永遠の白い羽
第22話 消失


昨夜の胸の痛みのことを風馬はかごめにはいわなかった。 これ以上心配はかけられない。

今朝は朝から日差しが強い。最高の洗濯日和だ。

物干し竿に風馬の着物や自分の服、制服を干すかごめ。

「ふうー・・・。今日は暑い日になりそうね・・・」

ヒラヒラとかごめのセーラー服とスカートが風に揺れる。

「・・・」

自分が記憶を失う前から着ていた服・・・。

この服をずっとずっと長い間着ていた気がする。

この服には自分の知らない”記憶”があるのかもしれない・・・。

かごめはセーラー服の袖口に触れてながらそんな気持ちでいた。 「かごめ」 「風馬さん!起きて大丈夫なの!?」 風馬は少し余所行きの着物を着ている。 「ちょっと小夜のところへいってくる」 「小夜さんのところへ・・・?」 「ああ・・・。たいした用事じゃないんだ・・・。小夜のところでうまい魚でももらってこようかっておもって」 「そう・・・。でも今日は日差しが強いから気をつけてね」 かごめは風馬に番傘を手渡す 「ありがとう。じゃ、行ってくる」  「いってらっしゃい」 まるで出勤時の夫婦のやりとりのよう。 しかし、見送るかごめの笑顔は今朝は痛い・・・。 ”あること”を決意した風馬にとっては・・・。 地下道を通れば小夜の宿まではすぐ。 宿につくと早速府馬は小夜に”あること”のために必要なものを 小夜に手配してくれと頼んだ。 「・・・そ、そんなこと・・・。本当にいいのかい!?」 「いいんだ」 「でも、やっとかごめをてにいれられたんじゃないか!なのに・・・」 「小夜。頼む。これはオレが出した結論なんだ。頼む・・・」 何かを覚悟したようなふうまの態度・・・。 小夜ははっと気がついた。 「風馬・・・。あんたまさか・・・」 風馬はだまってうなずいた 「・・・。そうだ・・・。だから・・・。頼む。小夜。オレの願いをきいてくれ・・・」 懇願する風馬・・・。 固い決意に満ちた瞳だがその決意をさせた”真実”はあまりに残酷なものだと小夜は心底思う・・・! 「・・・。ったく・・・なんだってんだい。この世には神も仏もないのかっていいたいよ・・・。ったく・・・くそ・・・!くそ・・・ッ!! ちくしょう・・・」 ドン・・・っと畳を何度も叩く。 「・・・小夜。神も仏もいるさ・・・」 「・・・え・・・?」 風馬は立ち上がり、丸い小窓の向こうに見える地平線を見つめる。 「小夜と佐助って親友をくれそして・・・。俺をかごめとであせてくれた・・・。”神も仏”もいるって思うよ・・・」 「・・・。気障すぎるこというんじゃないよ・・・。神や仏だなんて縁起でもない・・・」 「”血も涙もない鋼鉄の女・小夜”が涙なんて。名がなくぞ。フフ・・・」 「よ・・・余計なお世話だよ・・・」 本当は泣きたくなんかないのに。 本当は風馬の方が泣きたいくらいに辛いはずなのに。 微笑む風馬の真意を思うと・・・。 鋼鉄の女の目からでも涙がぽろりと出る・・・。 「風馬・・・。あんたどうしてそんな風にわらえるんだい・・・」 「さぁどうしてだろうな・・・。でも不思議と穏やかななんだ・・・。気持ちが・・・。小夜・・・。どうだ?一杯やらないか?昼間だが・・・」 杯を小夜に手渡す風馬・・・。 「いいさ・・・。今日はとことん付き合ってやるよ・・・。どこまでも気障な”戦友”のために・・・」 小さなお猪口にポタリ。 ”鋼鉄の女”の涙が落ちた・・・。

その頃。犬一行・・・。 「・・・本当に触らぬ犬にたたりなしですな」 木の上でぼうっと空気が抜けた風船のようにぼんやりしている犬夜叉。 「きっと空の雲皆が、かごめさまに見えるのでしょう・・・。周囲に”八つ当たり”する気力もないとは・・・」 「・・・。諦めたのは犬夜叉の方でしょ。自分が傷つくのが怖くて逃げたんでしょ」 飛来骨を布でみがくのに以上にチカラが入る珊瑚。 かなり怒りがこもっている。 「ったく男って・・・男って・・・!!”見せ掛けの優しさ”と”逃げ”だけは得意なんだから!」 虫の居所が悪い珊瑚。 その目の前に犬夜叉がスッと降りてきた。 「どう・・・?雲ながめたらかごめちゃん忘れられたの?犬夜叉」 かなり嫌味っぽく・・・。 ぐっと珊瑚を睨みつける犬夜叉。 「何よ。怖くなんかないよ。睨んだって。自分の気持ちから逃げてる奴なんかに睨まれたって・・・」 「・・・」 犬夜叉は何も言わず仲間達から離れていった・・・。 「犬夜叉・・・」 その背中はあまりにも・・・。 寂しげだった・・・。 かごめと犬一行が分かれて一週間。 穏やかな天気の日、風馬が突然かごめに”白い鳥を見に行こう”と誘った。 白い鳥、それは海鳥の一種でこの島の裏側の崖に生息している。 羽を伸ばせば大きく片翼だけでも人間一人分程の大きさだ。 性格は非常に穏やかで、ひとなつっこい。 「きゃははは・・・。あ、食べたよ、風馬さん」 三羽の鳥たち。 波打ち際でかごめがこさえた煮物をパクパク食べる。 母鳥が大きめのかまぼこをくちばしのなかで砕いて小さくして子供のくちばしの中に食べさせる。 「お母さんだね・・・。子供ために・・・」 一回り大きな鳥は父鳥と思われる。母鳥と子供を海の風から守るように風が吹く方向に羽を伸ばして。 「お父さんはみんなを守ろうとして・・・。きっと大切なのね・・・」 たかが親子鳥のやりとり。 昔はそれが”たかが”だったけれど、かごめと一緒に見ていたら とてもとてもすてきであったかい光景に見えてくる・・・。 「さ、風馬さんも食べてね。沢山つくったから」 お重の中には人参、大根の煮物が。 かごめは今、この時代の着物を着ている。小夜からもらった着物。 すっかり板についている。 「どうしたの?風馬さん・・・」 「いや・・・。その着物が似合っているなと思って・・・」 「・・・そ、そう・・・(照)あ、ありがとう」  不器用な言葉だけど、嬉しそうに笑うかごめ。 似合っている着物。確かに似合っているけどかごめが着ているはずの服ではない・・・。 かごめが”ずっと着ていたはず”の服。 仲間と共に旅をしていた頃から着ていた・・・。 「あ・・・!風馬さん、あの親子の鳥達飛んで行ったよ・・・!」 親子鳥は腹がふくれたのかバサバサっと白い翼を広げ崖の上の巣に舞い戻った・・・。 その時、2枚白い羽が波の上に落ちた。 「わぁ♪綺麗・・・。鳥達からのかまぼこの”お礼”だったりしてね。ふふ・・・」 「そうだな。きっとかごめの料理がうまかったから・・・」 「ありがとう。風馬さん・・・。うふふ・・・」 白い羽。かごめが空から降ってきた時も白い羽につつまれていたっけ・・・。 「白い羽・・・か」 風馬はなんとも懐かしい不思議な気持ち。 「風馬さん、なんかとっても優しい顔してる。何思い出していたの?」 「いや・・・。いつか見たとても幸せな”夢”を思い出して・・・」 「どんな夢?聞きたいな」 かごめは風馬を覗き込むようにに少し身を寄せた。 「・・・。秘密。でもとても幸せで・・・。あったかい夢だよ」 「そっか・・・。ならその夢が叶うように・・・ハイ!」 かごめは拾った白い羽の一枚を風馬に手渡した。 「?」 「もう一枚は風馬さんが持っていて。あの親子鳥達のように大切な人を守ったりいたわったりして・・・。ずっと一緒にいられるように・・・」 「かごめ・・・」 「もし、離れたとしても心はつながっている・・・なーんてちょっと少女趣味かもしれないけど・・・」 かごめは頬を染めながら言った。 「ありがとう・・・。大切にする。宝物にするよ・・・」 白くて可愛い羽根。まるで誰かの様・・・。 風馬は懐にそっと大切に大切にしまう・・・。 懐は・・・。 愛しい温もりで一杯になる・・・。 だが・・・。この”羽根”を本当に渡すべき相手は・・・。自分じゃないのかもしれない。 それでも・・・。 嬉しい。 最高の贈り物・・・。そして最後の・・・。 「かごめ・・・。ありがとう・・・」 「え?」 風馬はぐいっとかごめの肩を少し強めに引き寄せた。 「ありがとう・・・。かごめ・・・」 「ど・・・どうしたの・・・?急に・・・」 「何でもない。寒かったから・・・。こうすれば寒くないと思って・・・」 「・・・(照)うん・・・」 かごめの匂い。温もり。 確かめる・・・。何度も何度も・・・。 しばらく身をよせあったまま二人で海を眺めた。 「かごめ。喉が渇かないか?小夜にもらったとっておき美味しい茶があるんだ。煎じて持ってきた」 風馬は腰につけてきた竹筒を取り出した。 「うん!飲みたい!とっておきの美味しいお茶かぁ・・・」 椀に透明な黄緑色の綺麗なお茶が濯がれる。 「綺麗・・・!それにいい香り・・・」 かごめは香りを楽しみながらゆっくりと飲む・・・。 それを何故だかじっと見つめる風馬・・・。 「うん・・・!喉ごしすっきりとっても美味しい!」 「そうか・・・。よかった」 かごめはその後、何杯かおかわりした。 しかし暫くして・・・。 「・・・あれ・・・?おかしいな・・・」 急に眠気が襲ってきた。 「なんだか頭がぼんやりする・・・」 体がふわふわとして・・・。 「眠いのか・・・?」 「うん・・・。変なの・・・。なんか・・・」 「多分ソレは・・・。このお茶のせいだ」 「お茶・・・?」 瞼が重い・・・。かごめは必死に眠気に耐える。 「緑草を煎じた」 「”みどり・・・草”・・・?」 「またの名を忘却草。これには記憶を忘れさせるほどの効果がある・・・」 「記憶を忘れさせる程にって・・・。風馬さん・・・それって・・・」 朦朧としてきたかごめの問いに風馬はだまって深くうなずく 「・・・。今の記憶はなくなり・・・。元のあった記憶が呼び覚まされるだろう・・・」 「・・・!な、な、なんでそんな・・・」 風馬は体がふらつくかごめを両手で受け止める。 両手でしっかりと・・・。 「すまない・・・。すまない・・・かごめ・・・」 「風馬さんどうして・・・!私、嫌・・・。嫌・・・風馬さんを忘れるなんて嫌・・・!」 風馬の胸の中で激しく首を振って訴えるかごめ。 「すまない・・・。すまない・・・。でも・・・。これが一番いいんだ・・・。 もし、かごめの記憶が戻ってもきっとお前は仲間の元へはいかないだろう。 本当の気持ちを押し殺してまで・・・。そんな思い・・・。お前にさせたくない・・・。させる権利はオレにはない・・・」 「だからって・・・だからって、だからって・・・!!忘れたくなんてない・・・!嫌だよ・・・! 風馬さんを忘れるなんて嫌・・・。嫌・・・。そんなの嫌・・・ッ」 着物の襟をつかみ、必死に訴えるかごめ・・・。 体全体を覆う深い睡魔に耐えてかごめは必死に風馬に問いかける 「記憶が戻るとか戻らないとかなんて関係ないのに・・・! 心の中から風馬さんが消えるなんて嫌・・・!嫌・・・。助けて・・・。お願い・・・」 「かごめ・・・。ごめんな。ごめんな・・・」 忘れて欲しくない。 自分を忘れれるほど辛いことはない。 だけど・・・。 かごめの本当の気持ちと仲間と、そしてこれからの人生を縛る権利は自分にはない・・・。 もう・・・あまり時間がない自分には・・・。 「嫌・・・。風馬さん・・・。嫌・・・。お願いだから、私の中から風馬さんを消さないで・・・。助けて・・・お願い・・・」 「かごめ、ごめん・・・。ごめんな・・・。ごめんな・・・」 目を閉じぬとかごめは必死に閉じかける瞳をはっと開かせるが・・・。 「嫌・・・だ・・・。風馬さん・・・けさ・・・ないで・・・。ふ・・・ま・・・さ・・・」 まるで瞼に重石をつけたみたいに・・・。 かごめの瞳は・・・。 ゆっくりと・・・。 閉じ・・・。襟をつかんでいた両手が離された・・・。 「・・・スー・・・」 静かな寝息が風馬の体にかかる・・・。 可愛い寝顔・・・。 可愛い可愛い・・・。 前髪をそっとすくい、自分の額を触れさせる・・・。 「かごめ・・・」 眠ってしまった・・・。とうとう・・・。 そして・・・。 目が覚めたときには・・・。 かごめの中に 自分はいない・・・。 本当のかごめに戻るんだ・・・。 「かごめ・・・。すまない。かごめ・・・」 消える。 一緒に見た月も朝日も。 海の香りも全て・・・。 「かごめ・・・。かごめ・・・。かごめ・・・。オレだって嫌だ・・・。消えるのは嫌だ・・・」 何度も大切な女の名を呼び続ける。 本当は消えたくなんかない。 消えたくなんか・・・。 でも・・・。 「でも消えるんだ・・・。記憶だけじゃない・・・。”俺自身”も消えるんだ・・・。この世から・・・」 そんな時を、 かごめに見せたくはない。 縛りたくはない。 ならいっそのこと・・・自分の存在自体かごめの中から消すべきなんだと・・・。 風馬は思った・・・。 「消えたくない・・・。消えたくない・・・。お前の心からもこの世からも・・・。消えたくはない・・・」 静かな海に叫ぶ・・・。 しかし風馬の願いにだれも応えない。 「応えてくれよ・・・!俺は・・・ッ」 厳しい現実。変えられない運命・・・。毒がまだ体に残っていた・・・。 激しい発作がまた出てくるだろう。もう既に心の蔵にもまわっているとしたら・・・ ・・いずれ・・・。 無常さがこみ上げてくる。 風馬はかごめからもらった白い羽根をじっと見つめた・・・。 『例え離れてたとしても・・・。ずっと一緒だって。きっとまた会えるって願いを込めて・・・』 本当だろうか。離れたとしても・・・。 繋がっていられるだろうか・・・? そしてまた会えるだろうか・・・? ”きっと会える・・・” 羽根がそう言ったように聞こえた・・・。 「かごめ・・・」 愛しい女(ヒト)の体の温もりをぎゅうっとぎゅうっと全身で抱きしめる・・・。 そして。かごめの手にそっと羽根を握らせた・・・。 ”きっとまた会える” 「かごめ・・・。お前に会えてよかった・・・。本当によかった・・・」 風馬の手に握られた羽根・・・。そしてかごめの手に握られた羽根・・・。 白い羽根・・・。 決して波の風に飛ばされぬよう・・・。 力の限り握りしめられた・・・。 そして・・・。かごめが目覚めた時には・・・。 風馬の姿は島から消えていた・・・。