素敵な未来を見て欲しい

七宝が野原でクレヨンで、お絵かきをしている。

赤、黄色、緑。

何を描いているのだろう?

かごめが訊ねた。

「将来のオラ達のじゃ♪」

「へぇ・・・。上手になったねぇ。お絵かき」

「えっへん♪」

七宝、自慢げに笑う。

「おう。七宝なに描いてるんでいッ」

犬夜叉、スケッチブックを取り上げる。

「こりゃ〜!返えさんか〜!!」

「へっ。取ってみやがれ〜!」

七宝、ジャンプするが届かない。

「かごめ〜ぇ」

七宝、やっぱりかごめに泣きつく。

「犬夜叉!おすわりッ!」

どしゃりと崩れる犬夜叉。

いつものパターンである。

「んもう!七宝ちゃんが一生懸命に描いたのよ!」

かごめは犬夜叉から無事にスケッチブックを奪還し、七宝に返す。

「ありがとう。かごめ」

「どういたしまして。ねぇところで、七宝ちゃん、将来の私たちってどんな絵なの?」

「それはなぁ・・・。まずこれじゃ♪」

七宝はスケッチブックを一枚めくった。

そこには。

「大人になったオラじゃ♪どうじゃ♪凛々しいじゃろう〜」

なんとも二枚目な青年が。

「はぁ?これがお前だってのか!!わらわせんな。お前は何年経ってもちびで泣き虫なクソガキだろうぜ」

「おすわりッ!!」


犬夜叉、2回目、崩れる。

かごめは犬夜叉を無視して、七宝のに訊ねた。

「七宝ちゃん、他にどんな将来を描いたの?」

「えっとなぁ〜♪ほれ★これは、弥勒と珊瑚じゃ。夫婦になったのじゃが、弥勒が浮気したのではないかと言って、喧嘩しているところじゃ」

その珊瑚のお腹が大きい。

「ねぇ。もしかして、七宝ちゃん、これ・・・」

「そうじゃ★珊瑚のお腹には弥勒の子がいるんじゃ♪そんでオラがおしめをかえる役目なのじゃ」

七宝はペラリとスケッチブックをもう一枚めくる。確かにそこには成長した七宝が、赤ん坊のおしめをかえる絵が。

「ほほう。この子が私と珊瑚の子ですか。ちなみに子の子は男ですか女ですか?」

いつの間にか登場の弥勒。マジマジと七宝の絵を見ている。

「男じゃ。オラの弟分に行く末はするつもりじゃ」

「ふッ・・・。息子ならば、おなごはなんたるものかを教えねば。ねぇ珊瑚・・・。私たちの子の話ですぞ」

「な、な、ななな何いってんのよ!!やらしい目で見るな!!」

怒っているもののどこか嬉しそうな珊瑚。

つかさず弥勒、珊瑚の肩に手を置いて、キリッとした顔で話す。

「珊瑚・・・。お前に、私の子を産んで欲しい。そして、二人で育てよう・・・」

「んなッ・・・。ほ、ほ、 法師様・・・」

見つめ合う二人。

「!!」

だが・・・。やはり弥勒の右手が悪さを・・・。

「ささ、ではさっそく・・・」

「一人で・・・やってろ!!」


バキッ。

「おお。早くも夫婦喧嘩勃発じゃ」

七宝の解説の如く、弥勒の頭にまあるいお山ができました。

いつも通りの展開。

だけど、久しぶりにこんな時間が持てて、皆の気持ちが和む。

何気ない時間が楽しく思えて。

「ふふふ。将来かぁ。いいね。色々思い描くのって」

「けッ・・・。くっだらねぇッ」

犬夜叉のちょっと冷たい言い方にかごめの心がチクリと痛んだ。

「奈落がいつ襲ってくるともかぎらねぇ時になに気楽な事、言ってやがるんだ。将来が楽しいだのなんだの・・・」

「そんな言い方ないでしょ!!七宝ちゃん、一生懸命描いたのよ!!」

かごめの怒り具合に犬夜叉、ちょっと怯む。

「な、何おこってんだよ・・・」

「怒るわよ!七宝ちゃんはね、大変で、不安な時だからこそ、元気を出して欲しいってそう思って描いたんじゃない・・・。それを、くだらないとは何よ!!」

「楽しくなんて・・・。できる訳ねぇだろ。先のことなんて。世の中には二回も死んじまった奴だっているのに・・・」

「・・・!」


”禁句を言ったな・・・”


犬夜叉達の間にそんな空気が流れた。


言ってしまった犬夜叉本人も、ハッとした顔をしている。


重い沈黙が流れる。


最初に口を開いたのはかごめ。


「・・・。そうだね。正論だね・・・。ごめんね・・・」


かごめが犬夜叉の横を切るように走り抜ける。


ズキッ・・・。


その時、犬夜叉の胸に痛みが入った・・・。


追い掛けようとしない犬夜叉。


「いいのか。犬夜叉。かごめ様をほおっておいて」

「・・・。うるせえ・・・」

「・・・。お前の気持ちはかごめ様が一番わかっておられる。その上でかごめ様はお前や私達を元気づけようとしておられるのだ。生きている者が先のことを考える事は誰にも責められない」


弥勒は犬夜叉の肩をポン!と叩いた。

「もし・・・。四魂のかけらを取り戻したら、琥珀は死んでしまうかもしれない・・・。でも。琥珀は生きる。琥珀はあたしの中で・・・。悔しくて 哀しくて やりきれないけど・・・。それが大事だと思ってる・・・」

「・・・けッ・・・。二人して説教くせぇ事いうな・・・」


切なげに静かにそう呟く。


かごめを追っていった犬夜叉の背中が痛々しく感じる珊瑚と弥勒。


「・・・。法師さまやっぱり・・・。あたし達が今、楽しく話したり笑ったりすることっていけないのかな・・・」

「そんな事はない・・・。生きている者が前を見て生きていこうと思うことは誰にも責められない。その分、亡くなった命の分も精一杯、手を広げて、生き抜かなければならない。悔いのないように。なんてな・・・ちょっとクサかったかな・・・」

「法師様・・・」


弥勒と珊瑚の話を聞いていた七宝。しょんぼりとスケッチブックを閉じる。

「弥勒、珊瑚・・・。オラ・・・。やっぱりこんな絵、描いちゃいけなかったのかのう・・・」

ポロッと泣く七宝。


「そんなことないよ。七宝」

珊瑚はスケッチブックをもう一度開いて、七宝を抱き上げた。


「ありがとう。嬉しかったよ。七宝が描いた未来・・・」

「珊瑚・・・」


七宝は珊瑚に抱きつき、着物の襟で涙を拭いた。


「問題は・・・。犬夜叉とかごめ様ですな・・・」


心配げに空を見つめる弥勒。


その日、夜までかごめは実家にいったまま帰ってこなかった・・・。


辺りはすっかり闇。

井戸の底を突くようにのぞき込む犬夜叉。

(かごめの奴・・・。まだ帰ってねぇのか・・・)


今まで何度、こうやって井戸をのぞいたか。

必ずかごめは帰ってきた。


(まさか、もう帰ってこねぇつもりかな・・・)

ちょっと寂しそうにしている犬夜叉の後ろを抜き足差し足で近づくかごめ。

「犬夜叉。おすわりッ!」

「ぐえッ」


今日三回目、つぶれる犬夜叉。

「かごめ、てめぇッ。」

ドサッ。

かごめはリュックを置いて犬夜叉の横に座った。

「ただいま。犬夜叉」

「・・・。お、おう・・・」

かごめが帰ってきた。

とりあえず安心する犬夜叉。

「・・・。今夜も綺麗な夜ね」

「・・・お、おう・・・」

「・・・星も一杯でてる」

「そ、そうだな・・・」


もじもじする犬夜叉・・・。


お互い、昼間の事に触れようかどうしようか・・・。


犬夜叉は”怒って悪かったな”の一言が出なくて。


最初に口を開いたのはかごめ。


「ねぇ。犬夜叉」

「なんだよ」


「えいッ」


耳をクイッと一掴み。

「痛ッ !何すんだ!!」


ちょっと力一杯引っ張ったのでだったので、犬夜叉、涙目。

「あはは。怒った?」

「あったりまえだろ!!ったく・・・。人をおもちゃにすんじゃねぇッ」

かごめが犬夜叉をじっと見つめる。

「な、なんでい・・・」

「やっぱり怒ってつんっとしてる犬夜叉の方がいい。気持ち、そのまま顔に出す犬夜叉がいいよ」

「お前、ソレ、誉めてんのかけなしてんのかどっちだ」

「うふふ・・・」


腕組みをして、つんけん。


彼らしいのが一番いい。


いつも思っていることだけど、ありのままでいてほしい。


「え?」



「昼間ね・・・。カチンと来たけど、半分嬉しかった・・・。なんだか・・・。あたしに辛い気持ち、ぶつけてくれたみたいで・・・」


「え?」



「犬夜叉・・・。前に言ったよね。”笑ったり泣いたりしちゃいけない”って・・・。でもいっぱいしてほしい。だってホラ、体に悪いよ。気持ちためておくの・・・。本当に辛いとき、心・・・もたないから・・・」

「かごめ・・・」


「あ、そうだ」


リュックの中からかごめはガサゴソと何かを取り出した。


「草太もらったんだ。ハイ。手、出して」


犬夜叉の手のひらに


キャンディー、一個、コロッと転がった。


甘酸っぱい匂いがする。


「人ってね。疲れたとき、甘いもの、食べるといいんだよ。犬夜叉も食べてみて」


「お、おう・・・」


かごめはパクッと飴を口に入れた。


「おいし・・・」


「・・・」


手のひらのキャンディをじっと眺める。


甘酸っぱくていい匂い・・・。


虹色の包みがとても綺麗で・・・。


『誰か』に似ている・・・。


包みを開くのがもったいない気がする・・・。


「どうしたの?食べないの?」


「い、いつ喰おうとオレの勝手だろ!」


ちょっと照れくさそうに、キャンディを懐にしまう犬夜叉。


”大切なもの”はいつも自分の懐に・・・。


「ふぁあ・・・。犬夜叉。あたし、眠くなっちゃった。見張り、お願いね」


「え?あ、お、おい・・・」


「おやすみ」


かごめはリュックに寄りかかると、あっという間に眠ってしまった。


「・・・。たっく・・・。言いたいことだけ言って寝やがって・・・」


犬夜叉は自分の衣をかごめに静かに着せた。


こんなにすぐ眠ってしまうなんて。疲れているのはかごめの方ではないか・・・。


かごめに心配かけまいとしても自分の心うちは、自分よりかごめの方がより解っているのかもしれない。


本当に桔梗はもういないのか、灰色のまま。


塞がれない傷口の様にチクチクして隠しても ぼかしても  拭えない。


だけど・・・。


痛みが和む存在が側にあることを自分は知っている。


ずるいことが知っている。


でも安らぎを求めずにはいられない。側に近くにある安らぎを。


自分を包む優しい香り。


それはまるで・・・。


衣の中から薫る甘酸っぱい心地いい飴玉のよう・・・。


犬夜叉はキャンディを懐から取り出す。


虹色の包みのキャンディ。


綺麗で愛らしくて


中身を見るのがもったいない。


この包みの中にはきっと甘くて優しい、そんな幸せが詰まっているに違いない。


『生きている者が先のことを考えるのは誰にも責められない』


弥勒の言葉。


この包みを開けてみたい。開けたらどんな事が待っているか。


知りたい。その幸せを味わってみたい。


でも・・・。


そう思うと胸が痛み出す。


だめだ・・・と・・・。


だめなんだ。駄目・・・。


だから。


今は、こうして手のひらから、いい香りのする包みを眺めていたい。


側で眠るあどけない寝顔と共に・・・。



犬夜叉とかごめ。

井戸に寄りかかって眠る・・・。





どれだけ時間が経っただろうか。


先に目覚めたのはかごめ。


まだ周りは暗く、夜中だった。


(犬夜叉・・・。着せてくれたんだ・・・)


「・・・とっても温かかったよ。ありがとう」


かごめは自分に着せられた衣を今度は犬夜叉にそっとかぶせる。


「・・・」


かごめはリュックのポケットから紙を一枚取り出して広げた・・・。


それは七宝が描いた『未来の犬夜叉とかごめ』の絵だった。


「ふふ・・・」



微笑むかごめ・・・。


画用紙の中の犬夜叉とかごめ。やっぱり今日みたいに喧嘩している。


でも。裏には。


二人、仲直りして一緒に手を繋いで夕焼けを眺める絵も描いてあった。


”オラ、犬夜叉とかごめに悪いことした。だから早くこの絵みたいに仲直りしてほしいのじゃ”


赤、青 ピンク・・・。


七宝が一生懸命描いた絵。


きっと純粋に自分たちを想って描いてくれたのだろう。


嬉しい・・・。


「仲直りしたからね。心配しないで。七宝ちゃん」

かごめはそう呟いて、優しく絵を撫でた。


七宝のこの絵の様に喧嘩して、仲直りして・・・。ずっとそうしていけたら。


だけど。


でも。倒さなくてはならない敵がいる。


助けなくちゃいけない弟がいる。


呪われた右手を解かなくてはいけない・・・。


そして・・・。


探しだし、救わなくちゃいけない魂が在る・・・。


生きているなら


まだどこかに彷徨っているなら・・・。



かごめは犬夜叉の寝顔を見つめる。


眠っていても。きっと心の中では桔梗の安否を気にしているのだろう。

自分で嫌なる程、解る・・・。


「しょうがないの。どうしようも・・・ないことなの・・・。私にはどうしようもない事なの・・・」


切なさと割り切ろうと思う心が相まって辛い・・・。


画用紙の角をギュッと皺が寄るほど握りしめるかごめ・・・。



・・・犬夜叉と自分の未来。


もしかしたら、共に歩く一本道ではないかもしれない。


「あ・・・。お日様・・・」


かごめは立ち上がり、明けていく空を見上げた。


かごめの『心の闇』を払拭する様にゆっくりと朝日が昇り、白い光がかごめを包む。


「眩しい・・・」


陽の光に手をかざすかごめ。


陽の温かさを頬で感じる。


心の闇なんて飛んでいけ。


きっと闇は消えることはない。でも私は跳ね返す。何度でも。


弱い自分も好きだから。

何かに嫉妬して憎む自分も私自身だから。


かごめは大きく深呼吸した。


新鮮な空気が体を軽くする。


そして、かごめはまだ眠る犬夜叉の耳元でつぶやいた。

「今日も頑張るね。犬夜叉」


と・・・。


FIN


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