第14話 かごめの気持ち

「かご・・・め・・・」

声が震える。

本物かどうか一瞬迷った。

だが潮の匂いの中に、確かに感じるいとしい匂い・・・。

目の前にいるのはやっと探し当てたかごめ本人だ・・・。

「かごめ・・・」

犬夜叉はゆっくりとかごめに歩み寄った。

「おま・・・え・・・」

「・・・」

かごめはじっと犬夜叉を見つめる。

不思議そうなまなざしで・・・。

「かごめ・・・」


やっと会えた。

やっと見つけた・・・。

ザザン・・・。

二人はしばらく互いをそらさず見つめあった・・・。

そしてかごめはゆっくりと犬夜叉に近づく・・・。

「かごめ・・・」

(もしかして・・・。記憶がもどったのか・・・?)

しかしかごめが最初にとった行動は・・・。

「わッ!」

くいっと犬夜叉の耳をひっぱる。

「な、なにすんでい・・・!」

「うそ・・・!本物・・・!?にしてはぷにぷにしてる」

かごめは犬夜叉の耳を両手で引っ張って遊ぶ。

「や・・・やめねぇか!かごめ!」

「あ・・・ご、ごめんなさい。可愛かったものだからつい・・・。あの、でもどうして貴方は私の名前を・・・?」

「・・・。まだ記憶がもどってねぇのか・・・」


鋼河の言ったとおり・・・。

かごめの自分を見る目は知らない人間を見る目だ・・・。

他人を見る・・・。

「あ、いっけない。風馬さんそろそろ起きるわ。戻らないと・・・。貴方もよかったらどうぞ。お昼のお茶にしようと思っていたから」

「・・・」

かごめに”貴方”なんて呼ばれて・・・。

本当にかごめは自分を忘れてしまっていることを実感する・・・。

犬夜叉はかごめに案内されるままついていく・・・。

砂浜から少し歩るくと立派な一軒家が・・・。

庭には井戸と畑があって・・・。

犬夜叉はきょろきょろと辺りを見回しながら家に入っていく。

すると、縁側の部屋に通され、そこに一人の男が床に伏せていた・・・。

「風馬さん、お客さんがきたのってまだ眠ってる・・・」

まるでかごめは新妻の様に風馬のそばに座り、風馬の掛け布団をそっと直した。

(お、お客さんてな・・・なんだ!!そ、それにこれじゃあまるで夫婦みたいな・・・)

すっかり自分が浮いていると犬夜叉は感じる。

「あ、えっと、今、お茶もってきますね」

かごめはいそいそと茶釜で湯を沸かし、犬夜叉にお茶を出す。

「粗茶ですが・・・」

犬夜叉、すっかりお客さん扱い・・・。

「茶なんていらねぇ!かごめ、お前、ここで何してんだ!」

「何って・・・お茶を・・・」

「だから・・・。そうじゃなくて!!」

いつものかごめじゃない。

ペースが狂う犬夜叉。

「う・・・」

「風馬さん・・・」

少し苦しそうにする風馬の額をぬぐうかごめ。

犬夜叉、仲むつまじい二人を目の前に今にも爆発しそう・・・。

(くそう!!なんだってんだ!!べたべたしやがって・・・!!)

「かごめ!!帰るぞ!」

「え!?」

嫉妬男、我慢も限界のようでかごめの腕を強引につかむ。

「か、帰るって・・!?」

「決まってんだろ!おめぇの家はここじゃねぇ!!それに奈落を追わなきゃいけねぇし、いくぞ!!」

「な、奈落?知らないわ。私、記憶が・・・」

「そんなもん時期思い出す!」

犬夜叉はとにかくかごめをここから連れ出したい。

「ちょ、ちょっと待って・・・!風馬さんが・・・」

「いいから来いったら!」


強制的にかごめを引っ張る犬夜叉。

抵抗するかごめにある言葉がふっと浮かぶ・・・。

「や、やめて・・・。ややめ・・・。お、お、お、おすわりッ!!」

「ぐえッ」

かごめはとっさにいつものお約束の言葉を放った。

(あれ・・・?なんであたし、おすわりだなんて・・・)


たたみに潰れた犬夜叉・・・。

その犬夜叉を跡を追ってきた弥勒たちが庭の灯篭の影から覗いていた。

「・・・。記憶はなくともあの言葉だけは覚えおったんじゃな・・・」

「犬夜叉、波阿弥陀仏・・・」



「犬夜叉さん、すみませんでした。さっきはひどいことをしてしまって・・・」

胡坐をかき、むすっとした顔の犬夜叉。

『犬夜叉さん』

かごめにそう呼ばれるとなんだか落ち着かない。

囲炉裏がある居間で犬夜叉たちとかごめは久しぶりの再会を果たした。

そして、かごめは弥勒から自分がずっと一緒に弥勒たちと旅をしてきたこと、奈落という妖怪を追っていることを聞いた。

「かごめちゃん、あの、本当に何も覚えていないの?」

「はい・・・。自分の名前以外は・・・」

「かごめ、オラのことも分からんのか?七宝じゃ」

かごめの肩によじ登り、自分の顔を指差す七宝。

「・・・ごめんなさい・・・」

しゅんとする七宝・・・。

思い出せるものなら思い出したいが・・・。

「私は崖から落ちて・・・。それから風馬さんに助けてもらったんです。そしてこの村に一緒に来て・・・」

「かごめさま。あの武士の方はなにかご病気なのですか?顔色がお悪い様ですが・・・」

「ええ・・・。昔、戦の時に受けた毒で・・・。この村について倒れたんです。それからずっと眠っていて・・・」

「かご・・・め・・・だれか・・・きたの・・・か?」

人の声に目を覚ました風馬。

ふらっとよろめいた。

「風馬さん!!」

倒れそうになった風馬をかごめは抱きとめた。

「無理しちゃだめよ」

「大丈夫だ・・・」

風馬に肩を貸すかごめ・・・。

夫婦の様な会話に弥勒たちは思わず犬夜叉に視線が・・・。


「・・・(怒)」

口をへの字し、犬夜叉の爪は畳に食い込んでいる・・・。

犬夜叉、嫉妬を燃え滾らせ中・・・。

かごめに支えられ、ゆっくりと座る風馬。

「この様な格好ですみませぬ・・・。お初にお目にかかり申す・・・」

「こちらこそ。病の所、すみません」

ふてくされる犬夜叉を他所に風馬と弥勒は丁寧に挨拶しあう。

「大切な仲間を自分の都合でここまで連れてきてしまって・・・。申し訳ありませぬ」

「いえいえ。こちらこそ、かごめ様の命を助けていただいてありがたいです。ほら、犬夜叉、お前の何かいいなさい」

「・・・け tッ」

ぷいっとふてくされる犬夜叉。

「ったく・・・。気にしないでくだされ。こういう性格な奴でして・・・」

「・・・」

風馬は犬夜叉の様子からかごめと犬夜叉が何か特別な関係・・・なのだろうとすぐに感じた。

「それで・・・。風馬殿が病気の時に言うのは申し訳ないのですが、やはり・・・かごめ様を返していただきたいのです。我々は奈落という邪悪な妖怪を追っております。それにはかごめ様の力が必要なのです」

「・・・はい。それはごもっともです・・・。よかったです。あなた方のような心強い仲間が見つかって・・・」

「風馬さん、私は行きません!風馬さんが心配だもの!」

かごめはぎゅっと風馬の寝巻きのすそを握った。

「ありがとう・・・。気持ちだけもらっておく・・・でも、かごめ、お前の居場所はここじゃない・・・。俺はいつ治るかわからないしお前にはなにやら大切な使命になっているらしい・・・。それから逃げてはだめだ」

「風馬さん・・・」

「弥勒・・・殿といいましたな。かごめはいつでもつれて帰ってください。私の事は気になさらず・・・」

「風馬殿・・・」


「ゴホ!」

風馬は激しく咳き込む。

「大丈夫!?もう、横になりましょう?」

かごめは風間を布団に戻し、寝かせた・・・。

そして戻ってくると、弥勒たちにはっきり告げる。

「あの皆さん・・・。皆さんには本当に悪いと思うけど・・・。私、やっぱりご一緒には行けません。ごめんなさい」

「・・・。わかりました。かごめさま。結論はまた明日にしましょう。風馬殿の様態も気になりますし・・・」

「・・・」

複雑な表情を浮かべるかごめ・・・。

それは犬夜叉も、弥勒も珊瑚も七宝も同じだった。

そして犬夜叉たちはこのまま泊まることにした。

犬夜叉たちは居間に。かごめは風馬に付き添っている・・・。

(あ・・・。お水代えてこなくちゃ・・・)

桶を持って部屋を出るかごめ。

すると珊瑚がかごめを呼び止めた。

「かごめちゃん、ちょっといい?」

二人は縁側の廊下に座った。

その様子を・・・。屋根の上から見下ろす男二人・・・。

「弥勒、てめぇ、なんでお前まで・・・」

「シッ。珊瑚にかごめ様に聞いてくれと私が頼んだのです。おなど同士の方が話もしやすいでしょうし・・・。ともかく静かに」

屋根の瓦にへばりついて聞き耳をたてる犬夜叉と弥勒・・・。

「あの・・・。珊瑚さん、話って・・・」

「・・・。珊瑚でいいよ。あの・・・「単刀直入に聞くね」

「はい」

「かごめちゃん、風馬さんの事、好きなの・・・?」

「・・・え・・・」

本当に単刀直入の珊瑚の質問にドキッとするかごめ。しかしかごめの頭の上にいる犬夜叉の心はもっと波打った。

「ごめんね。突然・・・。でもどうしても聞きたくて・・・。で、どうなのかな・・・。かごめちゃん」


「・・・」


かごめの応えを屋根の上の犬夜叉はドキドキ・・・。

答えを聞くのが怖い犬夜叉はビクビク状態・・・。


「・・・わからない・・・」

「わからない・・・?」

「・・・。はい・・・。でも・・・今は風馬さんのそばにいたい・・・。あの人のそばに・・・。珊瑚さん、この気持ちは・・・『好き』ってことなのかな・・・?」

「え、わ、私に聞かれても・・・」

かごめは立ち上がり、庭の池に映った自分の顔を見つめる・・・。

「好き・・・なのかもしれない。今、珊瑚さんに言われて気がついた・・・。好きだからあの人が苦しむと私も苦しいんです・・・」

「かごめちゃん・・・」

なんだか・・・。犬夜叉と痴話げんかしていたかごめが懐かしく感じる珊瑚・・・。

「ねぇかごめちゃん・・・。犬夜叉のこと見て・・・本当に何も感じない?」

「犬夜叉さん・・・?私とあの人、何かあるんですか?」

「あいつの態度見てれば分かると思うけど、あいつはかごめちゃんの事が好きなんだよ。かごめちゃんもそうだった・・・。喧嘩ばかりしてたけど・・・」

珊瑚の言葉に何故だかかごめの心は波打った。

揺れて動悸がする。

「そ、そんな事言われても・・・。私は・・・。ご、ごめんなさい。私わからない・・・。ごめんなさい・・・!」

バタバタ・・・ッ!

その場から逃れるようにかごめは部屋の中に入ってしまった・・・。

「かごめちゃん・・・」

珊瑚は少し答えを急ぎすぎたかなと後悔の念に駆られた。

しかしそれ以上に屋根の上の犬夜叉はかごめの応えに激しく動揺し・・・。

犬夜叉は何も言わず、屋根から高くジャンプすると砂浜の方に一人向かった・・・。

「犬夜叉・・・」


波打ち際を一人歩く犬夜叉・・・。


『あの人が苦しむと私も苦しい・・・』

波に映ったかごめの顔。

かごめあんなに大人っぽい切ない顔を見たのは初めてだ。

「クソ!」

バシャン!

足で波を叩く・・・。

『そばにいたいんです。私が、風馬さんの・・・』


胸の奥がチリチリ痛む。


いつもの可愛い『やきもち』じゃない。

いつもの嫉妬じゃない。


胸が痛くて寂しくて。

かごめの言葉から感じれたことは・・・。

確実に、確実にかごめの心には自分はいない、他の男の存在・・・。


もう、自分は必要とされていないんじゃないか、記憶喪失だからという理由なんて忘れるほどに寂しい・・・。


「かご・・・め・・・」


今はそう呼んでも振り向いてくれない・・・。


朝まで犬夜叉は一人静かな海を眺めていた・・・。



朝・・・。

居間で朝食を終えた犬夜叉達。

かごめの漆のお椀の味噌汁はあまり減っていない・・・。

風馬はかごめにある物を差し出した。

「かごめ、これに着替えたらいい・・・」

「え・・・。これは・・・」

かごめのリュックに制服だった。

制服は綺麗に洗われてたたまれていた。

「小夜に頼んで洗濯してある。これを着て今日、皆さんとここを発て」

「風馬さん、そんな・・・!私は風馬さんのそばにいます!風馬さんが心配だもの・・・」

「俺の体の事は心配ない。小夜達がいる・・・。それにお前の居場所はここではない・・・。記憶が戻ったときどうするんだ・・・?」

「たとえ記憶が戻っても私は風馬さんのそばに・・・」

「・・・。簡単にそんなこと言わないでくれ・・・」

風馬はかごめから少し遠く視線をずらす。

(え・・・?)

「今帰らないと、もう仲間の元に変えることはできないんだぞ・・・。後悔しても遅い・・・」

「こ、後悔なんてしません!」

「・・・分からないか。俺が後悔する・・・。かごめを仲間の元に返さなかったことを後悔する・・・。それが辛い・・・。だから、仲間の元に帰るんだ・・・わかったな・・・!!」

「風馬さん・・・ッ!風馬さん!」


バシ・・・ッ。

障子は固く閉められ、かごめが何度風馬を呼んでも出てこない・・・。


突然の風馬の態度の変化にただ、呆然とするかごめだった・・・。

(どうして・・・?どうして風馬さん急に・・・どうして・・・)


そして・・・。制服に着替え、リュックを背負ったかごめ・・・。

見送りも出てこない風馬を想って、かごめは風馬が休んでいる部屋の格子を見つめた・・・。

しっかりと閉められ、風馬の影さえない・・・。

(風馬さん・・・。本当に行っていいの・・・?私は・・・。私は・・・)

「かごめ、何しておる?いくぞ!」

肩から七宝がひょこっと顔を出して言った。

「・・・」

後ろ髪ひかれる想いで、かごめは屋敷を出た・・・。


小さな丸い格子戸から・・・。

かごめの後姿を・・・。

風馬は目を凝らさず、ずっとずっと見つめる・・・。


砂浜に向かって歩く小さくなっていくかごめの背中を・・・。


(・・・これでいいんだ・・・。これ以上、俺の都合に付き合わせる訳にはいかない・・・。かごめ・・・)

昨夜のかごめと珊瑚の話を聞いていた風馬。

『風馬さんが苦しむと私も苦しい』

(その気持ちだけで俺は充分だから・・・。お前はお前の幸せを・・・)


ドクンッ・・・。

「グハッ・・・ゴホッ・・・」

胸の痛みに激しく咳き込む風馬・・・。

かごめがそばにいれば・・・。


どんな痛みも和らぐのに・・・。


(かご・・・め・・・)



「・・・!」

砂浜で雲母に乗ろうとしていたかごめ。

誰かに呼ばれた気がして振り向く。

(風馬さんの声が・・・。何だか気になる・・・。風馬さん・・・)


「行けよ」


「え・・・?」

かごめと弥勒たちは一斉に犬夜叉に注目。


「そんな暗れぇ顔してる奴となんか一緒にいられっか・・・。苛々するってんだ!!」

犬夜叉は腕を組み、胡坐をかいて背を向ける。

「犬夜叉さん・・・。皆さん、ごめんなさい・・・!」

かごめは犬夜叉達に深々とおじぎして、風馬がいる屋敷へと急いで戻っていった・・・。

一度も振り返ることなく。迷うことなく・・・。


「犬夜叉・・・!何もあんな言い方しなくても・・・!犬・・・」


珊瑚は気づく・・・。


砂をぐっと握り締める犬夜叉の拳を・・・。


微かに震えている拳を・・・。


(犬夜叉・・・)




「ハァ・・・ハァ・・・」

(風馬さん・・・!風馬さん・・・)


夢中で風馬の元に走るかごめ・・・。


ただひたすらに・・・。