夢の中の匂い

「遅せぇ!!!」

いつもの如く、犬夜叉が井戸の前で遅いかごめの帰りを怒った顔でまっている。

ついさっき実家にもどっていったばかりなのに、短気・犬夜叉、まる一日帰って来なかったように思える。

「全くうるさいねぇ。赤ん坊だってこんなにうるさくないよ」

呆れ顔の珊瑚。

「誰が赤ん坊だ!」

「半妖の誰かさん」

「珊瑚、てめぇ!」

喧嘩ならいつでもかかってきやがれといわんばかりに珊瑚にくってかかるが、犬夜叉。

「あ、かごめちゃん!」

珊瑚の一声に井戸を覗き込む犬夜叉。

しかしかごめの姿はない。

「珊瑚、てめぇッ!」

「ホント、あんたって単純なんだから・・・」

「うるせー!てめぇにゃかんけーねーだろ!」

「・・・。うん・・・。関係ないかもね。でも・・・。犬夜叉。待ってるって・・・。結構つらいよね」

「あ?」

珊瑚は切なそうに遠くを見つめて話す。

「あんたはいつもかごめちゃんを置いて行ってしまうけど、かごめちゃんは必ず待っている・・・。あんたとは違う気持ちで・・・」

「・・・。何がいいたんだ」

「別に・・・。とにかくかごめちゃん、早く帰って来るといいね・・・。じゃああたし、雲母のところに行って来る・・・」

まだ、何か犬夜叉に言いたげな雰囲気の珊瑚・・・。

犬夜叉は珊瑚の真意がわからず首を傾げる。

(・・・いったいなんだってんだ・・・。なんか遠まわしに責められたのか・・・?)

暗い、暗い底。

この向こうにかごめはいる・・・。

底のない暗い闇・・・。

なんだかかごめがこの闇からもう二度と出てこない様な気がした。

焦燥感が犬夜叉を襲う。

気がつくと、犬夜叉は井戸に飛び込み、かごめの部屋の窓を乱暴に開けていた。

「こら!かごめ!遅いじゃねーか!」

かごめの部屋に犬夜叉の怒鳴り声が響く。

しかし部屋には誰も居ない。

「・・・まだ”ガッコウ”から帰ってねーのかな・・・」

犬夜叉はどすんとかごめのベットに胡坐かいて座り、かごめの帰りを待つ。

「・・・」

犬夜叉は何かが”しない”ことに気がつく。

鼻をくんくんとさせる。

(・・・。おかしい。かごめの部屋なのにかごめの匂いがしねぇ・・・?)

心地いいはずのかごめのベットからも・・・しない。

大好きなかごめの匂いが・・・。

しない。

バタン!

犬夜叉は一階の居間に降りた。

「かごめ!どこにいる!もう帰ってるんだろ!」

家の中探し回るが、草太やかごめの母や祖父の姿もない。

「くそ!誰もいねーのか!」

まるで、この世界に自分しかいないみたいに家の中は静かだ・・・。

「かごめ!どこにいやがる!でてきやがれ!!」

悪態をつく台詞でも誰もこたえない。


誰も、いない。


誰も・・・。


(・・・もしかして。オレが部屋で待っている間にかごめの奴、先にあっちに帰りやがったのかな・・・)

そう思った犬夜叉は骨くいの井戸に向かう・・・。

「か、かごめ・・・」

井戸の前にかごめがぽつんと立っていた。

「何だよ!お前、帰ってんならそう言えよ!俺がわざわざ迎えにきてやったのに・・・。ほら!とっと帰るぞ!」

かごめの腕を強引に掴んで井戸に入ろうとするがかごめはその腕を強く振り払った。

「かごめ・・・?」

「犬夜叉・・・。私・・・帰れない・・・」

「は?何馬鹿なこと言ってんだ。弥勒たちもまってんだぞ。それにお前が居なきゃだれがかけら見つけるんだ」

「・・・私はかけら探すためだけなの?犬夜叉にとって・・・」

「ばッ・・・。何ガキみたいなこと言ってんだ。とにかく帰るぞ!」

かごめは激しく首を横にフッて拒否した。

「私、もう帰れない。犬夜叉とは帰れない・・・」

「いい加減にしろ!わがまま言ってんじゃ・・・」

犬夜叉はハッとしたかごめの目にうっすら光るものに気がついて。

「な・・・何ないてんだ・・・」

「私・・・。もう犬夜叉の隣にはいられない・・・。だって私はこちら側の人間だもの・・・。私の時間がある。私の生きているはずの時間が・・・」

「かごめ・・・。お前・・・」

「それに・・・。もう・・・。私、自分を嫌いになりたくないの・・・。あんたと桔梗を見て嫉妬する自分が・・・」

かごめの言葉に犬夜叉は何も応えられなかった。

一番、痛い部分を突かれた気がして。

「あんたは結局行ってしまう・・・。そしてきっといつか行ってしまったままになる・・・。私はもう・・・待てない」

「かごめ・・・」

かごめは犬夜叉に背を向けて肩を震わせる・・・。

かごめの言葉に犬夜叉は何も言えずただ、立ち尽くす。

「犬夜叉・・・。行って。ここでお別れしよう・・・」

「なっ・・・」

「ね・・・。行って・・・」

かすれるようなかごめの声。

「ふざけんな・・・ッ!勝手にそんなこと・・・・ッ」

犬夜叉はかごめの目の前に回ってかごめの肩を思わず両手で掴んだ・・・。


「・・・かっ・・・かごめ・・・」


瞳いっぱいに涙を溜めて・・・。

まるで子供が親に叱られて、泣くのを我慢しているみたいに哀しそうな、何か諦めたような・・・。


「私はもう・・・。駄目・・・」

「だ・・・駄目って・・・。何が・・・」

「もう・・・。気持ちがもたない・・・。駄目・・・」

「かごめ・・・ッ」


ドン!

かごめは犬夜叉を井戸に突き落とした。

「さよなら・・・」


小さな小鳥の鳴き声のようなかごめの声が・・・。


暗闇と共に犬夜叉を向こうの世界に帰した・・・。

(かごめ・・・)



「かごめー・・・ッ!」


「何よ」

「わッ!」

度アップで犬夜叉を見つめるかごめ。

背中のリュックは食料を調達してもこもこだ。

「か、かごめ。お前・・・・。帰ってきたのか!?」

「当たり前でしょ。リュック見ればわかるでしょ。あんたこそ、井戸によりかかったままねむってたの?」

「え・・・」

そういえば。

かごめの実家にいたはずの自分は今は井戸の前・・・。

さっきの出来事は夢だったと犬夜叉はやっと認識した。


そしてホッと深く息をつく。

「?」

犬夜叉の妙な様子にかごめは不思議だ。

「そ、それより遅かったねーか!」

「お、遅かったって私、荷物つめてすぐ帰ってきたのよ!学校もまた休みにしたし・・・」

「うるせえ。遅かったモンは遅かったんだ!」

「そんなに怒ることないじゃない!ちゃんと帰ってきたんだから」

「・・・あったりめぇだッ・・・」


犬夜叉はかごめの腕を掴んで抱きしめた・・・。


目の前のかごめが・・・。


夢じゃないことを確かめるために・・・。


「・・・どうしたの・・・?急に・・・」

「・・・」


嗚呼・・・。


本物だ・・・。


優しい匂い・・・。


本物だ・・・。


本物だ・・・。


この世で一番好きな香り・・・。


本物のかごめがいる・・・。


生きていて一番安堵し、幸せだと感じられる場所が・・・。


「・・・。変な犬夜叉・・・。何かあったの・・・?」

心が不安定な子に母が心配げにたずねるように優しい声。

「・・・。別に・・・。ちょっとやな夢・・・見ただけだよ・・・」


「・・・。どんな・・・?」


犬夜叉は目を閉じて静かに答えた・・・。


「けっ・・。口にしたくもねぇ・・・」


もう二度と・・・。


二度と・・・。


見たくない夢・・・。


怖い程に・・・。


犬夜叉はそんな想いを消すかのように


しばらくそのまま井戸の前でかごめを離さなかった・・・。


この匂いを離さないように・・・。