永遠の白い羽
第21話 微かな記憶の中で

「な・・・」

かごめは犬夜叉から視線を離さない。

「もしかしたら・・・。この先私の記憶が戻るかもしれない。でも・・・。今、風馬さんを置いていくわけにはいかない。絶対にできない・・・」

かごめの迷いのない言葉と瞳に、犬夜叉の足は驚きと衝撃で震えた。

「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・」

犬夜叉は俯いて視線を逸らし、かごめに背を向ける。

「・・・。勝手に・・・しろ・・・」

か細い声・・・。

「あ・・・っ」

犬夜叉は逃げる。

辛すぎる。

その場の空気は・・・。


痛すぎて・・・。

自分か離れていく赤い広い背中・・・。

かごめの心の奥底で

”行かないで”


と誰かが小さく呟いた・・・。



犬夜叉一行が風馬の屋敷を出たのは昨日。

砂浜での休息からすぐ戻り、犬夜叉が乱暴に弥勒達に行った。

『かごめはここに置いていく。行くぞ・・・』

と・・・。

「こんなとこに生えてんじゃねぇよッ・・・邪魔くせえッ!」

バキッ・・・。

砂利道を塞いでいた大木を荒々しく蹴り倒す犬夜叉。

どうみても八つ当たり的だ・・・。

「・・・。触らぬ犬にたたりなしですな・・・」

冗談めいた台詞を呟く弥勒だったが、七宝も珊瑚もかごめを置いていった犬夜叉には納得いかない・・・といった様子。

「なんでかごめを置いていくんじゃ。いくらかごめの意思じゃからってなんで・・・」

「そうだよ。かごめちゃんは仲間なのに・・・」

七宝も珊瑚も簡単にかごめを諦めてしまった犬夜叉の意思の弱さに腹がたっている。

きっと自分が傷つくことから逃げたんだ。

そんな気がして。

「珊瑚・・・。男はそういうものなのだ・・・。”優しさ”と”弱さ”は紙一重だから・・・」

「何?ソレ・・・。そんなの卑怯よ!男は自分が傷つきたくないから好きな人の手をそんなに簡単にはなすの!?法師様もそうなんだ!」

「なっ・・・。私はそんな・・・」

犬夜叉に向けられていた矛先が自分に帰ってきてあわてる弥勒。

思わぬところで痴話げんかが始まり、弥勒と珊瑚の足元で七宝は深くため息をついた・・・。


そして犬夜叉は・・・。


自分の衣に微かに残るかごめの匂いを寂しさと共に感じていた・・・。



かごめは粥を茶碗にもり、箸を添えて風馬に手渡す。

「・・・」

「どうしたの・・・?風馬さん。食欲ない・・・?」

風馬は箸を置き、かごめをまっすぐ見た。

「かごめ・・・。いいのか・・・。本当にここに残って・・・」

「ええ。私が自分の意思で決めたことよ。風馬さん、記憶なんていつ戻るかわからない。今、戻ったとしても私、きっとここに残ってたと思う」

「だが・・・。犬夜叉殿達はお前を必要としている筈・・・。俺はもう大丈夫だ。かごめ、今からでも遅くはない。本当の”居場所”に帰るんだ」

真剣な風馬にかごめは黙って顔を横に振り、拒否した。

「・・・。もうきめたの。風馬さんが本当に元気になるまでずっとそばにいるって・・・。私の”居場所”・・・居たい場所は風馬さんあなたのそばなの」

「だが・・・」

かごめはぐっと風馬に顔を近づけた。

「悪いけど!この意思は変わらないんです。だから風馬さんの要求も呑めません。わかりましたか!」

まるで母親のような口調のかごめ。

「え・・・。は、ハイ・・・ッ」

風馬も思わず背筋を伸ばして返事。

「うふふ・・・。さ、お食事しましょ!」

再び、風馬に茶碗と箸を持たせ、かごめももぐもぐと食べる。

(本当に・・・。いいのか・・・)

何度も自答しながらも・・・。


”そばにいてほしい・・・”

圧倒的にその強い想いが支配する・・・。

目の前の笑顔が自分の前からなくなる恐怖。


風馬はかごめに対する想いが一層強くなっていることを肌で感じていたのだった・・・。


一方、その頃・・・。犬夜叉一行・・・。

パチ・・・。薪を折り、火にいれる弥勒。

焼けた魚を七宝は弥勒の横でほおおばる。

うまそうに食べる七宝の真上。木の上で犬夜叉は半月を見ていた。

「おーい、犬夜叉、くわんのかー?」

「・・・」

「ふっ。さてはかごめに振られたからおちこんどるんじゃろ。日ごろの行いが悪いからじゃ」

「・・・」

七宝のおちょくりにも乗ってこない。ただ、つきをじっと見ている。

「・・・。七宝。今はほおっておきなさい。恋に破れた男は一人もくもくと考えたいのです」

「・・・。自分の殻に篭る・・・ともいうけどね」

ちょっとトゲトゲしく珊瑚は言う・・・。

「・・・でもまぁ・・・。今夜は・・・そっとしておくべきかな・・・」

つきを見つめる犬夜叉の表情は・・・。

まるで母を想う子のように寂しげで・・・。

母に捨てられ、途方に暮れる子・・・。


「・・・」


衣に微かにかおるかごめの残り香・・・。


かごめはもう隣にいないのに・・・。

いっそう切なくなる。

「・・・。かごめ・・・」


”本当に俺たちはこのままなの・・・か・・・?”


優しく明るい月に浮かぶかごめの笑顔に心の中で問う・・・。


「・・・」


母に捨てられた子供のように寂しい。


子供なら行き場のない想いを涙にもできように・・・。


優しい匂いが消えぬよう・・・。

犬夜叉は木の上で衣を抱きしめるように体を丸めて眠った・・・。

(・・・。かごめ・・・)



同じ月の下、縁側で風馬とかごめは寄り添って犬夜叉と同じ様に月を見ていた。

「お月様、綺麗・・・」

月光にあびるかごめの横顔に自然と風馬の顔も和む。

今までこんな穏やかな時間を感じたことはない。

かごめが隣にいるから・・・。

「・・・くしゅんッ」

涼しい風がかごめの鼻をくすぐった。

風馬は羽織りをそっとかごめに着せる。

「だめよ。風馬さんが着てなくちゃ。風邪ひく・・・」

「大丈夫だ。お前いるから俺はあったかい」

「・・・(照)」

率直な風馬の言葉にかごめは頬を染める。

「ずっとこうして・・・いつまでも風馬さんとつきを見ていたいな・・・」

自然にかごめの瞼は閉じて・・・。

頭を風馬の肩によりかかる・・・


あどけない寝顔に風馬の心は安堵感に満ちる。

そっとかごめを引き寄せ身を寄せ合う。

あまりに心地いいぬくもり。


この心地よさを知ってしまった今・・・。


かごめをどうして手放すことができようか。

”かごめのいるべき場所にかえさなくては”

そんな理屈は消えてしまう・・・。

いけないと思っても・・・。


(できることなら・・・。本当にこのままずっとずっと・・・)


切なる願いをつぶやいた時。


「・・・犬・・・夜叉・・・」

「・・・!」

かごめを引き寄せていた風間の右手が一瞬離れた。

幸せな夢から現実に引き戻されたような感覚。


さめないで欲しい夢から・・・。


「かごめ・・・。やっぱり心の奥底には・・・」


風馬の心は・・・。


「・・・ウゥ・・・ゴホ・・・ッ!!」


胸が激しく痛み、激しく咳き込んで一滴、手の平に飛び散る・・・。

(・・・。毒はまだ・・・)


蝋の火がフッと消えた。


風馬の胸に毒への恐れが一気に沸く・・・。


(かごめ・・・)


かごめの寝顔を見つめる。


幸せなぬくもりは手の内にあるのに・・・。


(やはり・・・。かごめを・・・このままに・・・しておくわけにはいかないかもしれない・・・)


再び蝋に火をともす風馬・・・。


その火は・・・。


風馬の心のように激しく揺れていた・・・。