小さな命をたぐり寄せ、そして抱きしめる
後編

楓の小屋に戻り、とりあえず、汚れてボロボロの着物を脱がせ、かごめのパジャマの上着を着せた。


「これはひどいな・・・。何故もっと早く手当しなかったのか・・・」

「・・・」

村人達を思い出す。

悔しい気持ちが蘇り、かごめは唇をキュッと噛む・・・。


「ともかく、皮膚に聞く薬草を擦ってはってみるか。かごめ、珊瑚、手伝ってくれ」

「はい!!」


薬草を手当たり次第、すりつぶし布に塗りつけそれを少女にはりつけた。


「ンギャアアア・・・ッ!!!」


しかし、薬草は効くどころか湿疹に痛くしみた様で少女は激しく体をよじって悲鳴をあげた。


「ごめんね、ごめんね・・・」

かごめ達はすぐさま湿布をはがした。


他の薬草も試してみたがどれもしみて少女は痛がった。


「ど、どうしよう・・・。楓おばあちゃん・・・。他に治療方はないの・・・?」

涙目のかごめ・・・。


「・・・。ワシが知っておる薬草はこれがすべてじゃ・・・。あとはどうにも・・・」

「・・・。珊瑚ちゃんは!?ねぇ珊瑚ちゃん何か分からない!?」

かごめはすがるように珊瑚に尋ねた。

「・・・。ごめん・・・。あたしにもこれ以上は・・・」


「そんな・・・。そんな・・・」


かごめは落胆し、座り込んでしまった・・・。


そんなかごめに犬夜叉は一喝・・・。


「・・・。しっかりしやがれ!!かごめ!!あきらめんな!!お前らしくねぇだろ!!」


犬夜叉の言葉にハッと我に返るかごめ・・・。


「そうよね・・・。あたしが落ち込んでる場合じゃない・・・。この子はあたしが必ず・・・助けるんだから!!!」


かごめはそう叫ぶとリュックの中から桶を持って、飛び出していった。


「かごめちゃん・・・。どこ行ったのかな・・・。でも犬夜叉、今、格好良かったよ」


「なっ・・・」


「ですな。かごめ様を励まして・・・」


「べ、別に俺は・・・」


犬夜叉は少女をチラッと見た・・・。


「俺は別に・・・。かごめと同じ気持ちなだけだ・・・。このガキを助けたいから・・・」

弥勒も珊瑚も七宝も・・・。少女を見つめる・・・。


こんなに小さい命・・・。


村人達に惨く扱われ、更にその命まで奪われようとしていた命・・・。


なんとしても救いたい!!


その思いは皆・・・一緒だから・・・。


ガタッ!!


「ハァハァ・・・」

かごめは息せき切って、桶に水をたんまり組んできた。


「かごめ・・・。一体どうする気じゃ?」

「・・・。分からないけど・・・。とにかく体の汚れを綺麗にしなくちゃ・・・。弟の草太もね、汗疹の時はとにかく体を綺麗にしたの・・・。汗をかいたらすぐに着替えて・・・」


かごめは綺麗な布と水で少女の体をくまなく拭いた。


痛がらないように、撫でるように・・・。


しかし、拭いて拭いても斑点からは黄色い汁が溢れ、布にこびりつく・・・。


かごめは諦めず、次の日の夜になっても、汁が出ればふき取り、少女の汗を拭った。


何度も何度も・・・。


新しい白い布で、体中を綺麗に拭く。

血やら汁やらでかごめの服も汚れていたが、そんな事など気がつかない。


かごめは少女の痩せて細く、そして、ふやけてぐちゃぐちゃな皮膚を優しく拭く・・・。


同じ動作を繰り返し繰り返し・・・。


「おかぁ・・・。おかぁ・・・。お・・・みず・・・お・・・みず・・・」


そして少女が水分を求めるとかごめは口移しで飲ませる・・・。


唇が染みないように少しずつ、少しずつ・・・。


三日三晩かごめは少女の介抱をやり続けた・・・。


「かごめちゃん、変わろうか・・・?」


「ううん・・・。大丈夫・・・」


「いくらなんでももう無理だよ全然寝てないじゃない・・・」

かごめの瞳の下は黒いクマができて・・・。


「大丈夫だから・・・。あたしにやらせて・・・お願い・・・。どうしてもこの子を助けたいの・・・」

「でも・・・」

明らかに疲労が見えるかごめ・・・。だが、かごめは桶の水を取りかえようと立ち上がった。


「かごめちゃん!!」


足がふらつくかごめを犬夜叉が受けとめる・・・。


「バカ野郎・・・。てめぇの体が参っちまったら意味ねぇだろ・・・。水は俺が組んでくる・・・。お前はガキのそばについていてやれ・・・」


「有り難う・・・。犬夜叉・・・」


かごめは少女の隣に横になり、少女に布団を掛けてやる・・・。


「お・・・かぁ・・・。おかぁ・・・どこ・・・。かゆい・・・かゆいよ・・・」


痒さに我慢できず、顔を掻きむしろうとする少女の両手をかごめはぎゅっと握りしめ何度もつぶやく・・・。


「ここにいるよ・・・。ここにいるよ・・・」


「ここにいるからね・・・」


「お・・・かぁ・・・」


かごめの声に安心したのか、かきむしろうするのをやめた少女・・・。


か細い少女の声が弥勒にも珊瑚にも七宝にも楓にも堪らなく、切なく染みこむ・・・。


そして願う・・・。少女の元気な姿が見たいと・・・。


願う・・・。


登る朝日に・・・。


チュンチュン・・・。


雀の囀り・・・。


楓の小屋の冊子から朝日がこぼれ、かごめの顔を照らす・・・。


そのかごめの頬を細く小さな指がくすぐる・・・。


「ん・・・」


ゆっくり目を開けるとそこには・・・。

「おかぁ・・・」


まっすぐにかごめを見つめるまんまるい少女の瞳が・・・。


「!!」


かごめは飛び起き、少女の手足の様子を見る。


あんなに酷かった斑点は赤みが大分薄れ、その患部から出ていた汁も出ていない。


何より、少女の顔の斑点はかなり消えていた・・・。


「よかった・・・。嗚呼、よかった・・・。治ってる・・・治ってるよ・・・」


少女の体を何度も見回すかごめ・・・。


感極まって頬に伝う涙・・・。


そんなかごめを少女は不思議そうにじっと見つめた・・・。


「だあ・・・れ・・・。ここは・・・どこ・・・?」


少女は震えながらかごめに尋ねる・・・。


「あたしはかごめ・・・。もう大丈夫よ・・・。安心して・・・。きゃッ・・・」


少女を抱きしめようとしたが少女はバッとかごめの手から離れ、楓の小屋の隅に走って頭を両手でかかえて縮こまってしまった・・・。


「・・・どうしたの・・・?」


「いやぁああ・・・んッ・・・。恐い、恐いよぉ・・・っ。おかぁ・・・ッ助けてぇええ・・・。恐いよぉッ。叩かないでぇ。ごめんなさいごめんなさい・・・ッ。そんちょうさん、ごめんなさい・・・ッ」


怖がっていたかと思えば、かごめに向かって土下座し謝る少女。


錯乱状態だ・・・。


その少女の様子から少女が村でどんな目にあってきたか犬者達は察する・・・。


「・・・この子・・・。村の奴らから暴力を・・・」


「・・・。親無しと言ってこんな幼子に暴力を振るい、挙げ句病気になったらそのままにしておくなど・・・。悪党妖怪より劣る・・・」


風穴の拳をぐっと握る弥勒・・・。


「・・・人間の大人なんて大嫌いじゃ・・・。大嫌いじゃ・・・」


七宝も俯く・・・。


「・・・。可哀相すぎるよ・・・」


珊瑚はぎゅっと雲母を抱きしめていった・・・。


小屋の隅で、震える少女にむかってそっとかごめは近づく・・・。


「大丈夫よ・・・。あたしはね・・・。かごめって言うの・・・」


「かご・・・め・・・」


「そう・・・。かごめよ・・・」


「・・・どう・・・して・・・。ないて・・・る・・・?」


「・・・。あなたがね・・・いきてくれたから・・・。大好きだからよ・・・」


少女は不思議そうにじっとかごめを見つめる・・・。


そしてゆっくりと近づき・・・。


「・・・。かご・・・め・・・。だっこ・・・。だっこ・・・。だっこ・・・。だっこ・・・」


両手を広げてだっこを求めた・・・。


かごめは思いっきり少女を抱き上げる・・・。


「うわぁああん・・・ッ」


少女はかごめの温もりに安心したのか、ホッとしたのか堪っていた恐怖心をを一気にはき出すようにわめく様に泣いた。


少女の泣き声は、悲痛で・・・。


皆の耳と心に響く・・・。


「うわあああんッ・・・。あううううぅ・・・」


かごめは少女が泣きやむまでいつまでもずっと・・・。


小さな体を離さなかったのだった・・・。


悲痛な少女の声・・・。


しかし少女は生き延びた・・・。


犬夜叉達の願いで・・・。


消えかかっていた小さな命が再び灯ったのは確かだから・・・。




最初は命を助けたかごめ達すら怖がっていた少女・・・。


それでも、一日

一日、ゆっくりと犬夜叉達、特にかごめと一緒にすごす時間が長くなるにつれて少女の心はほぐされていった・・・。


かごめは何時間も少女をだっこし続けた。

絡まった糸を一本一本ほどくように・・・。少女の心をほぐして・・・。


そしていつからか、少女はかごめの事を「かごめお母さん」と呼ぶようになった。


野原。


丁度新緑のが深まって草のいいにおいがしている。



「かごめお母さん、この花はなあに?」


「なずなっていうのよ。可愛いでしょう?」


「なずな・・・なずな・・・。きれい。きれい・・・」


なずなの花を見つめてにっこり笑う少女。


「ねぇ。貴方のお名前は・・・?まだ、聞いてなかったけれど・・・」

「なまえ・・・?なまえ・・・。わかんない・・・」


「わからない・・・?」

「あたし・・・。おかあ、あたしうんですぐ死んじゃったから ・・・。だからなまえ、知らない・・・。そんちょうさんたち、『おやなし』ってよんでた・・・」


「そんな・・・」


かごめは少女を膝の上に乗せた。


「・・・。かごめおかあさん、なずな、いいにおいだね。とってもいいにおい・・・」


「そう・・・?じゃあ・・・貴方の名前・・・『なずな』ちゃんって呼んで言い?」


「あたし・・・のなまえ?なず・・・な?」


かごめはなずなの花を少女の髪にさした。

「あたし、なずな、なずな?あたしの名前、なずな!」

「そうよ。貴方はなずなちゃん。よろしくね・・・」

「わあい!なずな、あたし、なずなぁ!」

小さな白い花の様に、なずなささやかにでも、春のようなあったかく、嬉しそうに笑った・・・。


しかし、その笑顔は実に痛々しく・・・。


顔や手足には水泡の跡や掻きむしった傷跡が残り・・・。


おかっぱの髪は綺麗に洗ったけれど・・・。


小さな耳の上は髪は抜け落ち地肌が見え・・・。


女の子なのに・・・。


綺麗だと思う花を髪に挿したりもしたいだろう・・・。


かごめは花を何本もつみ、束ね、それを少女の抜け落ちた髪の部分に挿して飾る・・・。


「とっても可愛いよ。なずなちゃん・・・。とってもとっても可愛い・・・」


「かわいい?なずな、かわいい・・・?」


「うん、とってもとっても可愛いよ・・・」

すると少女は手にもっていたなずなの花をかごめの髪にも挿し、こういった。


「いっしょ。かごめおかあさんといっしょ。かわいい、かわいい・・・」


少女は笑う。


かごめと同じなのが嬉しくて、笑う。


かごめが少女にかけた優しさは、小さななずなの花に込められて、倍になってかごめに返されて・・・。


「ありがとう。なずなちゃん。ありがとう・・・」


かごめは少女を力一杯、両手で包む・・・。


自分でいいならば、沢山沢山愛してあげたい。


今までこの少女が傷ついて、傷ついて、その痛みすら誰にも言えない程に傷ついた心と体を


自分でいいなら、非力だけど 自分でいいなら・・・。

愛してあげたい。いや、愛したい。


尊びたい・・・。


生き長らえたこの命をたぐり寄せて・・・。


なずなやすみれ、沢山の花が風に揺れる中・・・。


固く抱きしめ合うかごめと少女の姿がも一緒に揺れていた・・・。




野原全体をを見渡せる丘の上で遠目に犬夜叉達がかごめ達を見守っている・・・。

「妬けますか。犬夜叉。あの子にかごめ様をとられて」

「なっ・・・。あのな、そこまで俺はガキじゃねぇ・・・」


犬夜叉は少女を抱くかごめを見つめる・・・。


自然に犬夜叉の表情も綻んで・・・。

必死にかごめが救おうとした命。


その命を抱きしめるかごめ・・・。


喜びが笑顔に満ちあふれて、


犬夜叉の心にも伝わる・・・。

「・・・。かごめ様、綺麗な笑顔ですなぁ・・・」

「そうじゃな、おかあみたいだ」

「ホントだね・・・。あたしも何だか母上を思い出しちゃいそうだよ。」

「犬夜叉、お前もそんなかごめ様に惚れたんだな・・・」

そう言って肘で犬夜叉を突くが・・・。

「・・・」

弥勒のからかいにも反応しないくらいに犬夜叉はだまってかごめを見つめて・・・。


穏やかに・・・。

「・・・。ふう。つまらんですなぁ・・・。珊瑚、七宝、我々は退散いたしましょう。犬夜叉には我々など見えていないらしいですから・・・」



犬夜叉が一番大好きなかごめの笑顔。


その笑顔にどれだけ幸せな気持ちにさせてくれるのか。


自分が一番良く知っている。


きっとあの少女も・・・。


犬夜叉はいつまでも、かごめと少女を見守っていた・・・。


「あれ・・・?なずなちゃん?」


やっと少女が安心して笑える場所ができた・・・。


かごめの胸の中の少女・・・ 。


花畑のゆりかごに揺れれて・・・。


心の底から安心して・・・。


眠った・・・。


FIN


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