!」 頬をふくらませて拗ねる望美。 怒ったり泣いたり・・・ 見ていて飽きない楽しい 「・・・あっちの世界でも・・・こっちの世界でも・・・。お前が いねぇんじゃ・・・つまんねぇしな・・・」 「え・・・」 急にお真剣な眼差しの将臣に望美はドキっと心が高鳴った。 「・・・おめぇの面倒、オレ以外だれがみるってんだ?ふふ」 「も、もう・・・」 「・・・お前がいなんじゃ・・・オレは・・・。どこにいたって・・・。 生きてる意味がねぇんだよ・・・」 戦より平和な世界より 愛しい女がいない世界の方がどれだけ空虚だろう どれだけ寂しいだろう 「望美・・・」 すっと・・・ 望美の耳のほつれ髪を・・・ 耳にかける将臣・・・ 「将臣くん・・・」 「・・・そばにいてくれて・・・サンキュ・・・な」 「うん・・・」 「・・・ずっと・・・。離さねぇから・・・」 「・・・うん・・・」 自分の全ては・・・ 目の前にいる女・・・ 「・・・好きだぜ・・・」 瞳を閉じる望美・・・ 将臣の手はそっと望美の背中をささえて・・・ 静かに口付けした・・・ ・・・ガクランがパサっと落ちる・・・ 一つに重なった二人の影を包むように・・・ 地面に落ちて・・・ 二人の頬に・・・ 優しい風が吹く・・・ ガクランのすそが・・・ なびいていたのだった・・・。