霧雨

楓の小屋で休んでいた犬夜叉の前に、まるで迎えにきたというように使者の様

に死魂虫が寄ってきた。

“誰”の使者か、かごめの胸はドキッと痛む。

二人は複雑に互いを見合う。

犬夜叉はかごめに何て言っていいやらわからない。

でも・・・行かないわけにはいかない。

自分を待っている魂があるから・・・。

それはかごめも分かっている。

誰より分かっている・・・。

「かごめ・・・」

「犬夜叉、あたしは大丈夫だから・・・。だから行って・・・」

「かごめ・・・。すまねぇっ・・・」

身を切られるような思いで犬夜叉は、死魂虫に導かれて森の中に入っていく犬夜叉・・・。

赤い背中が森の中に消えて・・・。


“行かないでよ・・・!”

そう、叫べたらどんなにいいだろう。

でもできない。

犬夜叉はいかなくてはならない。

定められた運命。

切れ目のない糸のように絶えないつながりに自分はどうすることもできない。

それすら受け入れようと決めた自分。

だから、待つ。

ここで帰ってくる犬夜叉を待つ・・・。

出会った木下で・・・。


雨が降ってきた。

激しくはない小降りだ。

笹がきの様な細い雨は、優しく静かに降る。

「かごめちゃん、中で待っていたら。濡れちゃうよ・・・?」

「いいの。何だか濡れたい気分なんだ。すごく気持ちいいから・・・」

珊瑚は小屋の中から風邪をひかないかと心配そうに見つめる。

犬夜叉を待つその心うちは自分が思うより遙かに切なくて、苦しいんだろう・・・。

それでも笑顔でいるかごめが痛々しかった・・・。

雨降る外を静かに歩くかごめ。

霧雨はかごめをゆっくりと濡らす。

優しい雨だから、ひんやり体に染みて気持ちいい・・・。

足下に咲く露草を一本ぬくかごめ。

白い花が水滴にぬれて、しっとりしている。

いつもならきっと可愛いな・・・と思うはずなのに、心は別のことばかり考えてしまう。

浮かぶのは・・・。

犬夜叉と桔梗の事。

自分がいないところで

何を話しているのか、

何をしているのか・・・。

自分などこの露草に光る雫ほどにも、入り込めない二人の世界で、何を語り合っているのだろう。

妙に想像力が働く。

自分でも嫌なくらいに・・・。

最後に浮かぶのは・・・。

雨の中、抱きしめ合う犬夜叉と桔梗の姿。

絵になるほどきっとその光景は雰囲気が漂っているのだろう。

そして、自分はいま、一人・・・。

震えるくらいに胸が痛みを押し殺しながら、犬夜叉を待っている・・・。

泣かない・・・。

絶対に泣かない・・・。

この切なさを貫き通すと決めたのは自分だから、絶対に泣きたくない・・・。

かごめの瞳が濡れる。そしてこぼれる。

今、頬に流れたのは涙じゃない・・・。

雨の滴・・・。

かごめは必死に涙を止めようとした。

泣かない、泣きたくない・・・。

だけど、胸にこみあげる嫉妬と切なさが行き場を失って涙に変わる・・・。

霧雨と涙が混ざり合う・・・。

かごめの涙を隠すように静かに降り続ける・・・。

もっと降ればいい・・・。

もっと・・・。

かごめは目と閉じて、雨に打たれた・・・。



森から犬夜叉が出てくる・・・。

雨が降っていたのに今気付いた犬夜叉。

霧雨の向こうにかごめが一人立っている・・・。

(かごめ・・・?なにやってんだ・・・?)

雨のシャワーを自分から浴びるようにただ、立っている・・・。

目を閉じて、顔を上げて・・・。

(ずっと・・・。この雨の中を待っていたのか・・・?俺を・・・)


桔梗の元へ行ったいた自分を、自分を送り出してくれた場所で待っていた・・・。


嬉しさと後ろめたさが犬夜叉を包む。


こんな自分を待っていてくれた。


かごめ・・・。


かごめが待っていてくれる。

この雨の中で。


待っていてくれた・・・。


待っていてくれた・・・。

「かごめ、なにやってんだ・・・」

「犬夜叉・・・。おかえり・・・」

「バカ野郎・・・。濡れてんじゃねぇか・・・。なにやってだ・・・」

「うん・・・。ちょっとね・・・。雨が気持ちよくて・・・。それに露草が綺麗なの・・・」

かごめはしゃがんで足下の露草を見つめた。

「風邪ひくぞ・・・」

「大丈夫・・・。大丈夫だから・・・」


犬夜叉はそれ以上何も言えなかった。

自分には・・・。

何かをいう資格などない・・・。

できることは・・・。

雨の冷たさからかごめの体を守ってやることくらいだ・・・。


バサッ・・・。

犬夜叉は自分の衣をかごめに着せた・・・。

「犬夜叉・・・」

「体が冷えたら大変だ・・・。それ着てろ・・・」

「ありがとう・・・。でもそしたら犬夜叉が・・・」

「俺は風邪なんかひかねぇよ・・・。心配すんな・・・」

「うん・・・」

優しい犬夜叉。

でもこういう時の優しさ程、痛いものはない。

それでも、犬夜叉の匂いのする衣をかぶると心のそこから安心する・・・。

心から・・・。


「・・・。犬夜叉。犬夜叉も入って・・・」

「え・・・?」

衣の中に犬夜叉を誘うかごめ。

「一緒に露草、見よう。ね・・・」

「かごめ・・・」

犬夜叉はかごめに言われるまま、腰をおろし自分も衣半分かぶった・・・。

衣の両端をかごめは右手で、犬夜叉は左手で持つ。

足下には、小さくて白い露草が無数に咲いていた・・・。

「あたしね・・・。晴れの日も勿論好きだけど、こういう雨の日も好きなんだ・・・。花や木がしっとりしてとっても綺麗だから・・・」

「・・・」

「それにこんな素敵な相合い傘、できるんだもん。ね・・・。雨もいいね・・・」


(かごめッ・・・)


犬夜叉の体全身に、かごめを衣ごと抱きしめたいという衝動が激しく走る。


でも・・・。


できない・・・。


たった今まで、自分は桔梗と会っていた・・。


そんな自分がかごめを抱きしめたいなんて・・・。


でも・・・。でも・・・。


「!」


空いている右手でかごめの肩を引き寄せる犬夜叉・・・。

「犬夜叉・・・」

「これで寒くない・・・。どれだけ雨が長く降っても・・・な・・・」

「うん・・・」


力強く抱いたかごめの肩は、細く折れそう・・・。


それでもこの肩が震えないように、冷えないように


ずっと守りたい・・・。


犬夜叉は強く、強くそう思った。


霧雨はまだ止まない・・・。


赤い衣の下で雨宿りさせたいのかもしれない。


切ない二人をいつまでも一緒にいるようにと・・・。


いつまでも、いつまでも・・・。


止まなかった・・・。


FIN