酒は人の夢を演出する。 人の心が求める光景を 夢として形にする。 「かごめ姐さん・・・。本当に大丈夫ですか?」 「大丈夫よ。今日は一人で帰りたいの」 とある大棚の用事の帰り。 店の手代(てだい)と女将のかごめは夕暮れの川辺を歩いていた。 「じゃ・・・あっしはお先に失礼致します」 「ええ。ご苦労様」 手代は一人で帰るというかごめを心配げに 帰っていく。 (・・・たまには・・・ゆっくり一人で歩くのもいいわね・・・) 足場の悪い川原を ゆっくりと歩くかごめ・・・。 (・・・橙に染まった川面・・・綺麗・・・) チャポン・・・ 白く細い指が川面に浸される。 胸にこみ上げるじんわりとした切なさ。 まだ来ぬ想い人へ合いたくて・・・ (犬夜叉・・・) 「・・・誰のこと考えてやがった・・・?」 「え・・・。蛮・・・」 声の主を確かめようと 振り返ると同時に 激しく抱きしめられ・・・ 「・・・く、苦しいわ」 「はは。ならもっと苦しめてやる。お前の 心から犬野郎が出て行くようにな」 乱暴な言葉と同調するように 抱きしめる力も強くなり・・・。 「・・・突然なのね・・・いつも」 「そうだ。オレは気分屋だからな。それが オレだからな」 勝手な男。 相手の都合も考えず 自分の気持ちのまま生きる・・・。 「・・・どうだ・・・?そろそろ・・・?オレのモノに なる決心はついたか・・・?」 ぺろりと かごめの首筋を舐める蛮骨。 しかしかごめは全く無反応でするりと 蛮骨の手からすり抜ける。 「お腹をすかせた子供って・・・。一番 悪戯するっていうわね」 「オレはいつでも腹、空かせてるぜ・・・? 旨いモンはじっくりと・・・味わう性質でな」 「そう。でも不味かったらどうするの」 「・・・自分の鼻は信じてる・・・」 くいっとかごめのあごを持ち上げて口付けようとするが 再びそれをかわすかごめ。 「・・・。その動き・・・。忍びでもねぇが 普通のカタギの女でもねぇな」 「・・・」 甘い言葉とは裏腹に かごめに鋭い視線を送る蛮骨。 (・・・隙をみせちゃいけないわね) 千人切りの蛮骨という異名を持つほどの男。 惚れた晴れたで気を許せば どうなるか・・・ かごめは知っていた。 「ふ。まぁいい。今日はオレは機嫌がいい。 お前の木に触ることはしねぇよ」 「そう願いたいわね」 「・・・だが夜は違うぜ?」 「・・・。夜は少し癖の悪い少年に最近悩まされているのよ」 「・・・そうかい・・・。なら・・・」 どすんと大岩に蛮骨はあぐらをかいて腰を下ろした。 そして腰にぶらさげていた徳利を取り出し、口で きゅっと蓋を加えて開ける。 「・・・夜には早いが・・・。まぁ一杯やろうや」 かごめに御猪口を差し出す蛮骨・・・。 かごめは首をふって蛮骨が持っていた徳利を手にした。 「頂くわ」 ゴク・・・。 旅館の女将・花子夢 徳利でぐっと飲む・・・ ゴク・・・ 「・・・フゥ・・・」 少し酒で濡れた唇・・・ 「・・・いいねぇ・・・。銚子で上品に飲む無のも悪くねぇが 豪快に酒を飲むって女も・・・悪くねぇな」 徳利の口が 少し赤い・・・ 「ふっ・・・紅がついてる・・・。お前とオレの酒って印だな・・・」 紅のついた場所に口をつけ ゴクゴクと飲む・・・ 「くぁはぁっ・・・。いい酒だ・・・。花の味がするぜ・・・?」 吐いた荒っぽい息に かごめの心は少し震えた (・・・。やだ・・・何を感じているの) そして唇の周りの酒も 一滴も残さずに舐める・・・ 「・・・甘くて・・・。少し危険な味がする・・・。今日の酒は・・・。 ふっ」 「・・・」 「いつか・・・”かごめ”って名の酒を・・・。 一晩中味わいたいもんだぜ・・・」 不適に笑う蛮骨・・・。 どこかいやらしげに だが どこか心震えて・・・。 「夕暮れの酒ってのも悪くねぇ・・・」 「・・・そうね」 「オレは陽が落ちるまでここにいるがお前はどうする・・・」 「・・・」 かごめはそっと着物の裾を整えて 座る・・・。 「・・・。今日の陽は・・・なんだか切ない・・・。 もう少し・・・見ていきます・・・」 「・・・フッ・・・」 手代が心配している・・・ 帰らなければ 頭の隅でそう思うが・・・ 蛮骨の隣から 体が動かないのは何故・・・? (酔ったのね・・・) 少しだけ火照り、高鳴る胸の鼓動は きっと・・・ (お酒のせいだわ・・・) 夕暮れの橙 が胸に沁みる・・・。 待ち焦がれている赤き衣の夜叉が 霞んでいく それが怖い (・・・今日の夕暮れは・・・せつな過ぎるわね・・・) 手も触れぬ 共に飲んだ酒が 二人の体を 少しだけ近づける・・・。 「・・・オレに近づいていいのか・・・?ふっオレは 嬉しいが」 「・・・。少し酔っただけよ・・・」 白い頬が 桃色に染まっている この場で押し倒し、自分のものにするのは簡単だが・・・。 (・・・。こいつがその気になるまで・・・。待ってやるがな) 蛮骨の胸にも 夕暮れの切なさが沁みる・・・。 男と女 この想いの行き先を 橙色の川面に流れる木の葉に 乗せて 二人は陽が暮れるまで共に いたのだった・・・。