蛍の匂い
「・・・お祭りって大好き」
太鼓が鳴り響き
男達がみこしを担ぐ。
浴衣姿の女は湯上りの香りを漂わせ、太鼓の周りで輪になり
踊る。
「どんどんやかましい・・・。耳障りだぜ。いっそのこと
オレのこの鉾でぶった切ってやろうか」
鉾を人前でちらつかせる蛮骨
かごめと共に祭りに来て見た蛮骨だが華やかしい賑わいに
苛つきを覚える。
「・・・。その前に私を斬ってくださいな。蛮竜の刃はとても切れ味が良さそうですし
気持ちよく斬ってくださいまし」
「・・・」
夜店の花簪を手に取りながら済ました顔のかごめ・・・
蛮骨の脅しを軽く交わすようかごめの態度に
更に苛つきが増す・・・
だが
「ねぇ。蛮骨さま。見てくださいまし。可愛い金魚・・・」
小さな金魚一つで
こんなに喜ぶかごめを目の前では
蛮骨の悪戯心も萎えてしまう
「・・・酒が飲みたくなった。帰る」
「蛮骨さま・・・っ。ちょっと」
風車を帯に刺し、蛮骨を追いかけるかごめ。
下駄をならし
走るかごめ。
「きゃっ・・・」
小石につまづくかごめ。
「痛・・・」
爪が割れて血が滲む・・・
「・・・」
蛮骨はかごめを見下ろす
「なんだ・・・?オレが助けるとでも・・・?」
「・・・」
「このオレが・・・
下駄の鼻緒でも変えてやってお前を背負ってやる伊達男だとでも思ってるのか・・・?ふっ
お前も所詮、そこら辺の女とかわらねぇな」
かごめを見下ろす蛮骨・・・
「・・・ふぅ」
かごめは一息つき、浴衣の裾についた泥を払いながら立ち上がる
「蛮骨さまが伊達男だったら明日はきっと雨どころか
槍がふりますわ・・・。大酒飲みで口が悪くて悪戯好きの蛮骨様でなければ。ふふ」
かごめは裸足のまま土手を降りた。
水面には祭りを盛り上げるように蛍が乱舞し
夏の風情をかもし出す・・・
ちゃぷ ちゃぷ・・・
川の水に足を浸すかごめ・・・
「・・・。蛍・・・。夜空の星なら蛍は地上の星ね・・・。一瞬を生きて・・・」
「・・・」
「蛍は・・・一生をかけて光る。人は蛍の輝きを命の儚さと重ねる・・・」
蛍はかごめを包むようにふわり
ふわりと
飛ぶ・・・
「・・・。また説教か・・・。大層な女将だな。蛍一匹や二匹で・・・」
「一匹でも・・・。人の心を和ませてくれる輝きを持っております・・・。
生まれてきた意味があります・・・」
かごめの細い指先に
一匹の蛍が止まる・・・
「・・・」
蛮骨も川に入り・・・
腰元の蛮竜を静かに抜いた・・・
「・・・。蛍か・・・。ただの”ムシ”じゃねぇか・・・。斬ってやろうか・・・」
「・・・」
かごめは静かに目を閉じた
まるで蛮骨の心を見透かすように
「人間も所詮虫みてぇなモンさ・・・。いや・・・ムシよりくだらねぇ・・・。
そんなモンは・・・斬る・・・!!」
ザンッ!!!
白い水しぶきに蛍が消える・・・
水しぶきが収まり・・・
パサ・・・
水面に落ちたのは・・・
かごめの二つに割れた花簪・・・
そしてかごめの長い黒髪がおりて・・・
「・・・。蛮骨さま・・・」
「・・・オレの蛮竜に斬れねぇモンはねぇ・・・。斬るかきらねぇか
オレが決めるこった・・・。勘違いしてんじゃねぇぞ・・・」
「・・・」
「蛍の光は人を惹き付けるならお前は・・・。無邪気な瞳で男を惹き付ける
厄介な蛍だ・・・」
そう・・・
斬ろうと思えばおもうほど
斬れない
かごめとう名の蛍が
心に留まってしまった
そのときから・・・
バシャン・・・
蛮竜が川底に沈む・・・
蛮骨は蛮竜を手放し・・・
かごめの腕を引き寄せた
「優しげに光る蛍は・・・。オレが捕まえてやる・・・。永遠にな・・・」
逃さぬように
「蛮・・・っ」
激しい口付けで
引き止める・・・
触れられた唇は少し濡れた首筋に下降し
浴衣の襟をはぎ
「・・・!」
蛍に印をつける・・・
「・・・どこへも飛んで行くな・・・絶対にな・・・」
人の血の匂いしか知らなかった
でも
溶けそうな甘い匂いに血なまぐさい匂いも忘れて・・・
抱きしめるかごめの細いからだの感触に
酔いしれるだけ・・・
二人を囲むように乱舞する蛍・・・
夜空に吸い込まれるように
消えていった・・・