スマイル・アゲイン

「ハァ・・・」

夜。焚き火をぼんやりみつめながらかごめは何度目かわからないため息をつく。

男衆はこの辺りの見回りに。おなご達は火をおこし、消えないように番をしている。

「かごめちゃん。どうかしたの?」

「ううん。別に・・・」

少し疲れたような・・・。寂しいような、かごめの顔。

ため息の原因は何なのか、珊瑚はわかる。

同じおなごだから。

・・・同じ恋する女の子だから。

「かごめちゃん・・・。最近笑ってないね」

「え?」

「笑顔・・・みてないなって思って・・・。まぁここのところ、笑顔でいられないようなことばかりあったから無理もないけど・・・」

「・・・」

珊瑚の言うとおり、桔梗が白霊山で襲われ、瀕死のところを助けた。

最後のかけらはあの世とこの世の境で奈落、白童子が動いてかごめの目を狙っている・・・。

気持ちが大きく揺らぎ、波風がたつことばかりだ。

「なんかさ・・・。いっつもみんなと一緒に居るとき、一番初めに笑ってるのがかごめちゃんだから・・・。虚ろな顔のかごめちゃん見てると私、心配で」

「珊瑚ちゃん・・・」

枯れ木をポキっと折って火の中へいれる珊瑚・・・。

「・・・でもだからって無理はしないでね・・・。作り笑顔程辛いものはないから・・・」

「珊瑚ちゃん・・・」

珊瑚の優しさが心に染みる・・・。


珊瑚だって琥珀の事で心内は痛いはずなのに・・・。

「ありがとう。珊瑚ちゃん。本当にありがとうね・・・。でも珊瑚ちゃんも無理・・・しないでね・・・」


少しかすれる様な声で、かごめはそう珊瑚に言って緩やかに微笑む・・・。

その微笑みは作り笑顔には見えないけれど・・・。


どこか酷く切なく感じる珊瑚だった・・・。


そして、皆が寝静まった頃・・・。

かごめはこっそり起きてあるものを背中に書くし、皆から少し離れた。

かごめが持っているのはちいさなコンパクトの鏡。

パカッと開き、自分の顔とまじまじと見つめるかごめ。

”かごめちゃん・・・最近笑ってないよね”

珊瑚の言葉・・・。

(あたし・・・。そんなに虚ろな顔してるのかな・・・)

だったらみんなに申し訳ないと思うかごめ。

(・・・ちょっと笑ってみようかな)

丸い、コンパクトに向かってにこっと笑ってみるかごめ・・・。


”作り笑顔なんて辛いからさ・・・”


珊瑚の言うとおり・・・。

自然に笑えないと心がどこかきつい・・・。

(でも、暗い顔してたらみんなに心配かけちゃうよね)

かごめは再び、鏡の中でいろんな顔をしてみる。

ちょっと優しげな笑顔、にこにこ笑顔、口を大きく開けて笑ったり・・・。

「なに一人で百面相してんだ?」

「!!」

鏡にぬっと犬夜叉が映った。

「お、おすわりッ!」

かごめは恥ずかしくて思わず言ってしまった・・・。そしてつぶれる犬夜叉・・・。

かごめはコンパクトをスカートのポケットにすばやく隠す。

「い、犬夜叉。びっくりするじゃないの!突然・・・」

「お、お前こそ一人で抜け出して何やってんだよ。心配で見に来れば・・・」

「な、なんでもないわよ・・・」

「鏡一人で見て、ニタニタして・・・。変な奴だな」

デリカシーのない犬夜叉。かごめが睨んだので2発目のおすわりがくるかと思ったら、ぷいっと後ろを向いてしまった。

(なんでぇ・・・。わけわかんねぇな・・・)

一人で笑ってみたり怒ったり。

女の感情の襞(ひだ)など犬夜叉にはまだ分からない。

ただ、かごめの喜怒哀楽一つ一つがたまらなく気になる。

「ねぇ犬夜叉」

「なんだよ」

「あたし・・・。最近・・・。そんなに笑ってない?」

「は・・・?」

真面目な顔でたずねるかごめ。

かごめの質問の意味がわかならない・・・。

「お前、今さっきひとりで ニタついてたじゃねーか」

「そういうことじゃなくて・・・。ああ、もういいよ」

犬夜叉に聞くなんて。

前に犬夜叉は『お前の笑った顔が好きだ』って言ってくれたのに・・・。

だけど。笑おうと思っても自然な笑顔なんてできない。

「はぁ・・・」

出てくるのはため息で・・・。

かごめの重いため息。

(かごめ・・・。なんか思いつめてることでもあんのか・・・?)

気になるけど、聞けない。

肝心要のところで照れがじゃまして・・・。

「ふぅ・・・」

犬夜叉もため息。

二人並んで草の上で考え込む・・・。

そこへ・・・。


ひらひら・・・。

白い蝶が二人の周りを飛ぶ。

踊るように。くるくる・・・。

そしてその蝶は犬夜叉の鼻の頭にぴたっと止まった・・・。

鼻の頭がむずっとする犬夜叉。

「は・・・くしょん!」

蝶は犬夜叉のくしゃみにおどろいて高く飛んでいってしまった・・・。

「くっそ・・・!オレのこそばゆい・・・」

子犬のように鼻を手の甲でかきかきする犬夜叉・・・。

その仕草が可愛らしく・・・。


「ふふ・・・っ。ふふふ・・・」


ごく自然に・・・溢れてきた笑み・・・。

穏やか気持ちだから・・・。


「笑うな・・・っての・・・」

強くはそう言えない。


だって・・・。


久しぶりに見たかごめの大好きな・・・。


笑顔だから・・・。


「・・・。なんでい・・・。ちゃんと笑えるじゃねぇか・・・」

「犬夜叉・・・」


かごめの笑顔を奪っているのはもしかして・・・。


自分・・・?


そんな不安を感じていた。


だから久しぶりの笑顔が嬉しい・・・。


犬夜叉は大切な、大切なその笑顔のかごめを大切に、大切に赤い衣で包んだ・・・。


「犬夜叉・・・」


「色々・・・すまねぇ・・・」


「犬夜叉・・・」


「俺・・・。お前の笑顔だけは守るから・・・。守るから・・・」


「犬夜叉・・・」


それが犬夜叉の精一杯の労わりの言葉・・・。


不器用だけど・・・。


あたたかく・・・。


かごめにしみこんだ・・・。


犬夜叉の襟元がかごめの涙で濡れて・・・。


笑顔をもう一度・・・。


犬夜叉はしっかり、しっかり、その笑顔を両手でずっと抱きしめていた・・・。