永遠の白い羽根 〜千の夜を越えて〜 夢の中のあの人。 切なくなるほど優しい瞳で見守ってくれている。 あの人。 名前は思い出せないけれど 私はあの人を知っている。 ・・・会いたい。 夢の中でもいいから・・・。 ”千御霊行脚”(せんみたまあんぎゃ) それは大罪を犯した罪人が、各地に点在する地蔵堂や観音堂を千の数だけ行脚し この世に漂う魂たちを鎮めることをを言う。 雨の日も風の日も。 ただ、ひたすらに自らの罪を悔い、そして祈るのだ。 戦で消えた魂たちの静かな眠りを・・・。 「んじゃ弥勒。へぇ。じゃあ、それ(千御霊行脚)をすれば、みんな法師になれるってのか」 「いえいえ。あくまで修行の一環の一つでして。 霊力のつよい者はしていません」 犬夜叉一行。 かごめの記憶も戻り旅を再開。 立ち寄った小さな村で今晩は過ごすことになった。 村長の家の縁側で 干し柿をつまみながら午後のひと時をすごしていた。 「それにしても遅いですな。かごめ様と珊瑚たち・・・」 村の娘達で柿の実を取りに村はずれの栗林まで取りに出かけたのだが・・・。 珊瑚と村の娘達が血相を抱えて籠を担いで戻ってきた。 「・・・珊瑚!どうした!?」 「ごめん。法師様・・・かごめちゃんとはぐれたんだ」 俯く珊瑚。 「何!??珊瑚、てめぇなんでちゃんと見てなかった!!」 「犬夜叉。珊瑚を責めている暇はない。手分けして探しに行こう!」 「・・・ちッ・・・!先行くぞ・・・!」 犬夜叉は一人先に、走り出し、森へ入っていった。 「・・・犬夜叉、焦ってたね」 「仕方ない。かごめ様の記憶が戻ったばかりだからな・・・」 きっと犬夜叉は自分を責めているに違いない・・・。 弥勒と珊瑚はそう感じていた・・・。 「・・・どうしよう。これは完全に迷っちゃった・・・」 あんまりおいしそうな栗だったのでつい 夢中になり、森の奥まで入ってきてしまった。 自分が後ろから来たのか右から来たのか全くわからずキョロキョロする。 (・・・じっとしていたほうが懸命ね。きっと 犬夜叉が私の匂いをたどって助けに来てくれる) が。 ポタ・・・。 かごめの制服の肩が濡れた。 「ちょっと、こんな時に雨!??」 悪いことは重なるものだ。 雨はたちまち激しくなる。 「きゃあ。どうしよう。と、とにかくどこか雨宿りできるところ・・・」 ガサガサ。 腰まである草を掻き分け、歩くかごめに見えてきたのは・・・。 「あ・・・あそこがいいわ!」 小さな御堂らしい小屋が。 かごめは早足で御堂にむかった。 ガラガラッ。 「お、お邪魔します」 戸を開けると中は薄暗い。 奥には地蔵が3体奉ってあった。 (・・・地蔵堂なのかな・・・) かごめが地蔵を見上げていると。 (・・・!?人の気配!?) 柱の影に人が背中。 もたれかかって座っている。 (こ、こんなところに人が・・・。もしかして盗賊とか山賊・・・) かごめに緊張が走った。 男が立ち上がり、静かにかごめに近づく・・・。 ゴクっとかごめは息を呑んだ。 「あ、あの・・・」 キシ・・・。 もろい床がきしむ。 小窓から差し込む微かな外の光で・・・。 男の姿をはっきりさせる。 「・・・貴方も雨宿りですか?」 若い侍だ。背が高く髪が長い。 女人のような綺麗な顔立ちで・・・。 (あ、この人は・・・!) 「お久しぶりですね・・・。かごめさん」 トクン・・・。 かごめの鼓動が早まる。 ”かごめ・・・本当に好きだった” ”ずっとお前を想ってる・・・” 白い羽根をなくしそうになったとき、拾ってくれた・・・。 『風馬』という男だ。 間違いない・・・。 (ど、どうしよう・・・。何を話したら・・・) 「あ、あの、すみません。私も道に迷って・・・」 「いえ・・・。私もそうです。ちょうどここを見つけて・・・」 「そうなんですか・・・。くしゅんッ」 「・・・からだが冷えるといけない。火をおこしましょう・・・」 優しくて低い声・・・。 かごめの鼓動は鳴り続ける。 (・・・どうしてこんなに懐かしい気持ちになるの・・・) 風馬は囲炉裏に火付け石で火をつけた。 薪がパチっと焚かれ、火の粉が暗いお堂に舞い上がる・・・ 「火が熾してきた・・・。さ、早く当たってください」 「は、はい・・・」 かごめは緊張した面持ちで両手をそっと焚かれる火にあて、腰を下ろした。 「・・・」 「・・・」 ザー・・・。 激しい雨音と。 パキッ。 燃える薪の音が 静寂の中、聞こえる・・・。 「・・・」 かごめと風馬。 互いに黙し、ただ、赤い日を見つめる・・・。 (・・・。何か・・・話さなければいけないことが あるのに・・・) 「・・・。あの・・・私・・・」 言葉が見つからない。 ただ、胸にこみ上げる懐かしさと温もりが押さえられない。 「犬夜叉さん方はお元気ですか・・・?」 「え、ええ・・・」 「そうですか。よかった・・・。犬夜叉さん達にはとても・・・ お世話になったから・・・」 犬夜叉の名を口にするかごめに風馬は一瞬切なげな表情を浮かべた。 「あの・・・。私が記憶を失っている時・・・風馬さんと犬夜叉達は知り合った んですよね」 「ええ・・・。旅の途中、病になった私を助けてくださいました」 「そ、そうなんですか・・・」 違う。聞きたいことはそれじゃないのに・・・。 「旅・・・ってずっと旅をしているんですか?」 「・・・はい。私は永遠に旅を続けなければいけません」 「つ、罪って・・・」 風馬の言葉の節々が重い。 風馬は自分が『千御霊行脚』をしていることかごめに話した。 「千って・・・。千個のお地蔵様に手を合わせる旅をしているってことですか? そんなにたくさん・・・」 「・・・数じゃない。千以上の魂とその人生を私はこの手で・・・。奪ってしまったのです。 それはどんな理由があろうと・・・許されない・・・」 「そんな・・・」 風馬は数珠をぎゅっと握り締める・・・。 険しい表情の風馬・・・。 風馬が背負ってしまったものの重さの一端を垣間見た気がした。 「・・・だが・・・。私はやっぱり”生きて”しまっている・・・」 「え?」 「生きていると・・・。ついよぎるのです・・・。大切なおなご への想いが・・・」 ”想い人” 風馬の好きな人って誰・・・? かごめの胸はいやがおうにも高鳴る。 「・・・。この間はすみませんでした」 「え?」 「・・・。貴方を混乱させるようなことを言って・・・」 ”かごめ・・・本当に好きだった” ”ずっとお前を想ってる・・・” 風馬の言葉を思い出すかごめ。 頬が染まる。 「い、いえ・・・」 「私の想い人に・・・。貴方があまりにも似ていてから・・・。 つい、気持ちが抑えられなくなって・・・」 「私に似てる・・・?」 (じゃあ・・・。あれは私に言ったんじゃないんだ・・・。そう・・・よね。 私とこの人は2回しかまだあったことないんだし・・・) だけどどうしてだろう。 激しく落ち込む自分がいる・・・。 「・・・。風馬さんの好きな人って・・・どんな人なんですか?」 聞きたくないけど聞いてみたい・・・。 (えッ・・・?) 風馬は一瞬、とても深い、深い切ない視線でかごめを見つめた・・・。 (・・・どうしてそんな・・・) 数秒、かごめを見つめて風馬は懐からあるものを取り出した。 「あ・・・。それは・・・」 「私の・・・宝物です」 ”その羽を持っている限り俺達はまたきっと会える。 信じてる・・” 風馬の言葉を思い出した。 「・・・柄にもなく・・・。白い羽根に”願掛け”を してしまいました。私の想い人によく似た貴方にまた 出会えるよう・・・」 「・・・風馬さん・・・」 あの言葉は自分に向けられたものではないとわかり かごめはやっぱり・・・。 落ち込む・・・。 でも・・・。 かごめも制服の仲から羽根を取り出す。 「かごめさん・・・私の想い人は・・・。この白い羽根のように心に迷いがなく 真っ白・・・。そしていつも笑顔の優しい・・・」 白い羽根。 白い羽根を見つめる風馬はなんと愛しげな瞳を・・・ (あ・・・私・・・知ってる・・・。この優しい瞳・・・) 知ってる・・・。 知ってるという感覚はあるのに・・・。 思い出せない・・・。 大切な部分だけ・・・。 「・・・かごめさん・・・」 ポタ・・・。 軋んだ床にかごめの涙が 一粒・・・。二粒落ちる・・・。 止まらない・・・。 「ねぇ風馬さん・・・。どうしてだか・・・この涙はなんなのかな・・・。 理由がわからないのに・・・ただ切なくて・・・。風馬さんをみていると・・・。 どこからくるの・・・。この涙は・・・」 「・・・かごめ・・・」 自分の名前を呼ぶ声・・・。 なおさら胸を締め付ける・・・。 「・・・頼むから泣かないでくれ・・・。貴方の涙が一番・・・。 応える・・・」 「・・・。かごめには笑顔が一番だから・・・。な・・・?」 風馬はそっと着物の袖口でかごめの涙を拭った・・・。 限りなく優しい風馬の言葉に 安心感が広がる・・・。 「・・・。風馬さん・・・私・・・」 「・・・かごめ・・・。オレは・・・。 オレの想い人が笑顔で大切な人たちに囲まれて暮らすのが一番の幸せなんだ・・・」 「風馬さん・・・」 「・・・大丈夫・・・。同じ空の下に・・・オレもかごめも一緒に・・・ いるから・・・」 風馬の言葉一つ一つが・・・。 どうしてこんなにあったかいの・・・? どうして・・・。 父のような 兄のような・・・。 大きな優しい海のように・・・。 包まれる・・・。 パチ・・・。 「スー・・・」 風馬の肩によりかかり・・・。 眠るかごめ・・・。 パチ・・・。 火の粉が小さく、小さく舞う・・・。 穏やかな寝息が風馬の顔を綻ばせる。 この世で一番大好きな寝顔。 ずっと。 ずっと。 ずっと・・・ このままでいたい。 このままで。 だが自分にはそんな幸せは許されない。 大切な人の命がなくなる。 自分は・・・。 幾多の人々から当たり前の幸せを、幸せになる権利を 奪った・・・。 「ふ・・・ま・・・さん・・・」 寝言・・・。 微笑みながら眠るかごめ・・・。 どんな夢を見ている・・・? 夢の中だけでいいから・・・。 自分を忘れないで欲しい・・・。 夢の中でいいから・・・。 「・・・お前の・・・夢の中に入りたい・・・。できるなら・・・夢の中で生きたいよ・・・。 かごめ・・・」 風馬は寄りかかるかごめそっと、 自分の膝にねかせる・・・。 許されない幸せ。 だが今宵だけは・・・。 めぐり合えた奇跡に浸っていたい・・・。 今宵だけは・・・。 ”かごめ・・・。元気で・・・。そしてまたいつか・・・” 微かに、眠るかごめに聞こえた・・・。 ピチチチ・・・。 小鳥が水溜りで水浴びをする。 やんだ雨は、 草や木に透明の雫を残して風景を彩る。 「・・・ん・・・」 かごめが目覚めると・・・。 「・・・!?風馬さん・・・!?」 風馬の姿はどこにもなく、ただ、大きな 衣がかぶせられていた。 (この着物は・・・) かごめは手を通してみる。 膝がかくれるほど大きい。 (・・・風馬さん・・・) かごめはぎゅっと着物を抱きしめ、リュックにいれた。 「かごめー!!」 犬夜叉の声。 きっときてくれるとしんじていた。 バアン! お堂の戸を足蹴りして犬夜叉は入ってきた。 「かごめ!ここにいたのか!」 「うん・・・。急な夕立で雨宿りしてたの・・・」 「・・・ちッ。雨さえふらなきゃもっと早く探せたのに・・・」 雨のせいでかごめの匂いが消えてしまい、 夜中さがしていた犬夜叉・・・。 びしょぬれの衣がそれを物語っている 「犬夜叉・・・。もしかしてずっと探してたの?雨の中・・・」 「けっ・・・(照)仕方ねーだろ」 「犬夜叉・・・」 もう二度とかごめを危険な目にあわせられない。 その想いが強く犬夜叉を動かして・・・。 「ありがとう」 「・・・へ、へんッ。か、帰るぞ!」 「うん!」 かごめは犬夜叉の背中に乗った。 いつも自分を背負ってくれるこの背中。 ここが一番大切な場所・・・。 現実(ほんとう)の場所・・・。 でも。 ”かごめ・・・。元気で・・・。それからまた・・・。夢で会おう・・・。 夢で・・・” (夢・・・。あれは夢・・・。優しい一夜限りの・・・) でもまた夢は見られる。 この白い羽根が在る限り・・・。 また・・・会える・・・。 そう、 かごめは信じて新たな旅路を胸に決意する。 空は 珍しい二重の虹が誰かと誰かを結ぶように いつまでも空に架かっていたのだった・・・。 |