蝶の温もり

ザー・・・。激しい雨が降る。

暗い草むらを逃げる男一人。

「ほーら。もっと逃げな。かくれんぼしようぜ」

大きな鉾を片手に蛮骨が笑いながら男を追った。

まるで楽しんでいるように・・・。

必死に逃げる男・・・。

岩の陰に隠れた・・・。

「そんなとこ、隠れ場所になるかっての!」

「!!」

振り向くと蛮骨が・・・!

ザンッ!

「うがぁああ・・・ッ」

鉾は男の体を深く切り刻んだ・・・。

足元の草が赤く飛び散った。

「はーあ・・・。面白くねぇったらねーなぁ・・・。かくれんぼ、もう終わっちまった・・・。かーえろっと」

まるでつまらない遊びを終えた少年のように呟く蛮骨・・・。

今、人一人、傷つけたことなど忘れ、草むらを去ろうとした・・・。


その時・・・!

ブスッ・・・。

「・・・ん・・・?」

何だか背中が痛い・・・。

背中に触れてみると・・・。

「あれ・・・?なんだこの血・・・」

手が真っ赤に染まって・・・。

同時に激しい痛みが蛮骨を襲った。

斬ったはずの男・・・。

蛮骨の肩には短刀が刺さっていた・・・。

「て・・・てめぇ・・・ッ」

「フヘヘヘ・・・!かくれんぼってのはな・・・油断したらまけなんだ・・・よ・・・。蛮骨・・・!グハッ・・・」

男はそのまま倒れ・・・動かなくなった・・・。

「う・・・ッ」

背中に激しい痛み・・・。

蛮骨は短刀を自分で抜き取りよろよろと歩く・・・。

「・・・ぐ・・・。俺としたことが・・・。七人隊、頭の俺がヘマ・・・踏んじまった・・・」

血が止まらない・・・。

歩くたびに流れ出て・・・。

「こん・・・な・・・傷でやられてたまるか・・・。こんな・・・」

肩をおさえながら蛮骨はよろよろと歩いた・・・。

どこへ行くのかわからないまま・・・。


「ひどい雨だわ・・・。雨が漏らないといいのだけど・・・」

外の雨の降り具合を心配そうに見つめるかごめ。

勝手口の引き戸をそっと閉めようとした。

ガタガタッ!

物置の方から物音が。

(・・・何かしら・・・)

かごめは蝋燭一本明かりを持って恐る恐る蔵の方へ近寄った・・・。

土蔵の重たい鉄の扉をあける・・・。


ギィ・・・。

中はひんやり冷たく真っ暗闇。

蝋燭の明かりをあてる。

土蔵の中は骨董品や使わない家財などでいっぱいだ。

「誰もいないようだけど・・・。・・・!」

床に血痕が・・・。

奥の方に続いている・・・。

(・・・。傷ついた猫か犬でも入り込んだのかしら・・・)

かごめは静かにゆっくりと土蔵の一番奥へ入った。

「誰!?誰がいるの!?」

シーン・・・。

応えはない・・・。

蝋燭の明かりをてらしても突き当たりの壁だけ・・・。

(気のせいかしら・・・)

かごめが土蔵をあとにしようと背を向けたそのとき・・・!


「きゃあ・・・!??」

背後から何者かにかごめは手で口をふさがれた!

「う・・・!?」


「かごめ・・・。久しぶりだな・・・」

「その声は・・・。蛮骨・・・!?」

塞がれたその手は赤く染まって血のの匂いがする・・・。

「う・・・ッ」

ドサッ・・・。

倒れこむ蛮骨。

「ど、どうしたの!?」

蛮骨の肩から大量の血が・・・。

「た、大変・・・!!今お医者様を・・・」

「やめろ・・・!」

「え?なに行ってるのよ!手当てしなくちゃ・・・」

「子供みたいな事言ってんじゃないわよ」

「うるせぇ・・・ッ。呼ぶなったら呼ぶな・・・」

「・・・。わかったわよ・・・」

そこへ、物音に気がついた店の男衆達が土蔵へかけつける。

かごめはささっと土蔵の扉を閉めた

「姐さん!どうかしたんですかい!?」

「ううん。なんでもないわ。雨漏りがしていただけよ」

「そうですかい・・・。よかった。さっき、庭から妙な男が入っていくのを見たって女中がいってたもんですから・・・」

「大丈夫。なんでもないわ。貴方達は元の持ち場に戻って」


かごめの言葉に男衆は他の場所の見回りに戻っていった・・・。

再び蛮骨の元へ戻るかごめ・・・。

「・・・なんで俺をかくまった・・・?」

「けが人を放り出すわけにはいかないでしょ」

「・・・。この土蔵ごとぶっ壊して皆殺しにするかもしれねぇぜ?そんな奴でもお前はかくまうってのか・・・?」

「・・・。この料亭のみんなにはゆびっぽん触れさせない。絶対に・・・」

「相変わらず勝気な女だぜ・・・。うぅ・・・ッ」

肩を抑え、苦痛に顔を歪める蛮骨・・・。

ともかく血を止めねば・・・。

かごめは桶にお湯を入れ、綺麗な布と酒を持ってきた。

ビリッ・・・。

肩の傷口の部分の着物を破り、傷口を見るかごめ。

(・・・傷口は深そうだけど血を止めれば・・・)

「ちょっと凍みるけれど我慢して」

「ううぅ・・・ッ」

患部を酒で清め、清潔な布をあてる。

布には何か緑色の薬が塗ってあった。

慣れた手つきで包帯を巻いていくかごめ・・・。

「・・・随分と・・・手慣れたものだな・・・。かごめ、お前だたの芸者じゃ・・・」

「あんまりしゃべらないほうがいいわよ。傷口開くから」

「う・・・ッ」

血が止まるよう、ぎゅっと包帯を縛るかごめ。

肩の傷の手当ては終わったが、雨にぬれた体が冷えたせいで蛮骨は熱をだしていた・・・。

かごめは冷たい水で絞った手ぬぐいで汗を拭う・・・。

「・・・。かごめ・・・。お前・・・。何も聞かないのか・・・」

「血の匂いさせてるだけで分かるわ・・・」

「ふっ・・・。血の匂いを嗅ぎ分けられるってのはかごめ・・・お前、本当にただの芸者じゃないな・・・。その秘密めいたところがまたいいねぇ・・・」

「しゃべっちゃ駄目っていってるでしょう・・・」


互いに必要以上の詮索はしない。

人それぞれ・・・。

人には分からない、言えない過去はある・・・。


ポチャン・・・。

ポチャン・・・。

土蔵の屋根の雨漏り・・・。

上から水滴が落ちて床に染みる・・・。


静かな土蔵の中・・・。

二人きりだ・・・。

かごめは蛮骨の体が冷えないようにと自分の羽織をそっと着せた・・・。


「ねぇ・・・どうして・・・。どうして私の所へ・・・?仲間がいるのに・・・」

「へっ・・・。お前が・・・。いい女になってっかどうか確かめにきたのかもな・・・」

「・・・」

かごめは不思議だった。

血の匂いをぷんぷんさせて、きっと今夜も人を殺めてきたに違いない・・・。

そんな危険な男なのになぜ自分はこうして助けているのだろう・・・。

どうして・・・。

「かごめ・・・。お前はどうして俺を助けた・・・。ほおっておけば天下の大罪人・蛮骨は消えていったんだぜ・・・」

「・・・。さっきも言ったでしょう・・・?傷ついている人は誰だろうと見捨てることなんてできないわ・・・」

「傷ついてる・・・か。ふっ・・・なんか俺らしくもねぇ台詞いっちまったぜ・・・」


気に入らないものは全て斬り捨てる・・・。

殺戮と狂気の中で生きてきた蛮骨とは思えない弱音の言葉・・・。

かごめは戸惑う。

どこまでが本当なのか・・・。

本当の蛮骨なのか・・・。

「じゃあ・・・貴方らしいって何・・・?」

「あ・・・?」

「人を殺めて・・・。思いのまま生きている貴方らしさって・・・何・・・?」


かごめはそっと蛮骨の額を拭ってつぶやく・・・。

「かごめ・・・。お前って本当に妙な女だな・・・。そんなこと聞く人間初めてだ・・・。ふっ。俺らしさ・・・か。そんな小難しいこと考えたことねぇ・・・。気に入らなねぇモンはぶった切るまでだし、面白くなけりゃ自分で面白くするまでよ」

「・・・。貴方は仲間はいるけど・・・。きっと心は一人なのね・・・。寂しくはない・・・?」


じっと・・・。

蛮骨の瞳を見つめるかごめ・・・。

透き通る琥珀色に蛮骨の心は惹きつけられて・・・。

「寒いの?肩が震えてる・・・」


「じゃあ・・・。お前があっためてくれよ」


「きゃッ・・・」

蛮骨は突然かごめの膝に顔を置き、膝枕を・・・。

「はっはは。一瞬、俺が押し倒すと思っただろ、今。そうしてぇのは山々だがこの肩じゃあ女抱くには力がはいらねぇ。今はこれで我慢さ。それにしても今のお前のかおったら・・・傑作だったぜ」

「ひ、ひ、人をからかわないでよ!けが人が・・・!」


「ククク・・・ッ」


(や・・・やだ。どうして私こんなにどきどきしてるの・・・?どうして・・・)


あどけなく笑う蛮骨・・・。

残虐なはずなのにそれが嘘のようにあどけない。

表情ひとつひとつが気になって・・・。


鼓動がはやくなる自分に激しく戸惑うかごめ・・・。


「それにしても・・・。女の膝ってのはこんなに気持ちいいもんなんか?」

「え?」

着物の裾をぴらっとめくって白い柔らかな太股に頬をあてる蛮骨。

「ちょ・・・。ちょっとなにするのよ!」

「だってよー。こっちの方が気持ちいいーんだ・・・」


「き、気持ちいーって・・・」

蛮骨はまるで少年が母親にかごめの太股に頬をすりよせて・・・。

何だかくすぐったい・・・。


「こーしてるとほっとする・・・。ほっと・・・」

蛮骨はすうっと瞼を閉じた・・・。

「な・・・何なの・・・。全く・・・」

捉えどころがない男・・・。

幾多の命を奪ってきた男なのに・・・。

静かに寝息をたてて、自分の膝で眠る蛮骨の髪をそっとなでながらあどけない寝顔を静かに見つめた・・・。

今は・・・寝かせてあげよう・・・。


傷の痛みが少しでも和らぐように・・・。