蝶につけられた印

『花子夢』の町を大手を振って闊歩する通称『七人隊』

通称『殺し人の穴』と呼ばれ、殺し屋家業達が集まる界隈 七里町を根城としている連中だ。

「ほれほれ、ブッたぎられたくなかったらどきなどきな〜」

人間離れした顔の霧骨。

毒をもって人をあやめるという。

「おい、煉骨、蛇骨の奴はきてねぇのか?」

「ああ、あいつは『男』しか興味ねぇからな。ここは芸者の街だ。あいつにとっちゃつまらんだろうよ」

一見坊主の様な外見の男は煉骨。火を操り、火事に見せかけ某大名屋敷もろとも焼き払ったこともある・・・。

「睡骨と銀骨、凶骨の奴らは女遊びには興味がねぇんだとよ。あいつら本当に男なのか?グヘへへ・・・」

すれ違う芸者にじろじろとやらしい視線を送る霧骨。

バキッ!

霧骨の頬をに一発食らわしたのは・・・。

「俺の目の前で汚ねぇ涎たらしてんじゃねぇよ。霧骨。これから上手いモン食えねぇだろうが・・・」


霧骨の着物で自分の草履の汚れを拭くのは七人隊の頭の蛮骨・・・。

大きな鉾で一瞬のうちに大名の家臣、家族もろとも容赦なく首をとったという『七人隊』の中で一番残忍と言われている。

「ん〜。いい匂いがするぜ流石随一の料亭ぞろいだぜ」

屋台からかおる蕎麦(そば)の香りに鼻をきかせる蛮骨。

残酷な反面、少年の様な無邪気さも見え隠れし、その本質はなかなか掴めにくい。

「蛮骨のアニキ、どうせならこの街の奴らみんな、俺らでビビらした方が早いんじゃねぇか?」

「・・・。霧骨馬鹿かてめぇ。みんなびびらしたら誰が喰いモン作るんだ。それに俺はこの街が気にいってんだ。ぶっつぶしまうのも勿体ねぇ。じっくり味わってからだ」

悪戯をこれからする少年の様な瞳の蛮骨。

その蛮骨の今宵の目的は・・・。


『花子夢』一の料亭・「ひぐらし」。


そして『花子夢』一の美人芸者「かごめ」の舞を見ることだ・・・。


七人隊の事は「ひぐらし」の者にまで伝わっていた。

「かごめ姐、どういたしやしょう!きっと奴らのねらいはかごめ姐さんかもしれません!」

「そうですとも!ここは逃げて下せいッ」

舎弟達はかごめに逃げろと詰め寄る。

「何を言っているの。あなた達をおいて私だけ逃げるわけにいかないわ!大丈夫よ。あたしを信じて任せて」

かごめは欄間の上に掛けてあった弓矢を手に取りギュッと握った・・・。

(・・・いざとなれば・・・。私がみんなを助けなくちゃ・・・)


かごめが覚悟を決めたとき、下でもの凄い音がした。

長い階段を下りると破れた店の暖簾の切れ端が床に散乱していた・・・。

「おおっ。これはこれは・・・。町随一の芸者で料亭「ひぐらし」の女将かごめ姐さん自らご登場とは、手間がはぶけたぜ。ぐへへへ・・・」

店の女中を乱暴に放って、かごめをじろじろと足から頭まで下から上に見る霧骨。

「いっらっしゃませ。『ひぐらし』へようこそ」

かごめは表情一つ変えず、いつも通り、客を出迎える。

七人隊の前で三つ指をつき、頭をさげ堂々とした姿勢で・・・。

「おう。女将さんよ。ちょいと酒と料理をつまみにきたんだがな・・・それととびきりの女と。ぐへへ」

「申し訳ございません。当料亭は、うちの女中に怪我をさせるようなお客様はこれ以上敷居を跨がすことはできません。どうぞ、お引き取りを」

「なんだと!?おう、かごめ姐さんよ、下手に出てりゃ粋がるんじゃないぜ、あん?俺様を誰だと思ってやがる?」

霧骨はその人並みはずれた顔をかごめに近づけて脅す。

しかし眉一つ動かさず怯まないかごめ。

「申し訳ございません。お帰りを・・・!」

「なにィ〜?てめぇ、俺がこんな顔だからいけねぇってのか?おい!」

「やめねぇか。霧骨。今晩の目的はこのかごめの舞だ?蛮骨兄貴を顔を潰す真似すんじゃねぇ」

煉骨が霧骨の着物の襟をつかんでかごめから放した。

「・・・という訳だ。かごめ姐さん、今日は大人しくするさ。あんたの舞さえ見れりゃ・・・ね。女中さんの命もあんた次第さ」

蛮骨ににこっと不適に笑った・・・。

「・・・。承知いたしました。はつ、奥の一番上等の部屋を用意して」

「で、でも・・・っ」

「大丈夫よ。はつ。料理の方お願いね」

いつもの変わらないかごめの笑顔・・・。


蛮骨達は部屋に付くなり贅沢三昧を尽くす。

高級料理に大酒を飲む。

挙げ句に酔った霧骨は一番上等の部屋はもっていた刀で襖や天井、障子をめちゃくちゃにした。

「わりぃな〜。俺は酒癖わるいんだ。だが今日はいつもよりシラフな方だぜ。ぐへッ」

自分の顔より大きい杯をぐいっと飲み干し口から垂れ出た酒をごしッと袖口で拭く霧骨。

「ふう。腹はふくれた。かごめ姐さん、そろそろあんたの舞をみたいもんだ。霧骨の野郎も煉骨もあまり気長じゃないんでね」

「・・・」

「ふっ。ちょっとご機嫌斜めって面だな。流石に部屋をめちゃめちゃにされちゃあ・・・ってか。それなら、これでどうだ。煉骨、今持ってる有り金全部だせ」


煉骨は懐からずっしり重たそうな布袋を取りだし、中から出てきたのは小判が何十枚も畳に散らかした。

「これだけありゃ、霧骨がブッ壊したこの部屋はもっといい部屋になろだろ。ついでに今晩の料金も入ってるぜ。足りなかったらまだだすがな?」

「・・・」


かごめはばらまかれた小判を一枚一枚丁寧に拾い、きちっとそろえて、蛮骨の前にに帰す。

「お金はいりません。他人様から巻き上げたお金など頂けませぬ」

笑顔で返すかごめ・・・。

「ほほう・・・。これはまたおもしろい・・・」

「私の舞がご所望なさいまして有り難うございます。拙いながら舞ってみたいと存じます。はつ、三味線をと鼓を・・・」

女中に三味線と鼓を用意させたかごめ・・・。

「では。芸者かごめ・『乱舞』。心より小渡らさせていただきまする・・・」


立ち上がり、着物の帯をすっとほどく。

バサァッ!


一番上に着ていた着物を風に靡かせるように脱ぐと、赤と黄色の鮮やかな菊と牡丹の絵柄の着物が姿を芦表した。


「ふっ。さなぎが衣を脱ぎ、鮮やかな蝶になったってか・・・。フフ・・・」

徳利ごと酒を一気のみする蛮骨。


シャン・・・。「イヨーオッ」


軽快な鼓の打ちからかごめの舞は始まった。


黄色の扇をまるで小さな胡蝶の様に使いこなし、手の先から足の先までまるで人形の様になめらなか動き。


かごめが回ると着物が蝶の羽根の様に羽ばたく・・・。


花に蜜を吸いにきた蝶・・・。


すさんだ心の俗人も一時、天国の風景を見たような満ち足りた気持ちにさせる・・・。


「ありがとうございました」


踊り終わったかごめ・・・。


手をついて深々と挨拶するかごめ。


「流石だねぇ〜。日本一の芸者とうたわれているだけのことはある・・・。ほれ、霧骨なんぞ鼻の下のびまくってやがる」


「・・・。蛮骨兄・・・。酒飲んで舞をみてるだけじゃつまらねぇぜぇ・・・」

なんともいやらしい顔でかごめを見ていた。

「霧骨、お前、自分にこのかごめ姐さんに釣り合う面かどうか河の水で確かめてきやがれ。なぁ煉骨。くっくっく」

「言えてらぁッハハハッ」

「蛮骨兄貴、ひでぇですぜッ。くそっ・・・」


なんとも酒の上での男達の会話・・・。

かごめはいいようのない不快感を感じる・・・。


「舞はお見せいたしました。これでお引き取り下さいませ・・・。でなければ弓を引きまする・・・!」

「・・・。そうだなぁ・・・。腹もふくれたし・・・。還るとするか・・・」


やけにあっさりと蛮骨達は立ち上がり、部屋を出ていこうとした・・・。


その時。

かごめは蛮骨が後ろになった瞬間蛮骨の背中に弓矢を向けるかごめ。


「もう二度と、この町に来ないと約束してくださいませ」

弓を力一杯ひくかごめ。


「これはこれは・・・。物騒な物を持っているなぁ。かごめ姐さん。美しい蝶には似合わないぜ?」


「!」

バキ・・・ッ。


蛮骨は突きつけられた弓をいとも簡単に折ってしまう・・・。


「俺を脅すとはいい肝が据わってる女だ。気に入ったぜ?おい、霧骨、煉骨、そこの女中をつまみ出せ、それから俺が出てくるまでこの部屋に誰も入れるな!」


「あ・・・ああわかった!」


霧骨と煉骨ははつ始め、女中を部屋から追い出し、かごめと蛮骨二人切りに・・・。


「・・・。さぁて・・・。静かになったな。かごめ姐さん・・・。フフフ・・・」

「・・・」

まるで獲物を捕らえる時の様な鋭く冷たい笑みの蛮骨・・・。


しかし、かごめはやはり怯まない。


何か覚悟を決めたようにその場に背筋をピンと伸ばし正座し、蛮骨と相対する・・・。

「私は逃げも隠れもいたしません。しかし蛮骨様、力で人の心は動きませぬ。貴方が私をどうなさろうとも・・・!」


綺麗な横顔・・・。


内面的な強さがあふれ出ている様で・・・。


蛮骨の心臓はゾクッとした。


「本当に肝が据わってるなぁ・・・。そういう女は嫌いじゃないぜ・・・。俺はお前をどうこうするつもりなんてねぇな・・・」


蛮骨は正座するかごめの背後にから両手で思い切り抱きしめた・・・。


「だが俺は節操のないすけべ野郎じゃねぇ。俺に心を寄せねぇ女なんて抱くおこらねぇ・・・」


少年の様に甘い猫なで声でかごめを抱きしめる蛮骨・・・。


微かにする血の香りをかごめは感じていた。


「まして。他の男が心にいる女なんて願い下げだ」

「!」

「だがお前にはそれでもいい・・・って思っちまほど男を惑わすものがあるんだぜ?自覚してねぇだろ・・・?少しだけ分からせてやるか・・・」


「・・・!」


蛮骨は着物襟をグッと掴み、そのままおろし、かごめの肩半分ぐさらけだした。

「霧骨の奴が手をつけるまえに俺のシルシだけ付けて帰るさ・・・」

そしてそのまま白いかごめの首筋に蛮骨の熱い激しい口が触れた・・・。


皮膚の一点に熱さが集中される感覚に襲われる。


「・・・。これはお前が七人隊頭・蛮骨が認める程いい女だって印だ。もっといい女になりな・・・。その時にまた来るぜ・・・ふっ。じゃあな」


かごめはすぐに着物を直し、解れた髪を整えた。


(・・・。私は負けないわ・・・。絶対に負けないわ・・・!ここを守るのが私の勤めだもの・・・)


震える体を自分の両手でギュッと包む・・・。

震えよ止まれと・・・。


「・・・よし!もう大丈夫!お部屋を元に戻さなくちゃ・・・!」


「あ、姐さんっご無事でッ!??」

店の男達と女中があわてて飛んできた。

「大丈夫よ。ほら、傷一つないわ。それよりお部屋を元に戻さなくちゃ・・・!手伝って!」

心配げな女中や男達を余所にかごめは腕をまくりし元気な姿を見せるかごめだが・・・。
首筋につけられた後は赤く染まってずっと消えなかったという・・・。


”いい女になりな・・・。それはお前の印だ”