朝が来て、暗闇が消え、辺りが光に包まれても何も感じない。
“綺麗”と感じるはずの朝日も灰色に見える。
かごめは丸一日、ぼう然としたまま俯いて・・・。
「かごめ・・・」
声をかけても無反応・・・。
かごめ自身の言葉すら減ってきていた。
「かごめちゃん・・・。今日ね、法師様ったらまた、女ひっかけてたんだよ。全くどうしようもないよね。あの癖は・・・」
珊瑚はかごめの髪を櫛でときながら今日1日の事をはなす。
しかしかごめの反応は無し・・・。
珊瑚の一人話になってしまう・・・。
犬夜叉がどんなにかごめが好きそうな場所に連れて行ってもなんの感心も示さない。
日に日にかごめは口数が少なくなっていった。
「クソ!!」
ドン!
御神木にもどかしい思いを拳でぶつける犬夜叉。
かごめの姿いたたまれない。
意志のない動かない人形の様に犬夜叉の声すら反応しなくなってきていた・・・。
「畜生!!」
ドン!
もどかしい。もどかしい・・・。
自分は今、こうして御神木に当たることしかできないのか。
はがゆい。はがゆい・・・。
かごめのために、何かできることはないのか。
なにかないのか!
苛つく自分がいかに無力なのだと更にもどかしくなって・・・。
「御神木に八つ当たりですか。犬夜叉」
少し嫌味っぽく弥勒は言った。
「な・・・。なんだよ!お前に何が分かる!」
「ああ、分かりませんね。自分の気持ちしか見えてない奴の事など・・・」
犬夜叉はグッと弥勒の襟元をつかんで睨む。
「てめぇ・・・。偉そうな事いうんじゃねぇよ!俺はずっとかごめために何かできねぇかって・・・ずっと・・・!」
「それが御神木に八つ当たりですか。進歩がないですな・・・」
「じゃあ、俺は一体、何をすればいいんだ!!え?!言って見ろよ!!弥勒!!」
「何故、かごめさまと一緒に苦しまない??」
「え・・・?」
犬夜叉は掴んだ手をそっと離した。
「今一番辛いのは誰だ?かごめ様が苦しんでおられるならば、なぜ、お前はそばにいて共に苦しんだり悩んだりしない??珊瑚も七宝も・・・それぞれ自分に何ができるか考えながら、かごめ様のそばにずっといる。何ができるか考えるのも大切だが、かごめ様の苦しみを少しでもお前も共に分かち合おうとしないのだ??」
「・・・」
苦しみを分かち合う・・・。
かごめに何ができるかよりかごめの苦しみを・・・。
かごめは自分が苦しいとき哀しいとき、『共に』苦しんでくれた。
『共に』泣いてくれた。
かごめの涙を見たら、胸にあった苦しみも哀しみも涙と一緒に洗い流された。
何もしなくてもいい。何もできなくてもいい。
黙ってただ、そばにいることがどんなに、どんなことより大きくて頼りになって心強いか・・・。
それを一番よく知っているのは・・・。
犬夜叉自身のはずなのに・・・。
「ま・・・。確かに私も偉そうなことはいないがな・・・。犬夜叉、お前の立場になったら・・・。ってあら・・・?」
犬夜叉の姿はもうない。
「・・・。ホントにアイツは単純なのですから・・・」
でもそこが・・・。うらやましいとも思う。
全力で大切な人を守ろうとする・・・。
がむしゃらに・・・。
犬夜叉はかごめをもう一度、あの滝へと連れてきていた。
心地良い水音がする・・・。
かごめは相変わらずぼんやりとしている・・・。
「かごめ・・・。俺・・・。別にお前が笑ってようがなかろうがかまわねぇ・・・。笑えねぇなら、笑えるまで一緒にまってやる・・・。かごめが側にいてさえくれたら・・・」
「・・・。うん・・・」
なんとも覇気のない返事・・・。
優しい言葉をかけても、今のかごめには届いてないのか・・・。
やりきれない思いが犬夜叉の心を覆う・・・。
「かごめ・・・」
「・・・」
何も言わないかごめ。
しかし、突然、かごめは滝壺の方を指さした。
「かごめ・・・??」
見ると、山犬らしき動物がバシャバシャとおぼれかけていた!
「・・・。いぬやしゃ・・・」
無表情だが・・・。かごめは何かを訴えるように滝壺を指さした。
“犬夜叉、お願い・・・。あの子を助けて・・・!”
「・・・。わかった!」
犬夜叉は岩を飛び越えて、ジャンプし、滝壺から山犬を救い出した。
幸い、山犬は水を少し飲んだ程度で、目立ったケガはなかった。
しかし、何か様子がおかしい。
うずくまり、息苦しそうだ・・・。
「・・・。こいつ、どっか他にケガしてんのか・・・?」
「・・・」
かごめはふと山犬の腹部が膨らんでいるのに気づく・・・。
かごめはその膨らんでいる部分にそっと手を触れた。
「!」
何か・・・動いた!
お腹の中で・・・。
「いぬやしゃ・・・。赤ちゃん・・・。うまれ・・・そう・・・」
「!!??」
犬夜叉、仰天!
「え、え・・・ええ??か、かごめ・・・。おま、おま・・・お前・・・」
犬夜叉、何か遙かに大きな勘違いをしているらしい・・・。
かごめは顔を横に振った。
そして犬夜叉も山犬の腹部のふくらみに気がつく。
「・・・。なんだ・・・。赤ん坊ってこの山犬の事か・・・(俺はてっきり・・・)」
犬夜叉、勘違いが溶けて安心したご様子。
そんな犬夜叉を余所にかごめは無表情だが、無意識に手が伸び、山犬のお腹をさすっている・・・。
「かごめ・・・」
かごめの心は・・・死んでない・・・。
笑っていなくても・・・。
かごめはの心は・・・ちゃんとここに在る・・・。
犬夜叉は羽織を脱ぎ、山犬にかぶせた・・・。
「・・・。こいつ・・・。震えてるから・・・」
「・・・」
かごめは静かに頷く・・・。
犬夜叉も少し照れながら、かごめ手にそっと自分の手を添えて山犬のお腹を撫でた・・・。
例え、かごめの感情がおかしくなっていても、手のぬくもりは変わらない。
・・・永遠に離したくない温もり・・・。
「いつ生まれるんだ」
辺りが暗くなっても山犬の子供は一向に生まれてくる気配はない。
ただ、破水だけはしているのだが、陣痛の痛みのせいか山犬はぐったりしている・・・。
「・・・なんだ??ねちまったのか・・・??こいつ・・・」
のぞき込む犬夜叉。
かごめはそっと山犬を膝の上に乗せ、優しく撫でる・・・。
感情がうまく出せないが、ただ、今、目の前にいる苦しそうにしている山犬の荒い息づかいだけは聞こえてくる・・・。
かごめの手は自然に山犬を包んでいた・・・。
「これでいいのか?かごめ??」
かごめが頷く。
犬夜叉はかごめのハンカチを濡らし、しぼってかごめに渡した。
受け取ったかごめは、ハンカチで山犬の体についた血や汚れをそっと拭いた。
そしてさっき楓の小屋にもどって持ってきた懐中電灯で辺りを照らし、タオルを準備した。
子犬がいつ生まれてもいいように・・・。
かごめはずっと山犬のおなかをなでる・・・。
かごめの介抱も効いていないのか真夜中になっても産まれない・・・。
しかし、かごめはなで続ける・・・。
「かごめ・・・。お前、眠った方いいんじゃないのか・・・?後は俺が・・・」
かごめは激しく首を横に振った。
「かごめ・・・」
手に感じる・・・。
動く命・・・。
生まれてこようとしている命が・・・。
笑い方を忘れてしまっても、感情の出し方を忘れてしまっても・・・。
何かしたい・・・!何かしたい・・・!
必死に生まれてこようとしている命のために・・・。
何かしたい・・・!
かごめの心に少しずつその思いがわき上がって・・・。
生まれておいで・・・!
生まれておいで・・・!!
砂漠のように乾いたかごめの心に水が一滴溢れた・・・。
その時・・・。
クワゥウン・・・。
気張った山犬の鳴き声と共に・・・。
「あ・・・!」
5匹の小さな小さな命達がいっせいにお腹から外の世界へとはい出てきた・・・!
両手に収まってしまうほどの小さな命が・・・。
「おい!かごめ・・・!生まれたみてぇだぞ!かご・・・」
ポロ・・・。
丸い真珠の様な一滴が・・・かごめの瞳から地面に落ちた・・・。
「かご・・・め。お前・・・」
「うま・・・。うまれたね・・・。うまれたね・・・。よか・・・った・・・。よかった・・・。よか・・・よか・・・よかった・・・」
乾いていた感情が、止まっていた感情が、涙と一緒に・・・沸き出す。滝のように、一成に・・・。
溶けた氷の様に・・・。
「かごめお前・・・。元に・・・」
キュゥン・・・。
かごめはまだ目も見えていない子犬をそっと両手に包み込む・・・。
「・・・。ちっちゃい・・・。ちっちゃいよ・・・。犬夜叉・・・。こんなちっちゃいんだよ・・・。・・・あったくってやわらかくって・・・。生きてるんだね・・・。こんなにちっちゃいけど・・・。一生懸命・・・生きてる・・・」
そう・・・。どんなに小さくても生きてる・・・。
そしてその温もりを感じているかごめも
かごめを優しく見つめている犬夜叉もみんな、みんな、生きてる・・・。
生きていることを確かに、感じている・・・。
小さいけど確かな存在を手の中に感じる・・・。
それが嬉しくてホッとして・・・。
涙が止まらなかった・・・。
「けっ・・・。いつまでも泣いてんじゃねぇよ・・・」
犬夜叉は羽織の袖口でかごめの涙をそっと拭ってやった。
「ごめん・・・。ごめん・・・。犬夜叉・・・。ごめん・・・」
フワリ・・・。
今度は犬夜叉が・・・両手でかごめを包んで抱きしめた・・・。
「犬夜叉・・・」
「・・・。心配かけやがって・・・」
「・・・ごめん・・・。犬夜叉・・・」
「謝ることねぇ・・・。でもよかった・・・。元に戻って・・・」
今まで何度かこうして抱きしめられたことはあったけど・・・。
一番優しく心地いい・・・。
犬夜叉の心がすぐ側に感じた・・・。
「ん・・・?」
何だかくすぐったい
見ると、かごめの指を誰もおしえてはいないのに、目をつむったまま、母のお乳を求めるようにペロペロと必死に舐めようとする。
誰もおしえてはいないのに・・・。
「ふふ・・・。くすぐったいよ・・・。ふふっ・・・」
木の葉で手のひらに文字を書かれている時みたいに、くすぐったくて・・・。
「ねぇほら。犬夜叉、手かして」
犬夜叉の手の甲を子犬の口元にもっていくかごめ。
ぺろっとなめられる。
「んなっ・・・。こいつ・・・。俺の手、喰おうとした!」
犬夜叉、思わず手をひっこめる。
「違うよ。犬夜叉。お母さんのお乳だと思ったのよ」
「なっ・・・。なっ・・・!!」
犬夜叉、思いっきり赤面。
そんな犬夜叉のあわて様が可愛くて、楽しくて・・・。
かごめの頬は自然にゆるむ・・・。
「ふふ・・・。うふふふ・・・ははははは・・・。犬夜叉ってば・・・」
何日ぶりだろう・・・。
もどった・・・。かごめに・・・。とびきりの笑顔が・・・。
「犬夜叉・・・。あたし・・・。なんか無理してた・・・」
「え・・・?」
「いつも犬夜叉のために笑っていようって思った・・・。でもそうじゃないんだよね・・・」
かごめは犬夜叉の手をそっと握る。
そして犬夜叉に向かってこういった。
「あたしは・・・。いつも犬夜叉と一緒に笑っていたいから・・・」
かごめが笑ったその向こうの滝壺に・・・。
虹が・・・見えた・・・。
「あ・・・。犬夜叉、ほら!虹だよ・・・!」
滝壺のしぶきでできた虹・・・。
太陽が昇り、キラキラしぶきが光、それに七色の橋が輝く。
でも・・・もっとまぶしい存在がが犬夜叉の隣に光っている。
絶え間なく・・・。絶え間なく・・・。
「かごめ」
「何?」
「い、いや・・・その・・・」
“お前が生きていてくれるだけで俺はいつでも微笑むことができる・・・”
その気持ちを伝えたいけれど・・・。
うまくいかない。
でもそんなもどかしさも自分らしくて好きなのかもしれない。
「犬夜叉」
「な、何だよ」
「月並みだけど・・・。心が無くなってた間、ずっと側にいてくれててありがとう。嬉しかった・・・」
犬夜叉、照れ隠しに上を向く。
「お、おう・・・」
七色の虹。
輝いている・・・。
かごめのとびきりの笑顔と一緒に・・・。
私も時々、誰かと話をしているとき、無理にひきつった笑いをしているなと感じることがあります。「あ、この辺りで笑って空気を柔らかくしないと息苦しく感じられる」なんて頭の中で思っちゃって、後になってすごく気疲れするときがあります。
だからきっと相手も重苦しい空気が伝わったと思いました。そういうのが繰り返されると、そのうち喜怒哀楽する事自体がめんどくさいな・・・なんて感じることもありました。
笑うことが大切なのは分かるんですが、いつでもどんな時も笑っていようというのはなかなかできるものではないと思います。哀しい時は一時は徹底的に悲しんだ方がすごくラクです。
だから、『笑えないときは笑えるまで待てばいい』と犬に言ってもらいました。かごめちゃんの笑顔がすごく人を和ませるのは、ごく自然に心から溢れた気持ちだから・・・だと思います。
きっと犬もそんなかごめちゃんの心に惹かれたんでしょう・・・。「かごめちゃんの笑顔は百万ボルト!」
なとど、吠えながらこのノベル描いていたときの私の顔はかなりハイテンションでございました。一体どんな顔していたのやら・・・(こわっ・・・)