第9話 待っていた女

「あの・・・。貴方は誰・・・?どうして私の名を・・・」

「かごめ・・・!やっぱりまだ記憶が戻ってねぇのか・・・もう安心しな。俺が来たからにはもう何も心配はいらねぇ・・・!」

自信満々にかごめの手をぐいっと掴む鋼牙。

「ちょ・・・。何するの!!」

手を払いのけ、風馬の後ろに隠れるかごめ。

風馬はかごめを守るように、近づかせまいと鋼牙の前に立ちはだかった。

「・・・。何だ?お前は・・・。そういや犬っころはかごめはかごめを助けた人間と一緒にいるって言ったたが・・・。てめぇか?」

「・・・だったらどうする」

「へっ・・・。かごめを助けた事は礼を言うが・・・。もうお前はお役ご免だぜ。ひっこんでな!」


風馬を睨み、威嚇する鋼牙・・・。

しかし、風馬も一歩も引かずかごめを渡すつもりはない・・・。

「てめぇ・・・。何のつもりだ?」

「かごめの知り合いなのかは知らないが、手荒なまねは止めろ」

「透かしてんじゃねぇよ・・・。どかねぇなら痛い目みるぞ・・・?かごめを助けた人間だからって容赦はしねぇ!!さてはてめぇ、かごめが記憶がないのをいいことに妙な真似しやがったな!!?」

拳をボキッと鳴らす鋼牙。

その時、かごめがスッと鋼牙の前に立って・・・。
ぶわっちーん!!

鋼牙の頬に真っ赤な手の跡が・・・。

「かごめ・・・?」

一瞬放心状態の鋼牙。

「あんたさっきから何よ!!風馬さんに失礼な事言わないで!!風馬さんがいなかったらあたしは盗賊に殺されてかもしれないのよ!!」

「なんでそんなにこいつの味方するんだ、かごめ!おめぇは俺の嫁になる女なんだぞ!」

「勝手に決めないでよ!ごめんなさい。私は貴方とは一緒に行けない・・・」

「やっぱりかごめ!おめぇ、騙されてやがるな!」

「違いますッ!私は私の意志で風馬さんについていってるの!お願い・・・。私の事はほおっておいて・・・」

「かごめ・・・」

「ごめんなさい・・・。鋼牙・・・さん・・・」

明らかに・・・。自分を見るかごめの目は他人を見る目だ・・・。

「じゃあ・・・。さようなら・・・」
風馬とかごめは呆然と立ちつくす鋼牙を置いて彗に乗り、走り去ってしまった・・・。


一方・・・。

「かごめ・・・。本当によかったのか?あの男はお前のことを知っていたんじゃ・・・」

「・・・。いいです。今は・・・。私の事よりも早く佐助さんを故郷の土に返してあげたいから・・・」

しかし・・・。

鋼牙が言った一言がなんとなくかごめの中でひかっかっていた・・・。


”犬夜叉の野郎が・・・”


(犬・・・夜叉・・・か・・・)




カッカッカ・・・。

真っ白な砂浜。

粒子が細かいのか、サラサラの砂は、蹄の勢いで波の上に舞い上がる。

「海の風が気持ちいいー!」

「そうだな・・・。もうすぐ佐助の村につくぞ。かごめ。しっかりつかまっていろ!」

「はい・・・!」


風馬の腰に手を回し、ぎゅっと身を寄せる。

この瞬間が何よりもドキドキして・・・嬉しい・・・。

「ハッ!」

手綱を力強く引き、颯爽と走る。

潮風に長い二人の髪が靡いた・・・。


佐助の村に付いたふたり。

浜に面した村。

波止場には何艘もの荷を積んだ船が泊まっており、行商人達がせっせと積み荷をおろしていた。

沢山の船が行き来し、遠方からの行商人達で村の宿場は活気づいている。

「にぎやかな村ですね・・・。何だか元気に満ちあふれてる・・・」

「この辺りの村は権力のある武将が異国との商いをするために開いた村だからな・・・。戦が来てもここだけは守られる・・・」

風馬の母は異国の女・・・。

複雑な表情を浮かべる・・・

(風馬さん・・・)

人混みの中、二人が歩いていると赤色の派手な着物を着た女に声を掛けられた。

「風馬?風馬じゃないかーー!」

女は突然、風馬に抱きつき、かごめは仰天。

「風馬、あんた前の戦で行方しれずになったと風の便りで聞いたけど生きてたのかい!」

「ああ。なんとかな。それにしても相変わらず甲高い声だな。小夜」

「へっ。この声があたしの商売道具みたいなもんだからねぇ。宿屋のおかみとしては旅人を呼び込むのにね」

女を『小夜』と呼び捨てにし、親しげな雰囲気。

かごめはなんとなく居心地悪く感じた。

「あら?こちらのかわいいお嬢さんは?珍しい服をきているねぇ。風馬あんたの嫁さんかい?」

足下からかごめをじろじろ眺める小夜。

「あ、あの・・・私日暮かごめと言います・・・」

「初々しい事♪風馬、堅物だったあんたもようやく女に目覚めたってわけかい。いやーめでたいねぇ」

「ち、違う・・・っ。かごめをからかうな・・・っ」

少年のように照れる風馬。

小夜という女はまるで姉のようだ。

「よっしゃ。あんたたち今日はあたしの宿に泊まりな。昔の友にあった記念に盛大に宴会と行こうじゃないか!」

威勢のいい女将・・・。

そのまま小夜に引っ張られ、かごめと風馬は小夜の宿に泊まることになった。

村一の宿だけあって何部屋もあり、異国の旗や家具などもあって女将の気性の様に派手で鮮やかな宿だった。

夜になると、宿ではあちらこちらで宴が始まる。

軽快な鼓や笛の音が響く。

「今日は一晩中踊るよー!」

お女中まで一緒になってのどんちゃん騒ぎ。

かごめ達も威勢のいい大きな鯛の料理に舌鼓をうっていた。

「本当に賑やかですね。このお宿は。うふふ・・・」

「そうさな。宿ってのは疲れを癒す所さ。楽しく賑やかにがモットーなんだよ。ささ、かごめちゃんもおひとつどうぞ」

かごめに徳利で酒を勧める小夜。

「こら。かごめにはまだ酒は早いだろう」

徳利をとりあげる風馬。

「あらまぁ。風馬ったら優しいわねぇ。妬けちゃうわ」

肘で風馬を小突く小夜。

「・・・。人をかわかうな・・・」

少し照れながらぐいっと一口酒を飲む風馬。

この村にきてからの柔らかい風馬の表情になんとなく寂しさを覚えた。

(・・・何でこんな気持ちになるんだろ・・・。風馬さんが楽しそうならそれでいいじゃない・・・)

特に気になったのが小夜との関係で・・・。

「おや?かごめちゃん、箸が進んでないねぇ。料理はまずいかい?」

「いえ。あのそんな事ないです。とっても美味しいです・・・」

かごめは慌てて魚の白身を一口食べた。

「ところでさ、かごめちゃんあんたどこの国のうまれだい?風馬とはどこで知り合ったんだい?聞きたいことが山ほどあるんだよ」

「・・・」

箸をおくかごめ。

「・・・あら・・・。なんか野暮な事きいちまったみたいだね。気を悪くしたらごめんよ」

「違うんです・・・。私・・・記憶がないです。自分の名前以外は・・・」

「・・・!」

「そこを風馬さんに助けてもらって・・・。あ、でも私、いたって元気です。だっておかげでこんな美味しいお魚も食べられたし、楽しいお宿にも泊まれて幸運ですよね。あ、この煮付けもおいしそう!」

箸で芋をつまみ、ほおばるかごめ。

「ふっ・・・。風馬。あんた女見る目、あるじゃないか。私はこういう健気な子が大好きなのさ。男はね、嫁にするならこういう子を選ぶことだよ」

「だっ、だからそれは違うと言っているだろうが!」

でも顔はおもいきり赤面している風馬。

「照れるな照れるな。ふふっ。かごめちゃん、いやかごめって呼ぶよ?さ、今日は思いっきり踊ろうじゃないか〜♪」

「あ、あのちょっと・・・っ」

小夜に強引にひっぱられ、金屏風の前で、円舞させられるかごめ。

小夜の着物がひらっと舞う。

「なかなか筋がいいよ〜。ねぇかごめどうせならうちの踊り子にならないかい?かごめみたいなべっぴんならきっと儲かるよ〜」

「な、なんてこと言うんだ!小夜!」

「はっは〜。本気にしたかい?ふふっ。風馬あんたもまだまだ色恋にはウブイねぇ!ハハハ!さーて踊るよ〜!!」

小夜一声で、隣の部屋の旅人たちも入り交じり、一気に宴は盛り上がった。

かごめも踊り、風馬は小夜にからかわれ・・・。

楽しい夜のひとときをすごした二人だった・・・。

そして。宴も終わり、かごめも床についた深夜。

かごめは何かに気づいて目を覚ます・・・。

波の音が何故だか気になり、そっと浜辺に出ると・・・。

風馬と小夜が居た。

(・・・ふたりっきりで何を話して居るんだろう・・・)

微かに胸の痛みを感じるかごめ・・・。

微かに聞こえてくる二人の声に岩陰から耳を澄ます。

「小夜・・・。実は・・・」

「分かってるよ。風馬・・・。あんたがこの村に来た時から分かってた・・・。・・・佐助の馬鹿のことだろう・・・?」

「・・・。すまない・・・!小夜・・・俺のせいで佐助・・・お前の亭主が・・・」

風馬は頭を下げた。

(小夜さんが佐助さんの奥さん・・・?)

岩陰のかごめは小夜が佐助の妻だったことに驚く。

「頭をあげな。風馬・・・。あんたのせいじゃないよ・・・。どうせもうどっかでくたばってると思っていたし・・・。それに戦を捨てた戦人が落ちぶれて死んでいく・・・。珍しいことじゃない・・・。まだ佐助は幸せだったかもしれない・・・。一番信頼を置く友に見取られたのだから・・・」

「小夜・・・」

風馬は懐から手ぬぐいに包まれた風馬の遺髪を小夜に手渡した。

「せめて髪だけでもお前に渡したくて・・・」

「・・・ 。ったく・・・死んでからも風馬に世話かけて・・・。情けない亭主だよ。まったく・・・」

「小夜・・・」

「・・・。悪いけど一人にしておくれ・・・今は・・・」

「・・・すまない・・・」

風馬は静かに浜辺を去っていった・・・。

一人残った小夜・・・。

遺髪をじっとみつめる・・・。

「馬鹿な亭主だ・・・。こんなちっぽけになって帰ってきやがって・・・。美人の女房を戦ばかり行って置きっぱなしにしておくからバチがあったんだよ・・・」

ケンカ越しの口調だが・・・。

遺髪がこぼれ落ちた滴で濡れた・・・。


『まってろ・・・』当てにならないと分かっていたけれど。その言葉を信じて待っていた・・・。

”小夜。いつかお前をでっかい城に住まわせてやる。だからまってろ・・・”

酒を飲み、息巻いて口癖のようにいっていた佐助・・・。

戦に酔いしれていく佐助が怖かった・・・。

そしてとうとう帰ってこなくなった・・・。

「あたしゃ城なんてどうだっていいのに・・・バカヤロ亭主が・・・」

落胆し、座り込む小夜の背中をかごめはじっと見ていた・・・。

(小夜さん・・・)

小夜の背中が重なる・・・。

一人で泣いていた時の風馬の背中と・・・。

”背中が泣いてる・・・”

ふわッ・・・。

「・・・!」

赤い羽織をそっと小夜にかけたかごめ・・・。

「かごめ・・・」

「・・・。小夜さん・・・。佐助さんの事大好きなんですね・・・」

「・・・な・・・。そんな純な話じゃないさ・・・。こいつがあんまり小さくなっちまったから笑ってやってたのさ・・・」

だけど・・・。涙が出るのは・・・。

涙が出るのは・・・。


心が泣いているから・・・。


かごめは静かに小夜の背中にもたれかかるように座った。

「あたし・・・。もう少しこうしていいですか・・・?。波の音を聞いていたから・・・」

気の強い小夜の泣き顔は見ないように・・・。

記憶がない自分を歌って踊って元気づけてくれた小夜・・・。

小夜の様にはできないけれど・・・。

そばにいてあげたい・・・。

「・・・ふっ・・・。風馬はやっぱり女見る目あるよ・・・」

『男も黙る宿屋『小夜』の女将』の小夜。

今宵だけは・・・。

やっと自分の元に還ってきた惚れた男のため・・・。



しかしその頃・・・。

「ガハッ・・・ッ!」

宿の廊下で膝をつき、激しく咳き込む風馬・・・

口に当てた手の平が・・・。

微量に赤い液体で染まっていた・・・。

「・・・。こ・・・こんなに早く・・・とは・・・」


何かを予感していた様に呟いた・・・。

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