貴方に触れてもいいですか

俺は・・・。 やっぱりこの一瞬も奇跡じゃないかって思うときがあるんです。 オレの隣に貴方がいて・・・。 オレだけを見てくれる・・・。 朝、起きてこの現実が夢なんじゃないかって・・・。
「譲くん!」 職員室から出てきた譲を呼び止める望美。 「先輩。どうしたんですか」 「譲くんを待ってたんだ。一緒に帰ろうと思って・・・」 「先輩・・・」 望美の笑顔を見るたび 譲は確認したくなる・・・。 (先輩がオレと想い合う仲になったってことを・・・) 「譲君?どうかした?」 「い、いえ。何でも・・・」 譲は動揺する心を隠すように眼鏡を掛けなおした。 「あ!いっけない。私、科学準備室に忘れ物してきちゃった」 「えっ。じゃあ取りに行きましょう」 「うん。ごめんね」 二人は3階の科学準備室へ向かう。 「・・・あれ・・・。おっかしいな・・・」 「先輩。何を忘れたんですか?」 「お財布」 (え) それにしては、かなり余裕のある望美の様子に譲は呆気。 「先輩!何暢気なこといってるんですか。財布を忘れるなんて・・・」 「ごめん。でも最後に来たのがここだったから見つかると思って・・・」 譲は思う。 呆れるよりも・・・ (先輩らしいな・・・) 「徹底的に探しましょう。オレも手伝いますから」 「ごめんね」 「先輩が困っているのにほおって置けません。さ、探しましょう」 望美と譲は科学準備室を徹底的に探し回った。 本棚の下、テーブルの下。 ピアノ下・・・。 だが見当たらない。 「・・・先輩。本当にここで落としたんですか?」 「多分・・・。あ・・・」 望美は制服のポケットに手をいれた。すると・・・ 「あった・・・(汗)」 望美の茶色の財布が無事にみつかって。 「先輩・・・(汗)」 「ご・・・ごめんなさい・・・」 望美は恥ずかしくて顔を上げられない。 「もう。本当に貴方というヒトは・・・。ふふ・・・」 「譲君、怒ってないの?」 「先輩らしくて怒るどころか・・・可笑しいです」 「もう。笑わないで・・・」 日も暮れて。 「さ、早く帰ろう。暗くな・・・。あれ」 ガチャガチャ 準備室の出口のドアを引くが何故か開かない。 「やだ・・・。嘘・・・」 ガチャガチャッ! 何度も引いてみるが一向に動かない。 譲がひいいてもびくともしない・・・ 「も、もしかして私達・・・。閉じ込められちゃった・・・?」 「・・・。そのようですね・・・」 窓の外は、もうかなり日が落ちて二人はなんとかして 教室から出ようとするが・・・。 ここは3階。 窓から降りられる筈も無く・・・。 更に外は・・・。 ゴゴゴ・・・という雷が・・・ さらに科学準備室となるとお約束だが。人体模型とか かなりリアルな物があちこちに・・・ 望美は無意識にぎゅっと譲の制服をつまんだ。 さらに稲光が光って・・・ 「わっ・・・」 驚いて譲の腕に掴まってしまう・・・ 二人の目が合う・・・ (・・・) (・・・) まるで・・・世界に二人だけになったみたいに・・・ 「あ・・・ご、ごめん」 「い、いえ・・・」 一旦、二人は我に返り離れる・・・ だが二人の心臓は 稲光より激しく揺れて・・・。 チッチッチ・・・。 黒板の上の時計。 秒針の音がやけに寂しく響く。 「・・・」 「・・・」 静けさが余計にここには”二人だけ”と意識させる。 (な、何か話さないと・・・) 「・・・そ、そうだ。ま、将臣君どうしてるかな」 「え?」 「あ、ほら・・・。こ、この間、将臣君と譲君の夢を見たんだ。 鎌倉で皆で海を眺めて・・・」 (・・・) 望美の口から”将臣”という言葉が発せられた瞬間。 譲の心に言いようの無い痛みが走った。 「ね、譲君は見ない?将臣君の・・・。譲くん?」 「・・・オレは兄さんの夢なんて見ません。オレが見る夢は 唯一つ・・・」 譲はがっと望美の両肩を掴んだ。 「貴方の夢だ・・・っ。いつもいつもオレは先輩を夢見て 先輩を求めて 先輩を焦がれて・・・っ」 「ゆ、譲君・・・」 「・・・やっぱり夢なんですか・・・?貴方がオレを想ってくれるなんて夢なんですか・・・?」 切羽詰った譲の表情に望美の心は締め付けられる・・・ 「譲君、夢なんかじゃないよ。私は譲君が・・・」 「・・・。分からない。貴方の心に兄貴が少しでもいる・・・と想うだけで俺は・・・っ」 「譲君・・・っ」 抑えきれない嫉妬と望美への恋慕。 それは譲を男の顔へと変えていく・・・。 「先輩・・・。暗いところに二人きりで・・・。そんな風に見つめられて・・・。 オレがどれだけ理性と闘っているかわかりますか?」 「きゃ・・・」 譲は強引に望美を万歳させるように両手を押さえつけ、押し倒した・・・。 「ゆ、譲君・・・。や、やめて・・・」 「オレだって男です・・・。先輩を・・・。自分の物にしてしまいたいという 浅ましい想いでいっぱいなんだ・・・」 「譲君っ・・・」 譲は望美のブラウスのボタンを二つ・・・外す・・・。 「譲君・・・」 「・・・オレは・・・オレは本当に先輩が好きなんだ・・・」 「譲君・・・」 涙を溜めて訴える譲の瞳・・・。 「・・・」 譲は静かに望美を解放し、望美に背を向けて俯く・・・。 「先輩・・・。駄目です・・・。やっぱりオレ・・・」 「え・・・?」 「・・・。先輩への想いが・・・前以上で・・・。どんどんオレは わがままで独裁的になって・・・。最低な奴にやってきてる・・・」 「譲君そんな・・・」 譲はくしゃっと前髪を乱暴に掻き毟る・・・。 譲の背中が・・・ 痛い・・・。 「・・・譲君。ごめんね」 「・・・」 ふわり・・・譲の背中に柔らかい感覚が広がる・・・。 望美は譲の脇に両手を通して抱きしめた 「・・・私・・・。無神経だった・・・」 「先輩が謝ることじゃない・・・。オレが、オレの心が浅ましいだけなんだ・・・」 「ううん・・・。でもね。私嬉しい・・・」 「え・・・?」 「譲君がそんなに私を想ってくれて・・・。心が・・・震えた・・・」 (先輩・・・) 譲への想いを伝えるために 望美はぎゅうっと一層体を密着させる。 「・・・先輩。貴方は本当にオレを困らせるのが上手だな・・・」 「え・・・」 「・・・。ふふ・・・。期待させたり落ち込ませたり・・・。オレは貴方に本当に 夢中なんだ・・・」 譲は望美の頬にそっと手を添える。 「・・・先輩・・・。貴方に触れて・・・いいですか・・・?少しだけ・・・」 「譲君・・・」 「貴方が選んだのは俺だと・・・確認したいんだ・・・」 望美は深く頷く・・・ 「この唇も・・・他の誰にも奪わせない・・・。誰にも・・・」 そして譲は少し指を震わせて望美の唇なぞる・・・ 「・・・譲君・・・」 「・・・愛してる・・・。せんぱ・・・。いや・・・望美さん・・・」 「・・・私も・・・」 窓の外は激しい雨。 雨音も聞こえない程に 二人は激しく口付け合う・・・。 「・・・先輩・・・。オレの先輩・・・」 そう呟きながら 何度も何度も唇を触れさせあう。 何度確認しても足りない。 望美の愛が 譲の想いが 深まり合ってやっと 安心できる・・・。 二人は唇から沢山沢山・・・互いへの思いを伝え合った・・・。