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野仏
〜魂の居場所〜

”すまねぇかごめ・・・。お前を一人にして・・・。俺はもうお前の側からはなれねぇ!”


犬夜叉はそういった。


そう言ってくれたけど・・・。


犬夜叉はきっと桔梗が見つかれば行ってしまうだろう・・・。きっと・・・。


しょうがないのよ・・・それが犬夜叉だから・・・。

そんな犬夜叉を好きになったのはあたしなんだから・・・。


新生した赤子との奈落と対決し、かごめを無事救出した犬夜叉達。

楓の村に戻った一行は久しぶりに体を休め、次なる闘いに備えていた。

そして犬夜叉といえば・・・。楓に桔梗が死んだと告げる。


「すまねぇ。楓ばばあ。桔梗をまた救えなかった・・・」


そうわびる犬夜叉に楓は優しく「もうお前も苦しむな」と応えた・・・。


その様子を実家から帰ってきたかごめが珊瑚から聞いた。

「そう・・・。楓おばあちゃんと犬夜叉がそんなことを・・・」

うつむくかごめ。

「あ、もしかして、あたし、余計な事言っちゃったかな・・・?」

「あ、ううん。そんなんじゃないのそんなんじゃ・・・気にしないで」


楓の小屋でリュックの中の荷物を整理するかごめ・・・。

自分を気遣ってくれる犬夜叉だったが、もういつもの犬夜叉に戻ったと思ったが・・・。


(・・・そうよね。そんな簡単じゃないよね・・・。そんな簡単じゃ・・・)


犬夜叉の心うちが分かりすぎるほどかごめにはわかる。


犬夜叉が桔梗の事を救いたいと思う心はかごめ自身が一番知っているから・・・。


じゃあ、あたしはどうすればいいんだろう・・・。


かごめは考える。


落ち込む犬夜叉に自分ができることは何か・・・。


そんな事を考えながらかごめが村の中の田圃のあぜ道を歩いていると、田んぼの淵で少年が何かに向かってしゃがんで手を合わせていた。

(何だろう・・・?)


かごめも少年の視線に合わせ、しゃがむ


「ねぇ。貴方、何を拝んでいるの・・・?」


「おっかあが静かに眠れますようにって」

「おっかあ?」

少年は足下を指さした。

足下に50センチぐらいの小さな像がぽつんと置いてある。

その石の像には、人間の女性の姿が掘られていた・・・。

「これが・・・。おかあさん?」

「そうだ。おらのおっかあだ」


一見すると只の石像・・・。しかし少年は優しそうにその像を見つめている。


「おっかあは妖怪にやられちまった・・・。でもおっかあの心はこの中にあるんだ。あっておらをいつも見守ってくれてる・・・。だからおらいつもこうしておっかあに「ありがとう」って言ってるんだ」


「そうなの・・・」


少年の話を聞いて、その石像の表情が本当に優しく見えてきた・・・。


「ねぇちゃん、『あの世』ってホントにあるのかな?」

「え・・・?」


少年の突然の質問にかごめは戸惑った。

「おら・・・。あの世なんてないと思う。よく父ちゃんが『あの世に母さんはいる』って言うけど、オラはね、母ちゃんの魂はオラの心にも、父ちゃんの心の中にあると思うんだ。おっかあの笑顔も匂いも 癖も、料理の味も 全部オラ達が体全身で覚えてるんだ。だからおっかあはね・・・。オラの心に生きてるんだ。オラが生きている限り・・・」


そう言いながら少年はその像を手ぬぐいで磨く・・・。


大事に大事に・・・。


丁寧に丁寧に・・・。



少年は手がこすれるほどに磨く。光るほどに磨く・・・。


少年の優しさがかごめにも伝わって・・・。


「あたしも手伝うよ」


かごめは制服のスカーフを取ってもう一個の方の像を磨く・・・。


少年と一緒に。

「ありがとう。ねぇちゃん」


それからかごめは少年の母の話を沢山聞いた。


笑うとえくぼがでること。


夫に隠れて銭を水瓶の底にためていたこと。


山芋の煮付けが最高に美味かったこと・・・。


いたずらをしてきつく叱られてもその後で、ぎゅっと抱きしめてくれたこと。


そして・・・。おっかあが大好きだということ・・・。


かごめはまるで母親が本当に少年のすぐそばに居るような気がした。


少年を見守る母の存在のぬくもり・・・。


「ねぇちゃん」


「なあに?」


「おっかあの事、ずっと心の中で覚えていてね。そしたらほら・・・。ねぇちゃんの心の中にもおっかあの魂が住めるから」

「魂が住める・・・?」

「そう。こうやっておっかあの事を誰かに伝えていくことがオラの仕事だと思ってる。みんながおっかあの事沢山の人に伝わればおっかあの魂はずっと、生きていられるから」


少年はまっすぐな、雲一つない青空の様な澄んだ瞳言った。



少年の言葉一つ一つがかごめの心に刻み込まれる。
「うん・・・。もう住んでるよ。貴方のお母さんが優しくて強い人だったこと、それからね、とても貴方の事が大好きだった・・・ことも私、忘れないよ。私の友達にも貴方のお母さんの事、沢山お話するね」


かごめの言葉に少年はニコリ笑う。


真っ白な白い歯をのぞかせて。


「ありがとう!ねぇちゃん。おっかあ、よかったな!また、おっかあの事を知ってくれた人が増えた。よかったな、よかったな・・・」


少年はそう呟きながら、更に石像を拭く。


石像はそれに応えるように汚れがとれ、綺麗に、そして優しい顔になっていく。



「よかったな、おっかあ、よかったな・・・」



少年の事が一つ一つが


かごめの心に響いていく。


大切な誰かをなくした痛みを包み込むように。


魂の居場所を見つけるように・・・。


それからまたしばらくかごめは少年の母親の話をじっくりと聞き入っていたのだった・・・。



楓の小屋に戻ったかごめはあの像の事を楓に聞いてみた。

「それは『野仏』じゃな」

「のぼとけ・・・?」

「そうじゃ。神社や社に大切に奉られている地蔵や像と違い、野仏は字の如く、その辺のくさっぱらやあぜ道においてある。災害や飢饉にみまわれた村人達が不安などを拭うため、また亡くなったちを想って造った石像の事じゃ。身近な地蔵・・・といったところかのう・・・」

「ふーん・・・。野仏かぁ・・・。それってどんな石で造るの?」

「さあのう・・・。石ならば特にこれというものはないが・・・」

「わかった。おばあちゃん、ありがと!」


かごめはそれだけ聞くとすたすたとどこかへ走って出ていった・・・。


一体、なんだと首を傾げる珊瑚と楓。

「かごめちゃん元気になってよかったね・・・。楓様」

「ああそうじゃな・・・」

「でも・・・。そんな簡単じゃないよね・・・。あの二人にとっては・・・」


犬夜叉と楓の話をした時のかごめの曇った表情が珊瑚は気になっていた。

そして犬夜叉も然り・・・。


「・・・何にしても。かごめを守らねばならぬな。絶対に・・・」

「うん・・・」


(そして琥珀を取り戻す・・・。絶対に・・・!)


珊瑚はそう心に誓いながら、飛来骨を丹念に磨いていた・・・。


一方かごめは・・・。河原にいた。


「うーん。なかなかいいサイズのものがないなぁ・・・」

石をいろいろと品定めしている。

大きいし、丸い石・・・。

ぴったりなものがないらしく、かごめは手に持っていた石をポイッと投げた。

「いてッ!」

かごめが驚いて振り向くと、おでこを痛そうに撫でている犬夜叉がいた。

「何よ。あんたそんなところにいたの?」

「俺がどこにいようと勝手だろ!それよかてめぇ、痛てぇじゃねぇか!なにしてんだよ!」

「ごめんごめん・・・。ちょっと石をさがしていたの」

「石ぃ?何すんだ。そんなもん」

「うん・・・。ちょっとね・・・。あ!!」


かごめは何か見つけた。

「ねぇこれみて!あんたにそっくりな石見つけた!」


まるで、胴体が犬夜叉がおすわりをしているような形でてっぺんが三角二つくっつけた様な形をしている。


「きゃはははは!そっくり〜!!」

「だ、誰にそっくりなんだ。誰に!!」

「あ、ほら、ね。これなんか七宝ちゃんにそっくり」

しっぽが飛び出ている石。

「ハハ!確かにそっくりだな。ちっこくてよわっちい感じが!へっ・・・」


「あ・・・。これも犬夜叉そっくり・・・!」


かごめと犬夜叉はいろいろな形の石を探した。

子供に戻ったように夢中に・・・。


そして石にマジックで顔をかいた。

「ほら。これ、珊瑚ちゃんにビンタもらった時の弥勒さま」

「へへッ。似てやがるぜ!」


ゲラゲラとおもしろそうに笑う犬夜叉。

かごめはホッとするが、でも・・・。


でも・・・。心の奥では桔梗の事が気にかかっているに違いない・・・。


犬夜叉の微妙な態度の変化に、嫌になるほど敏感になっている自分。

下手な言葉はかけられない。

だから、こうして犬夜叉の気持ちが少しでも和めば・・・。

「ねぇ『野仏』って知ってる?」

「なんだそりゃ?」

「飢饉や災害に見舞われた村人達が、その不安を和ませたり、あとそれで亡くなった人達の魂を供養するために造る石像の事だって。さっきね、亡くなったお母さんのため造った野仏に手を合わせてる男の子にあったの。その子がこう言ってたんだ・・・」


”オラのおっかあの魂はオラと父ちゃんの心にあるんだ。オラと父ちゃんおっかあの事忘れない限り・・・”


「・・・」


かごめも犬夜叉も黙ってしまった・・・。


少年が言った言葉はかごめの心にも犬夜叉の心にも、深く残る・・・。


行方が分からない哀しい魂の事を想うと・・・。


犬夜叉は二度も救えなかったと自分を責め


かごめはそんな犬夜叉を見て、心を痛め、そして・・・。


その奥の奥で嫉妬心をかき消して・・・。


願わくば、哀しい魂は生きていて欲しい。


救われて欲しい。


でないとみんなの止まった時間が動かない。


ずっと50年前に囚われたまま・・・。


かごめは立ち上がり、パンパンとスカートについた砂を払って立ち上がる。


そして 二、三歩歩いた・・・。


「犬夜叉・・・。大丈夫だから・・・」


「え・・・?」


「桔梗は・・・まだきっとどこかに・・・。きっと・・・ねっ・・・」



背を向けていないと言えない。


こんな台詞は切なくて、犬夜叉の顔をみてなんて言えない。


本音じゃないかもしれない。奈落の力で見せつけられそうになった心の奥の闇はずっといあるから・・・。


「・・・かごめ・・・」


かごめの背中が痛かった。


犬夜叉は何も言えなかった。


本当に本当に何を


どう声をかけたらいいか分からなかった。


分からなくて、犬夜叉は動け出せない。


目の前にかごめがいるのにその横に同じ場所にいけない・・・。


囚われたまま動けない、心の様に・・・。



トン・・・ッ・・・。


「え・・・」


かごめの両手が・・・。


犬夜叉の背中を押した・・・。


限りなく優しく・・・。


「ほら!ぼうっしてないで・・・!珊瑚ちゃん達まってるよ!」


「お・・・おう・・・」


一歩踏み出す犬夜叉。


動かなかった足がふわっと軽くなった気がした・・・。


「おーい!犬夜叉!かごめ様ー!」

土手の上で弥勒達が呼んでいる。

「ほら!犬夜叉、早く行かなきゃ!」


「けっわ、わかってらぁッ!」


犬夜叉がかごめに背を向け、弥勒達のところへ走っていく。


かごめに背を向けて・・・。


またこうして・・・。


犬夜叉を送り出す瞬間があるかもしれない・・・。


切なさを我慢して『行って・・・』

と・・・。


でもその後は絶対に『お帰り・・・』と言いたい・・・。


その願いはやっぱり・・・わがままかな。



グイッ。


「何やってんだ!かごめ!」

かごめの手を掴む犬夜叉。

「犬夜叉・・・」


「・・・俺一人先行っても意味ねーだろが・・・。お前が隣にいなきゃ・・・。俺は・・・」


「犬夜叉・・・」


犬夜叉の手が一層かごめの手を強くギュッと掴み・・・。


「行くぞ・・・!」


「うん・・・」


犬夜叉とかごめは仲間の元へ走っていく・・・。


温かい手・・・。


絶対に離したくない・・・。


犬夜叉もかごめもそう思う・・・。


あるがままで・・・。相手が望むことはあるがまままで・・・。


自分ができることを精一杯頑張るから・・・。


だから・・・。


彼の心の痛みが少しでも和らぎますように。


闘う彼の力になれますように。


・・・。彼の少しでも支えになれますように・・・。


でも・・・。心の深い深い奥底で思わずにはいられない。


再び彼が彼女の元へ行ってしまったとしても


また・・・かえって来て欲しいと。




そう思っちゃいけないかな。



『行って・・・』


ちゃんと言うから・・・。



彼のために何かしたいという気持ちと重苦しい嫉妬心。

私の心は迷いで一杯。

でも確かなのはこの『想い』だけ。


この想いを信じていきたい。


彼が『生きる』限り・・・。


私が『生きる』限り・・・。<

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FIN