深呼吸
彼は今でも時々不安げな顔をする。 きっと・・・。何人もの私が死んでいく夢を見ているんだ・・・。 彼が目を醒めたあと私は必ず彼に呟く。 「もう大丈夫・・・。私はほら・・・生きている・・・と」 彼にはきっと まだ”生きている”という実感がないのかもしれない。 そう思った私は彼を外に誘った。 彼は日頃から外へはあまり出たがらないから気晴らしに・・・ううん、 外の爽やかな風を感じさせてあげたいと思った。 ”生きている”という実感を・・・。 私と彼は緑の多い芝生公園にやってきた。 その名の通り、広い芝生がひろがって親子連れがお弁当を広げている。 「リズ、ほら。お弁当つくってきたの。食べてくれる?」 「・・・お前がそう望むなら・・・」 「・・・」 彼のこういう受け答え方が好きだ。 行儀を重んじる彼らしくて。でも今日はのんびりした気分だから。少しは リラックスしてほしい。 「何食べる?えっとね。海苔巻きとお稲荷さんと・・・」 「・・・お前が作ったものならば・・・。全て食す」 「・・・あ、ありがとう・・・」 ちょっと私と彼のテンションは微妙に違うけど。それがまた新鮮なのだ。 「じゃあはい、海苔巻き、どうぞ」 「・・・頂く・・・」 無言で彼は海苔巻きを一つ、口に入れた・・・ 「・・・」 ど、どうなんだろう・・・。おいしくなかったかな。 「・・・あの・・・あ、味は・・・」 「・・・。美味だ・・・」 「よかった・・・」 「お前の心がこもっているのだろう・・・。お前の味がした・・・」 お、お、お前の味って・・・。 ・・・リズ。真顔で時々どきっとした台詞いうから私はびっくり。 でも嬉しい。 「ありがとう」 私の言葉に彼は穏やかに微笑んでくれた。 久しぶりに見た彼の笑顔。 「・・・どうした・・・。私の顔に何かついているのか・・・」 「ううん・・・。久しぶりに貴方の笑顔みたから・・・」 彼はまた微笑んでくれた。 嬉しい。 「うん・・・。ね。ちょっと寝転がってみない?」 「え・・・」 「ほら。こうやって。大の字になって」 私は敷物の上にごろんと横になってみせた。 彼は少し戸惑いながらもその大きな体を横にした。 ・・・綺麗な金色の髪が流れて。 「それでね。深呼吸するの。おっきく息を吸って・・・。はく。美味しい空気が 入ってくるでしょ?」 「・・・。空気は無味だ・・・」 「ふ。ふふふ・・・!そうね!でもほら・・・。青空が見える・・・。 時間の流れが・・・ゆっくり・・・」 時の流れなんて忘れて欲しい。 彼にとって時の流れは・・・ とても残酷なものだったから ・・・私という運命のためだけに。 「・・・ねぇ。あの雲・・・。何に見えるかな」 私はちょっと演技っぽく指をさしてみる。 「・・・わからない」 「私はお団子に見えるんだけど・・・」 「・・・もう腹がすいたのか?」 ・・・。さり気にのんびりムードを高めようと思ったんだけど 彼にはちょっとストレートすぎたかな。 「ねぇ」 「・・・何だ・・・」 「私達・・・。あの雲みたいに・・・。ゆっくりのんびりいきたよね・・・」 「・・・」 「・・・もう・・・。時間を上書きすることもなく・・・。ただ・・・この一瞬を 大切にして・・・」 (・・・!) 彼は返事をする代わりに・・・ 手をそっと握ってくれた・・・ まるで・・・ 私の温もりを確かめるように・・・ 言葉無くても 彼の気持ちは伝わってくる・・・。 心の底からの安心が・・・。 それから私達はしばらくぼんやり空を眺めていた。 どのくらいの時間なんて分からない。 「ふぅ・・・。ちょっとのんびりしすぎちゃたかな。そろそろ帰らなくちゃ・・・」 気がつくと夕暮れ。 私と彼は夕焼けの綺麗な鉄橋の真ん中にいた。 「綺麗ねー・・・」 「・・・」 ・・・。彼の視線を一瞬感じた。 「何・・・?私の顔に何かついてる?」 「いや・・・。お前は・・・」 彼はそこで言葉をとめた。 ・・・なんだかすっごく気になる。 「ねぇ。何を言おうとしたの?」 「・・・なんでもない。気にするな」 「気になるよ。ねぇ」 彼はまたダンマリを決め込むからそののっぺらぼうな背中をつんっと つっついてやる。 「もう・・・。リズ先生!先生の”答えられない”は聞き飽きました! ちゃんと言葉にしてくれなきゃ。ここぞって時は・・・」 「・・・すまない」 「・・・。もういいです。とにかく帰りましょ」 私は少し脹れ顔で彼より先に歩いた 「・・・神子っ!!!!」 (えっ) はっと顔を上げて立ち止まるとその瞬間 軽自動車が私の前を横切って・・・ 「きゃああ!!」 彼は私を庇うように歩道に倒れこんだ。 「・・・イタタタ・・・。リズ先生・・・。大丈夫・・・」 (えっ) 私のブラウスに落ちたのは・・・ ブルーの瞳から流れる涙。 「リズ先生・・・」 「・・・馬鹿者が・・・。気をつけなさい・・・。もう お前の命が消える瞬間などに出会いたくは無い・・・」 「・・・ごめんなさい」 私はまだわかっていなかった。 彼の私が死に直面することへの恐怖がいかに いかに深かったか・・・ 「ごめんなさい。だから泣かないで・・・」 「・・・神子・・・」 「ごめんなさい・・・」 子供のように私は泣きじゃくった。 「・・・私の方こそすまない・・・。だが本当にもう お前のを失いたくないのだ・・・。私は・・・」 「・・・リズ・・・」 「・・・望美・・・」 彼の青い瞳。 鬼の末裔だと彼はいうけれど 私には とてもとても慈悲深い瞳に映る・・・ 大きな腕。 私はその腕に身を寄せる。 「・・・望美・・・」 「今日は私が貴方を抱きしめる。ね・・・?」 彼は少し戸惑いを見せた後 私を抱き返してくれる。 大きく力強さい腕で・・・。 橋の真ん中で 私達は互いの温もりを確かめ合う。 ずっと・・・ 「・・・望美」 「ん・・・?」 「・・・が見ている」 「え?」 「子供が・・・見ている」 気がつくと小さな少女が私達を不思議そうに見上げていた。 私は彼からぱっと離れた。 「ねぇ。お姉ちゃんたち、いま・・・”ラブラブ”してたの?」 「・・・え、あ、あの・・・(汗)」 「こら!ゆかちゃん、お邪魔しちゃいけません!ごめんなさい・・・」 少女は母親に手を引っ張られて いった。母親はかなりびっくりした顔で・・・。 私も彼も何だか気持ちの置き場が無くて再び歩き出す・・・ ・・・心がこそばゆい・・・。 「・・・望美。”らぶらぶ”とは・・・。何だ」 「え。あ、あのー・・・」 ど、どう説明したらいいんだろう。 また照れくさくなってきちゃったよ。 「あ、えっと・・・。”とっても気持ちがいい”って意味かな」 「・・・そうか」 ・・・私ったら。なんか返って変な意味に捉えられそうな説明しちゃった。 「では望美。また・・・。”らぶらぶ”しに来よう・・・」 彼の口かららぶらぶって・・・。 「ふふ。ふふふ・・・」 「・・・何が、可笑しいのだ・・・」 「ううん。先生、可愛いなって思って」 「・・・」 また彼は沈黙。 でもきっと・・・それは照れてるって証拠。 「・・・。望美。家に帰ろう・・・。ゆっくりと・・・な」 「・・・はい」 優しい夕暮れを背に 私と彼は手を繋ぐ。 急がなくていい。 時間はたっぷりあるから。 ゆっくりと深呼吸をして 二人で生きていく・・・。 ゆっくりと・・・。