マイ・ボディガード

「ふっ・・・はっ」


譲の部屋。


ダンベルを両手に持ってストレッチ中の譲。



「ふぅ・・・」



鏡で自分の腕を見つめる。



(少しは・・・たくましくなったか・・・?)



二の腕をぷにっと触ってみる。



大分固くなってきたような気はするが・・・。



(・・・。でも兄さんほどじゃないな・・・)



異世界での戦で鍛え上げられた胸板。


そして勇ましさ。



(・・・。先輩を護れる男にはまだまだ・・・だな)



形だけ強くなっても意味は無い。


そうは分かっているのだが・・・。




(・・・電車の中で・・・。先輩を守ってあげる力もっとほしい・・・)



この間、混んでいた電車で望美が倒れかけたときも



エレベーターの中に閉じ込められたときも。



(・・・自分の頼りなさを感じたんだ・・・)




言葉だけで励ますだけでは意味が無い。




(・・・)



机の上の望美の写真を見つめる譲。



「・・・。先輩。俺、もっと力強い男になります。頑張りますから・・・」




そう決意して再びダンベルを振り上げ始める。




腹筋や腕立て伏せ。



壁に筋トレのメニュー通りに譲はこなしていったのだった。





久しぶりのデート。



望美が嬉しそうに駅前で待つ譲に駆け寄る。



「ごめんね。遅くなっちゃって」



「いえ。今来たばかりですから。映画の時間までもう少し有りますね」



何気なく譲は腕時計を見た。



(ん・・・?)


何だか変化を感じる望美。





「じゃあ先輩、少し歩きましょうか?」



「え、う、うん・・・」




望美は譲の左に寄り添って歩こうとした。



「先輩はこっち」



「え?」



譲は望美を路肩側にやって他の歩行者や自転車から守るように
歩く。




「ここは自転車の通りも多いですからね・・・。先輩は
ゆっくり街路樹でも眺めながら歩いてください」



「え、う、うん・・・」



急に・・・



譲が大きく見える・・・





(背・・・伸びたのかな・・・)




年下という概念がいつもどこかにあった。



でも・・・。





ふいに触れる肩は年下の譲ではなく”男”の体だと
火照る自分の体がちゃんと認識している。





眼鏡越しの瞳をつい・・・見上げて見惚れしまう・・・。





「・・・先輩?オレの顔になにかついてますか?」



「えっ。あ、べ、別に・・・」



頬が火照る。




言葉遣いは丁寧な譲だが



なんだか自分の方が年下に思えてくる。



(・・・初恋してる女の子みたい・・・)




初めて知るときめき。



初めての恋に戸惑う少女の鼓動




周囲のざわめきも聴こえない。



聴こえるのは好きな人の息遣いだけ・・・






譲と並んで歩く時間が・・・




愛しい・・・






「・・・この映画・・・。いまいちですよね。
宣伝は派手だけど」




映画館。



恋愛モノだけあって客はカップルが多い。



譲は少しつまらなそうにつぶやく。





(譲君は・・・ドキドキしてないのかな)




今日はどうしてだろう。



譲のことをいつも以上に意識してしまって・・・。





(・・・譲君・・・)




譲の横顔ばかり見ていた望美。



だが映画が終盤にさしかかり、望美の意識は映画のラストに
いってしまった。




主人公の少女が世界を守るために命を捧げ、空に舞い上がっていくシーン。







「・・・さようなら・・・。愛しい人」





空に舞い上がる少女を



必死に手を伸ばしてくいとめる青年・・・






「行くな!!行かないでくれッ!!」





(!?)





映画の青年の台詞が響いた瞬間・・・。



望美の右手を誰かが力強く握った・・・。




(譲君・・・)




暗闇で



譲の顔はよくみえない。



けど・・・握り締められる力強さから




痛いほどの切なさが伝わってきた・・・






「・・・譲君・・・あの・・・」




映画館を出て・・・。譲は口数が少ない。




(・・・あの映画のせい・・・かな・・・)





”先輩には分かりますか・・・?先輩を失ったときの気持ちが・・・”




譲の胸の痛みを想うと・・・。




(・・・ドキドキ浮かれてた私って・・・。軽い人間なのかな・・・)






俯いて歩く二人。




その二人に、柄の悪い男二人が声をかけてきた。




「・・・なぁ・・・。ちょっとこれかしてくれないか?」


と茶髪の男は指を輪にして言った。





譲は望美を自分の背中に隠して男達とにらみ合う。



「悪いな。そんな金はない」


「ほう・・・。これは眼鏡青年君。熱血漢だな」




茶髪の男は譲のTシャツを掴んだ。



だが男のその手をくるっと返して背中でねじふせた。




「人に金をタカル暇があるなら働け・・・」



「・・・痛・・・」




異世界で多少の武術をリズヴァーンから伝授されていた譲。




(先生。今、活かせました。感謝します)



だが相手はスキをついてくる。


「熱血漢君。あんまりオレの仲間いたぶると
カノジョが傷つくよ?」



「先輩!」





「やめてよ!!」


男達は望美のスカートを傘でつんつんとひっかける。


「おうおう。気が強いねぇ。旨そうだ。
めがねの僕ちゃん。目の前でカノジョ、はだかに
しちゃうよ?」




「くッ・・・!!」




男たちの煽り・・・



乗りたくないと思っても望美に手を掛けられたらと思えば
男達を締め上げている譲の手は自然に緩んだ・・・





「よしよし。いい子いい子。殴られてればいいの」




ガガッ!!



「うッ!!」



男達は容赦なく譲の腹や肩に蹴りあげる


「やめて!!やめったら!!」



「カノジョは黙ってみてなさい。彼氏が
ボロクソになることを・・・ふふ」




ガガッ!!



「うッ!!」



男達は一斉に殴り蹴り・・・。



たちまち譲の顔や腕に青あざができていく。




(譲君・・・。私との約束を守って・・・)




いつか譲に言った。



”無意味な暴力は嫌い”




きっとそれを守っているんだと望美は思った・・・




「ウグッ!!」



傷ついていく譲・・・。






(もういい。もういいから・・・ッ)




「やめて・・・。もういいからやめてぇえ!!」




「おい!?何してるんだ!?」



望美の叫び声に通りかかった警官が走ってきた。



「譲君!!」



倒れこむ譲に駆け寄る望美・・・。




「先・・・輩・・・。無事・・・です・・・か?」



「私のことより譲君の方が・・・しゃべっちゃだめよ!」




望美はハンカチで譲の口元から流れる血をふきとる・・・。




「・・・なさけ・・・ないな・・・」



「え?」




「・・・先輩一人・・・。守りきれないなんて・・・」




きっと将臣なら・・・



男達をねじ伏せて望美を守り通しただろう。




子供の頃そうだった。



望美に指一本触れさせない。



「・・・やっぱり・・・兄さんの方が・・・ふさわしいのかもしれませんね・・・。
オレは・・・」





どれだけ体を鍛えても



どれだけ技を習っても・・・




(兄さんには敵わない・・・)





「・・・。譲君の・・・馬鹿」



「え・・・」




「・・・譲君は守ってくれたじゃない・・・。私との約束・・・」





”無鉄砲な暴力は嫌い・・・”




暴力は何も生まない。



自分のみを守るためだろうと


それを他人を傷つければただの暴力。



身勝手な・・・。




「・・・。でも・・・。先輩を・・・。傷つけてしまった・・・」





「・・・傷ついてなんかない・・・。譲君・・・私・・・嬉しかったよ・・・。
約束・・・守ってくれたから・・・」




「先輩・・・」




望美はそっと・・・譲の頭をひざに乗せた・・・。






「・・・譲君・・・。私だって・・・。いつも譲君のこと
守りたい・・・って思ってんるんだよ・・・?」



「先輩・・・」




「・・・譲君の心と命を・・・。守りたいって・・・」





(心と・・・命・・・)





守るということは



命だけじゃない


その人の心を思いやるということ・・・。




「・・・ならオレは・・・。子供の頃から・・・。先輩に
守られてきたんですね・・・」




「譲君・・・」




「・・・先輩・・・。まだまだ未熟なオレだけど・・・。
先輩のそばにいさせてください・・・。先輩を守らせてください・・・」






「うん・・・。私も・・・」







譲の唇が切れてる・・・。




望美はそっと拭って・・・





口付けした・・・





望美の唇にも・・・血が少しついて・・・。





「・・・。譲君は最高の・・・ボディガードだよ・・・」






「・・・先輩・・・」







手をつなぐ・・・。






守りたい。





大切な人の温もり・・・。







強い力だけでは温もりまでは守れない。



大切なのは好きな人への思いやりだから・・・。






「・・・譲君。何があってもそばにいてね・・・」



「はい・・・。何があっても離れません・・・」




繋いだ手と手・・・




より一層強くなった・・・。



心の絆と共に・・・。