空に溶ける程に切なく

妖怪も動物も。

春になり恋の季節がやってきた。

楓の村でも祝言が相次いでいた。

「は〜。なんとも良い季節ですな〜。鳥も人間もみな、恋に生きております」

「・・・。そうだね」

「珊瑚。私達も負けていられませんな」

弥勒、珊瑚のおしりにやっぱり節操を・・・。

「・・・そうだね・・・。でも法師様・・・。法師様の右手に雷を落とすよ!」

珊瑚は思い切り弥勒に右手に雷如くつねる。

・・・。どうやらここは一足早く春の嵐が来たらしい。

とはいえ、既に両想いの弥勒と珊瑚も周りに刺激されたのか今日は朝からふたりっきり。

かごめは実家に帰ってしまい、一人きりのこの男は当然の如く・・・。


「けッ!!どいつもこいつもたるんでやがるぜ っ!!」

小屋の屋根の上から、寄り添い合う男女に向かって吠えていた。

「何が春は恋の季節だ!!くだらねぇッ!!」

そういう犬夜叉の視線は一点、井戸ばかり。

しかし待てども待てどもかごめは今だこず・・・。

更に周りはいちゃつく男女ばかり・・・。

「だあああ!!胸くそ悪い!!」

耐えきれなくなった犬夜叉、その場を逃げ出した・・・。


「・・・ちっ。イライラするぜ・・・」


河原の小石を蹴る犬夜叉・・・。

かごめが帰ってこないせいもあるが、妙にイライラする・・・。

人間の男女が自分たちの恋愛に花を咲かせ、仲むつまじく寄り添う。

そして手を握り、触れあいたくなる。

何もかもが自由だ。

感情の赴くままに・・・。


しかし自分は・・・。

「!」

川をぼんやり見つめていると向こうから桔梗の花が一本流れてきた。

無意識に花を川からすくいあげる犬夜叉。

そして辺りを見回すが、誰の気配もない。

(・・・桔梗の花・・・か・・・)

姿はないが、忘れては行けない存在が常に在る。

人間達の様に自分たちの恋を謳歌できる事はどんなに幸せだろうか。

だが、自分には倒すべき敵がある。

自分には忘れてはならない花がある・・・。


「・・・この匂いは・・・」

振り向くと向こうから自分に手を振るかごめが・・・。

「犬夜叉ー!」


笑いながら自分に向かってくるかごめ。

その笑顔が眩しくて・・・。


眩しすぎて。

「犬夜叉、何してるの?一人で」

「な、なんでもねーよ!お前こそ、遅かったじゃねぇか」

「ごめんごめん。色々荷造りしてたら時間喰っちゃって・・・」

こんもりと膨らんだリュックをおろすかごめ。

「ふう・・・。いい天気ね」

「おう」

「明日も晴れるといいな」

「そうだな」


二人、揃って空を眺める。


ゆっくり・・・。流れる雲を。


「・・・おい。かごめ」

「なあに?」

「お前・・・。その。こんなんでいいのか?」

「何が?」

「だからよ・・・。その・・・。その・・・」


『村の男とおなご達の様に触れあわなくて』

などとはやはり聞けない犬夜叉。

「お、お前はどう思う?」

「だから何が」

「その・・・。惚れた腫れたってのには何が大事だと思う・・・?」

「・・・どうしたの?急に・・・」

突然の犬夜叉らしからぬ質問にかごめは犬夜叉の目を覗き込む。

「何でもいいから応えやがれ!」

「・・・恋に大事な事って言われても・・・。そうねぇ・・・。相手をどれだけ想えるか、何をしてあげられるか・・・かなぁ・・・」

プシュッ。

缶ジュースの栓をあけるかごめ。

そして犬夜叉にも手渡す。

「・・・。それが、大事なことなのか・・・?」

「そうよ」

「・・・」

でも・・・。

村の男女のように振る舞うことではないのかと思うが・・・。

「・・・何か今日、変だよ。犬夜叉」

「う・・・。うるせぇッ。変じゃねぇッ!」

やっぱり変だと思うかごめ。

「ふう。まぁいいや。よし。ちょっと遊んじゃお!」

かごめはいきなり靴と靴下をポイポイッと脱ぎ、裸足になって川に入っていく。

「おい、かごめ、お前・・・」

「犬夜叉、一緒に水浴びしちゃおーよ!気持ちいいよー!」

バシャバシャッ。

素足のかごめ。


足首まで水に浸かり、心地よい冷たさを味わいながら、足を鳴らす。


「ほら、犬夜叉もおいでって!」

手を伸ばすかごめ。

笑って自分を呼ぶかごめに犬夜叉の右手は自然と手が伸びて。


「ね?気持ちいいでしょ?」


「・・・おう」

「ふふ・・・っ。何だか気分がいいの。踊っちゃお。犬夜叉王子、よろしくお願いします」

スカートの裾をくいっと持って挨拶。

チラッとかごめの細い太股が見えて、犬夜叉一瞬ドキッとする。


かごめは犬夜叉の手を握ったまま犬夜叉の腕の下をくぐってくるっと一回転。

「今度は犬夜叉も!」

かごめは自分の腕の下に犬夜叉をくぐらせ、自分ももう一度くぐった。


「お、おいかごめ、踊るって・・・」

「なんて、ほら、犬夜叉も踊ろうよ!」


かごめは犬夜叉の両手繋いでピチャピチャと動いて踊る・・・。

犬夜叉はかごめにつられてぎこちないが動きを合わせる。


戦国時代で舞踏会気分・・・。


そんな気分で川の浅瀬で二人・・・。


やきもち妬きなのが玉にキズの赤い服の王子と優しい匂いのする異国のお姫様。


きらきら光る川を背に、くるくる踊る・・・。


くるくる・・・。


胸に切なさを秘めながら・・・。


「ふふ。犬夜叉結構うまいじゃない?」

「けっ・・・。こんなもん簡単だ」

「うん。上手だったよ!あたしすごくたの・・・ってきゃああ!!」

「かごめ!?わ、わぁッ!!」

バシャーン・・・!

足が滑ったかごめは犬夜叉の着物を掴んだまま倒れてしまった。

当然、二人ともびしょ濡れ。

「あーあ・・・。濡れちゃった・・・」

「あったりめぇだろ。ったく・・・お前は・・・。・・・」


犬夜叉、何故か視線が下で赤面・・・。

「・・・どうしたの?」


よく見ると・・・。

かごめの制服が透け・・・。

胸にピタリとくっつき、ピンクのブラが・・・。


「き・・・きゃあああーッ!後ろむいててーー!!」


かごめは両手で胸を隠し、犬夜叉は慌てて後ろを向く。


「もう!!なんでもっと早く言わないの!」

「う、うるせえッ!だ・・・。大体なぁ、お前、着物の下、腹巻きでも巻いとけよ!!腹が冷えるだろ!」

「・・・ど、どこ見てるのよーーー!」

犬夜叉、親切に言ったがかえってかごめを怒らせたようだ。

「もう・・・っ。犬夜叉ったら・・・」

フワッ。


犬夜叉はかごめに着物の上着をそっと着せた。

「ったく・・・。世話のかかる奴だな・・・」

「ありがとう・・・」

「けっ・・・」


かごめは思う。

こうして。

犬夜叉に着物の上着を着せて貰ったかと・・・。

風邪ひいて寒がっていたとき。

炎から守ってくれたとき・・・。

「・・・。何にやにや笑ってるんだ。かごめ」

「うん・・・。あったかいなぁって思って・・・。いつもこの衣に守られてきたのかなって思ったら何だか・・・ね・・・」

かごめは愛しそうに着物を頬にすり寄せる・・・。


自分にされているようで何だか体がくすぐったくなる犬夜叉。

「・・・。着せてやった事がそんなに嬉しいのか?そんな事でお前は喜ぶのか?」

「うん」


何気なくしたことなのに。


かごめはそれだけで嬉しいという・・・。


自分は何もしてやれない。


気の利いた言葉も言えない・・・。


傷つける事はあっても、かごめの想いを丸ごと受け止めてやれない・・・。


「犬夜叉?どうかしたの?本当に今日は難しい顔ばかりして・・・ 。きゃ・・・」

犬夜叉は何も言わず、かごめをだきしめる・・・。


「・・・。犬夜叉・・・」


「・・・。かごめ・・・。すまねぇ・・・」


「どうして謝るの・・・?あたし何か・・・」


「すまねぇ・・・」


不器用に抱きしめてやる事しかできない。


でも・・・。


今応えられるだけの気持ちを込めて・・・。


どうして犬夜叉が謝るのかわからないかごめ。

そのかごめの目に入ったのは・・・。

(・・・!)

懐に桔梗の花が・・・。


(・・・。犬夜叉・・・)


犬夜叉の『すまねぇ』の意味ははっきり分からなくとも・・・。


いつも胸の奥にある切なさは込み上げてきて・・・。


でも・・・。


犬夜叉の腕の中にずっといたい・・・。

今だけは、切なさを青い空に溶かして・・・。



どこまでも青い青い空に・・・。