永遠の白い羽
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第16話 陽だまり様に

チャポン・・・。桶の中の冷たい水に布を浸して固く絞る。

そして風馬の寝汗を静かに拭くかごめ・・・。

「ハァ・・・」

「風馬さん、苦しいの・・・?お水、飲む?」

風馬は少し息苦しそうに顔を横に振った。

「かごめ・・・。本当に・・・。いい・・・のか?ここにいても・・・」

恐る恐る聞く風馬の手をぎゅっと握るかごめ・・・。

「居ます。ずっといるから安心して。眠って・・・」

かごめの言葉に安心する様に風馬はゆっくりと眠った・・・。

かごめの手を握ったまま・・・。

(風馬さん・・・。私ずっとそばにいるから・・・。ずっと・・・)

この手が冷たくなることが怖い。

病と闘っている風馬を支えたいとかごめは心底思った・・・。

(お水かえてこよう・・・)

かごめは庭の井戸に出た。


カランカラン・・・ッ。

井戸の底を覗くかごめ。

(・・・井戸・・・。何だかここから出入りしていたような変な気持ちになる・・・)

”行けよ・・・”

「・・・!」

井戸の底の水に犬夜叉の顔が映った・・・。

”行けよ・・・”

最後に聞いた犬夜叉の声がひどく切なく耳の奥で響いた。

(な・・・なんでこんな気持ちになるの・・・?)

戸惑いを消すようにかごめはザバッと勢いよく水を汲んだ。

(今は風馬さんの事ことだけ考えなくちゃ。風馬さんがよくなるように・・・)

かごめが水を汲み終えて、風馬の部屋に戻ろうとしたとき。

バサバサバサッ・・・。

空が妙に騒がしい。

羽がこすれる音がやけにする・・・。

「なにかしら・・・」

かごめが空を見上げると・・・!


巨大な嘴の化け鳥の群れが空を覆っていた・・・!

「な、なにあれ・・・!」

バサバサバサッ・・・!

無数の化け鳥たちは屋敷を覆い、屋根の瓦を激しく突っつく。

かごめは風馬が心配になり
急いで屋敷に入ろうとしたが・・・。

化け鳥はかごめに向かって急降下する!

「きゃああ・・・ッ!!」

鳥達がかごめに迫る・・・!

ザンッ!!

クワゥーーー・・・ッ。

化け鳥の翼が切り落とされる!

「風馬さん・・・!!」

風馬が刀で化け鳥を一刀両断した・・・。

「かごめ・・・。怪我は・・・ないか・・・?」

「風馬さん!風馬さんこそ大丈夫なの・・・」

「大丈夫だ・・・。う・・・」

青白い顔。風馬はかごめを守ろうとするが胸を押さえて・・・。

「風馬さん・・・!!」

「かごめ・・・。お前は屋敷に入っていろ・・・」

「そんな・・・!風馬さんこそ・・・!」

クゥワーー・・・ッ!

もう一匹の化け鳥がかごめ達に更に向かってきた・・・!


「風馬さん・・・ッ。あぶない・・・ッ」

風馬の背をかばうようにかごめは風馬を抱きしめた・・・!

(誰か・・・助けて・・・ッ)

「かごめーーーーーーーー・・・ッ!!!!」

(え・・・?)

上空から自分の名を呼ぶ声・・・。

赤い衣が空から降りてきた・・・。

「かごめーーーーーーーー・・・ッ!!!!散魂鉄爪ーーー!!」


雲母から犬夜叉が飛び降り、化け鳥を切り刻んだ!

「犬・・・夜叉さん・・・?」

「かごめ!おめえ達は家の中はいってろ!!」

「あの・・・。でも・・・ッ」

「いいから入ってろつってんだ!!そいつ(風馬)具合わりぃんだろ!早く!!」

「は・・・はい・・・ッ」

かごめは風馬の肩をかかえて屋敷の中に入った・・・。

「けっ。化け鳥共め。憂さ晴らしにもならねぇがぶったぎってやる!」

鉄砕牙をぎゅっと握り、その刃を化け鳥にお見舞いする!!

「風の傷ーーーーッ!!!」


空を覆っていた化け鳥たちは風の傷に一掃された・・・。

飛び散った羽がパラパラと上空から落ちて・・・。


「ふん・・・。他愛もねぇ・・・」

静かに鉄砕牙を鞘にしまう犬夜叉・・・。

かごめは無事だろうかと屋敷の方を振り向くと・・・。

「風馬さん。大丈夫・・・?お願いだからもう無茶はしないで・・・」

風馬を床を寝かせ、布団をかける・・・。

本当に心配そうに風馬を見つめて・・・。

そのかごめの背中を・・・。


鉄砕牙を持ったまま犬夜叉は遠く、遠く眺めていた・・・。


犬夜叉の視線に気づき、かごめも振り返った・・・。

(かごめ・・・)

化け鳥達は全て犬夜叉によって退治された。

弥勒たちもかごめ達が心配になり、戻ってきた。

囲炉裏の間で火をおこすかごめ。

隣の部屋で風馬は眠っている。

「あの・・・。皆さん、私のためにわざわざ戻ってきてくださったのですか・・・?」

「かごめ様は大切な仲間です。助けるのは当然。いや、約一名はかごめ様がピンチだと体が勝手に助けに向かうというのも約一名いまして・・・」

弥勒の視線は縁側の廊下で胡坐をかいて腕組みをしている犬夜叉に・・・。

(・・・。犬夜叉さん・・・)

「ねぇ。かごめちゃん。かごめちゃんと風馬さん、もうここから離れたほうがいいよ。宿のほうに帰った方がいい。また化け鳥がいつ襲ってくるとも限らないよ」

「そうじゃ。かごめ」

珊瑚と七宝が心配そうに言った。

しかしかごめは顔を横に振る。

「どうして?」

「この島の空気はとても澄んで・・・。風馬さんの体にはいいんだそうです。それに私も風馬さんもここの風景が好きで・・・」

”私も風馬さんも”

かごめの言葉の一つ一つから風馬への想いを感じる弥勒たち。そして犬夜叉も・・・。

「じゃあ私たちも小夜殿の宿方にもう暫く滞在させていただきます」

「え・・・?」

「この辺りも奈落の妖気の影響で妖怪も増えてきている・・・。色々調べたいこともありますし、何より風馬殿の体が少しでもよくなるまでは。それに、やはり約一名、どうしてもかごめ様と離れたくないという奴がおりまして」

弥勒の視線はやはり犬夜叉に・・・。

「だ、誰のことをいってんだ!!弥勒てめぇ!!」

吼える犬夜叉・・・。

その犬夜叉の頬がすこし擦り傷ができている。

「え・・・」

「・・・。血がでてますよ・・・。じっとして」

犬夜叉の横に静かに座り、リュックから救急箱を取り出し、絆創膏をぺたっと貼るかごめ。

実に慣れた手つきで。いつもやっている様にごく自然に・・・。

「かごめ・・・」

妖怪と闘って、傷を負っていたらいつも救急箱をもったかごめが自分の元へ走ってきてくれた。そして手当てを・・・。

「さっきは助けてくれてありがとうございました。本当に助かりました・・・」

「な、なんでいッ。別に俺は・・・。それに、その言葉遣いやめろッ。なんか調子狂うだろ・・・」

「ごめんなさい・・・」

「べ、別に誤ることはねぇ・・・」

「ごめんなさい。あ・・・。私ったら。ふふ・・・ッ」

「ったく・・・(照)」


記憶もどっていなくても

他の人間が心に居たとしても。


かごめは変わらなかった。

かごめの笑顔だけは変わらない・・・。

嫉妬で揺れていた犬夜叉の心は少しだけ和らいだのだった・・・。



化け鳥退治から1日経って・・・。

弥勒たちは小夜の宿に滞在していた。

海の見える部屋で一時の休息の犬夜叉達。

「あれ?犬夜叉は?」

飛来骨を手入れしながら珊瑚は弥勒に尋ねた。

「行く場所はひとつでしょう。珊瑚」

「・・・。行ったんだ。また」

「行ったんじゃな。また・・・」

七宝もちょっと呆れ顔で言った。

「ったく。また嫉妬しまくって騒ぐくせに・・・」

「そうじゃ。それで迷惑をコウムルのはオラたちじゃ」

「まぁ七宝珊瑚、我慢してやりなさい。 自分が一番見たくない光景が広がっていても犬夜叉は気になって仕方ないのでしょう。それ以上にかごめさまが・・・。ったく本当に不器用な男だ・・・」

呆れるくらいに。

惚れた女子の心に他の誰かがいてもそばにいたい。

こそこそと様子を伺いに行くことしかできない仲間。だけどそんな男を頼りにしているのだ・・・。

弥勒も珊瑚も七宝も・・・。


そしてその『不器用な男』といえば・・・。


「風馬さん、風通しよくしたほうがいいから、障子、開けるわね」

床に伏した夫を献身的に世話する妻・・・。

そんなかごめと風馬の光景を屋根の上から『不器用な男』はイライラしながら眺めていた。

(くそ・・・。なんだって俺はこんなところで覗き見なんてしてやがるんだ・・・)

それでもかごめの姿を見ていたい・・・。

太陽の元、元気に笑っているかごめを・・・。

と。自分に酔っていると。

「犬夜叉さーん!いらっしゃいますかー?」

ドタタタタ・・・!

あっけらかんとしたかごめの声に犬夜叉は屋根から落下。

「な、なんでわかったんだよ・・・」

「え?だってほら・・・」

かごめが指差すのは地面の影。

屋根の上の影。犬夜叉が乗れば三角の耳がひょこっと突き出して見える・・・。

「ね。犬夜叉さん、ずっと屋根にいらしたんですか?」

「ち、ち、違うッ。そ、それよりその『犬夜叉』さんってのやめろ!落ち着かねぇ」

「じゃあ、わかりました。犬夜叉君?それともワンちゃん?」

「い、犬夜叉君だなんて呼ぶな!犬夜叉でいいつってんだろ!」

自分のペースを乱される犬夜叉。だがこうしてかごめと向き合って話すのは久しぶりだ。

「あ!そうだ!さっき、木の実を沢山取ってきたんです。今、持ってきますね!みんなで食べましょう♪」

「ちょ・・・ッ」

かごめはいそいそと木の実を取りに行った・・・。

「・・・」


部屋には犬夜叉と風馬二人きり・・・。

風馬は静かに眠っているが・・・。

「・・・」

妙な静けさがかえって重たい・・・。

(・・・。息がもたねぇ。宿に戻るか・・・)

犬夜叉が部屋を出ようとした。

「待ってください・・・」

「!」

風馬は弱弱しい声で呼び止めた。

「もう少し居ていただけません・・・か」

「・・・」

「・・・かごめ・・・。いやかごめさんもその方が喜ぶ・・・。それに俺も貴方と話がしたかった・・・」

「・・・」

風馬の言葉に犬夜叉は黙ってとりあえず腰を下ろした。

「すみません。ご無理を言って・・・」

「・・・。話って何だ」

「記憶がなくなる前の・・・。かごめさんどんな女子だったのかと思って・・・」

「・・・。どんなって・・・」

どうして自分にそんなことを聞くのだろう・・・。

犬夜叉は風馬の真意が分からない。

「ど、どんなって・・・かごめはかごめだ。あのまんまだ」

「・・・。あのまま・・・。そうか・・・。そうですね・・・。記憶があってもなくてもかごめ・・・かごめさんは忘れない・・・。笑うことだけは・・・」


そう・・・。

かごめはいつでも笑ってる・・・。


変わらない・・・。

「かごめさんは・・・。照らして和らげてくれる・・・疲れた心、傷を負った心を・・・。陽だまりに似ていますね・・・」

風馬は差し込む太陽の光に触れるように手を伸ばす。

「・・・けっ・・・。気障っぽいこといいやがって・・・」

そういう犬夜叉も・・・。

縁側に当たる日光を肌で感じる・・・。

誰かに似ているあたたかさを。

「お待ち同様ー!」

笊(ざる)に沢山の真っ赤な木苺を抱えて持ってきた。

「とっても甘いのよ。美味しいから犬夜叉さ・・・じゃなかった犬夜叉も沢山食べてね!ふふ・・・っ」


甘い木苺の匂い。優しい匂いも変わらない。

犬夜叉はそれを改めて感じていた・・・。

そしてその日の午後。

小夜が遣した医者に風馬は診てもらっていた・・・。


「ゲホ・・・ッ。ゴホッ・・・」

激しく風馬。

脱いだ寝巻きを着なおす。

「もう入ってもよいぞ。奥方」

外で診察が終わるのを待っていたかごめは心配そうに入ってきた。

その後ろで犬夜叉が医者の一言にへそを曲げている。

(だれが奥方だ!!)

かごめはそんな犬夜叉にも気がつかず、風馬を心配する。

「風馬さん、具合はどう?」

「ああ・・・。大丈夫だ・・・」

だけどやはりまだ顔色が優れない。

「奥方。ちょっと・・・」


医者がかごめを部屋の外に呼んだ。

(なんだ、あのやぶ医者め!奥方だなんて呼ぶな!)

まだへそを曲げている犬夜叉。医者とかごめの話を柱の影から盗み聞き・・・。

「あの・・・。お話ってなんでしょうか・・・。風馬さんの体のことですか・・・」

「そうじゃ・・・」

医者の表情が重い・・・。かごめは不安になる。

「あの・・・。私なら大丈夫です。本当のことを言ってください」

「・・・では奥方。単刀直入に言う・・・」

かごめはゴクッと唾を飲む・・・。


「覚悟したほうがいい・・・」


「・・・!」

声が震える。



「そう・・・長くはもたん・・・」

カラン・・・ッ・・・

かごめの手から・・・


桶が落ち転って割れた・・・。

かごめの心の衝撃の様に・・・。