人を人と思わず殺めてきたが、最近はその大きく鋭い自慢の鉾を人の血で染めていない。
"人をあやめることのどこが楽しいの?"
かごめの言葉が妙にひっかかり、酔っ払いの侍を斬ろうと思ってもなんだか萎えてしまう。
頭の変化に煉骨は微妙に感じ取っていた。
酒場。
店の主人を脅して貸しきり状態だ。
「なぁ・・・。蛮骨の兄貴。最近なにかあったのか?」
「べつにぃ・・・。おらぁ何にもねぇよ」
少し良いが回っている蛮骨。
顔が赤い。
「そうか?ならいいんだけどよ・・・」
つかみ所のない蛮骨の態度に少々戸惑う煉骨。
蛮骨の強さは身にしみて知っているし、勝てるわけがないと分かっているが少なからず・・・不満はある。
「・・・そうだ!そうだよ。あの女が知ってんだよな。そうだよ!」
「あ、兄貴・・・?」
「おう。煉骨、オレは先にフケるぜ。後、ここは好きにしていいぞ」
蛮骨は何かを思いついたように酒場を飛び出していった・・・。
「蛮骨の兄貴・・・」
蛮骨の勝手で気ままな行動・・・。
それに振り回されるのにも疲れてきた・・・。
(兄貴がいなくなれば・・・俺が七人隊の頭だ・・・)
わずかに芽生えていた反抗心が少しずつ大きくなる・・・。
「〜♪」
手鏡を見ながら長い、そして柔らかな黒髪を漆の櫛で梳く。
風呂で洗ったばかりの髪はまだ少し濡れていて・・・。
櫛を通るかごめの髪はつても艶やか・・・。
「風呂上りか」
「!!」
突然手鏡に映ったのは蛮骨の姿。
そのままかごめは後ろから蛮骨の腕に包まれた。
「ば、蛮骨・・・。あなた・・・」
「へぇ・・・。やっぱりお前、なんかいいにおいするな。オレ腹へってんだ。食っちゃお」
「きゃ・・・ッ」
ドサッ。
かごめは両手を万歳させられるようにつかまれ、押し倒された。
梳いた髪がふわっとたたみに流れる・・・。
「風呂にはいっていい頃合に”味”がついてる。んじゃいただきます」
「ちょ・・・っ・・・」
じたばたして暴れるかごめ。そのせいで素足が顔を覗かせる。
「静かにしろよ。今から」
蛮骨は着物の襟をずるっひっぱりかごめの肩をさらけ出す。
「すんげー白いな。雪みてーだ」
蛮骨はその”雪”のように白く粉雪の様にやわらかい肌に顔をうずめて口付けをしようと・・・。
「あ・・・あたしはあんたの夕飯じゃないっての!!」
ドカッ!!
かごめの暴れていた右足が見事に蛮骨の腹部に命中・・・。
「か・・・かごめてめぇ・・・」
かごめはすぐさま乱れた着物を整え、蛮骨から離れた。
「あ、あんた馬鹿じゃないのッ。突然何すんのよ!!」
「何って別に・・・。腹が減ってたからお前を食おうと思っただけだ」
蛮骨はきょとんとした顔で言った。
「人を食べ物扱いすんじゃないわよッ!まったく・・・!!」
「似たようなもんじゃねぇか。オレはお前の”味”がきにいってんだ。何が悪い」
「・・・」
平気な顔で、かなり恥ずかしいことを淡々と言うこの蛮骨の性格にかごめはついていけない。
子供なのか大人なのか・・・。
ただただ驚き、振り回されている・・・。
「けっ。まぁ今日は我慢してやる。今度腹が減ったときは衣(着物)ごとはぎとってやるからな!」
「・・・」
つかみ所がないのだが何故か突き放せない。
複雑な感情をかごめは感じている。
「と・・・ところで今日は何の用なの?」
「あ・・・!そうだった!あのよ。お前、前に人殺しがなんで楽しいかってオレにきいたな?」
「だから何よ」
「・・・なんでなんだ?答え教えてくれよ」
「・・・」
もしかしてそれを聞くためだけに来たのか?
かごめはあまりの蛮骨の態度に目が回りそうだ。
「そ、そんなの自分で考えなさいよ」
「考えたけどわかんねーから聞きにきたんじゃねーか。なぁ教えろよ」
「あ・・・。あのねぇッ。どこの世界に人殺しが楽しい人間がいるのよ!」
「ここにいるぜ?」
蛮骨は自分を指差した。
「・・・。つ・・・付き合ってられないわ・・・。だけどいい?人が人を殺めてはいけないの!誰にもそんな権利ないってことなのよ!」
「権利だぁ?そんなもんオレには関係ねぇ。人は殺しちゃいけねぇ、じゃあ、犬はどうなんだ?猫は?鳥は?同じ生きモンなのによ、何が違うってんだ?」
「そ、それは・・・」
応えに困るかごめ。もう出口の見えない迷路にいるようだ。
「ひ・・・人は動物から命をもらって生きているの。その動物もそう・・・。そういう仕組みで私達人間も動物も生きてるの。でも人が人を殺めるっていうのはお金のためだったり、人が人を殺めるっていうのはね、命だけじゃない、その人の心まで摂っちゃうってことなの。蛮骨貴方にだって心はあるでしょう?それを他の誰かに奪われるなんて嫌でしょう?」
「うーん・・・」
蛮骨は腕組みをして考え込む。
その仕草が少し可愛く見えた。
「わかったようなわっかんねぇような・・・。お前の話、難しすぎだ」
「そう。なら、ずっとそこで考えてなさい。私は下に用があるから行くわね・・・」
かごめが部屋を出ようと襖を開けるが。
「そうはいかねぇ。もっと付き合え」
「きゃあッ!」
蛮骨はかごめをひょいっと抱き上げ、そのまま格子を破って屋根に上る。
「きゃあ。お、おろしてよ!」
「やかましい女だな。せっかくいいモン見せてやろうと思ったのによ」
「いいものってなによ」
「上、見てみろ」
蛮骨は空を指差す・・・。
「あ・・・」
黒い夜空に黄色の満月。
雲ひとつないから、月が手を伸ばせばとどくほど大きく見える。
「どうだ・・・?うまそうだろう?」
「あんたって食べ物でしか何でも表現できないわけ?ま・・・でも本当においしそうかもね。なんか玉子の黄身みたいで。ふふっ・・・」
蛮骨の表現はともかく・・・。
確かに目の前の月は綺麗だ。
こんな高いところからみたのは初めてで・・・。
「・・・。なんか少しわかった」
「え?」
「難しいことはまだわからねぇけど、お前のあったかいこの体がなくなっちまうのはなんか嫌だ」
「なっ・・・」
「そういう意味なんだろう?”人を殺めたらいけねぇ”ってのは」
「・・・まぁ・・・。そう・・・かも・・・」
本当に意味が分かったのかどうか・・・。
しかしいたずらに笑う小悪魔的なあどけない笑みにかごめの心は何故かとらわれて・・・。
「・・・。小腹がすいた」
「え?」
くいっとあごを持たれ・・・。
「ンッ・・・」
かごめの唇は悪戯に蛮骨に塞がれた・・・。
言葉や態度は少年でも・・・
口付けは熱くて激しい・・・。
かごめは体の力が抜けた・・・。
「ふう・・・。真夜中の”おやつ”だ。今のは。今度は本当に丸ごといただくから覚悟しとけ!」
月夜に蛮骨のあどけない笑みがまた浮かぶ。
それから逃れられないとかごめはなんとなく思う・・・。
「もう少し月、見ていくぞ」
駄々をこねる少年のよう・・・。
でも抱かれている腕は力強く、たくましい・・・。
それに身をゆだねてみたいと思う自分に戸惑うかごめだった・・・。