弥勒達は、何だか様子がおかしい犬夜叉を草の影から見ていた。
「ハァ・・・」
背中を丸くし、ため息ばかりついてかなり落ち込んでいる。
かごめと鋼牙の元に行ってきたなら、いつもなら短気を起こして一人、怒っている筈なのに・・・。
「一体、何があったのでしょうね?」
「落ち込んだ犬夜叉など、何だか気味悪いぞ。オラ」
「“触らぬ犬夜叉にたたりなし”ですな」
弥勒と七宝はほっておいたほうがいいと、そそくさと楓の小屋に戻ってしまった。
しかし珊瑚は・・・。
何となく犬夜叉のため息の理由がわかる気がした。
自分もよくつく、ため息・・・。
自分が嫌になっているときのため息だから・・・。
「ハー・・・」
「あんたのため息、気味悪いってさ」
珊瑚は犬夜叉の横に静かに座る。
「な、何でい・・・。悪りぃけど、今、一人になりてー気分なんだよ・・・」
「みんな、誰だってたまには一人になりたいよ。特に、自分が嫌だなって思うときは・・・」
「!」
珊瑚に要点を突かれた犬夜叉。
「何があったか知らないけど・・・。なんとなく今のあんたの気分、わかる気がする。嫌な自分を見つけてしまって感じ・・・。違う?」
「・・・けっ・・・」
どんぴしゃ、ピシャリである。珊瑚。
「・・・。俺は・・・。そんなに嫉妬深い男なのか・・・な・・・」
「あんたほど嫉妬深いのも珍しいくらいね」
「・・・」
珊瑚は容赦なく犬夜叉に言う。
「でもあんたの嫉妬は“本当の嫉妬”じゃない。単なるやきもちよ」
「?言ってる意味がわからねぇ」
「誰かに嫉妬するってね・・・。同時に自分も嫌な部分も見つめるの。醜い自分があからさまになるんだから・・・」
珊瑚は小花を一本引き抜いた。
「ホントの嫉妬っていうのは・・・。胸が痛くて・・・。苦しくて・・・。そのうち好きな相手でさえ憎くなってきて・・・。最後に一番自分が憎くなる・・・」
あたしとあの人とどこが違うの・・・?
どうしてあたしだけを見てくれないの・・・?
こんなにそばにいるのに・・・!
我が儘な自分が止まらない。
人の心はどうしようもないのに、欲しい心が手に入らないのがもどかしくて。
哀しくて。
「ひどく・・・自分が嫌な奴に見えてくるでしょ・・・?たまらない気持ちでしょ・・・?でもそれが人を好きになるっていうことなのかもしれないけど・・・」
「・・・」
綺麗事じゃない。好きな人を独占したい、それは当たり前の感情。
でも・・・。かごめはそれをしない。見せない。感じさせない。
いつも笑ってる。
もし・・・。自分がかごめの立場だったらどうだろう。
なんて一度も考えたことがない。かごめに他に惚れた男がいて、『両方大切』だなんて言ったら・・・。
多分自分だったら・・・。強い嫉妬心に負けて、かごめの側を離れただろう・・・。
不満ばかり言って、かごめを困らすだろう・・・。
「かごめちゃんはね、そんな色んな気持ち乗り越えて、あんたのそばに居るんだから・・・。すべて認めて・・・。目の前にあるありのままの現実をちゃんと受けとめてる・・・」
「・・・」
「かごめちゃんはいつもあんたのすぐすばで笑ってる・・・。でもきっと仲間のあたし達にも言えない気持ちだってあると思う・・・。泣きたい日だって・・・」
“かごめは何時も笑顔”
それが当たり前だと思ってた。
かごめはそういう人間だって思ってた。
でも・・・。
「“いつも笑ってる”そんな事、なかなかできないよ・・・。かごめちゃんは自分で色々“我慢”してるなんて思ってないけど、それが痛々しく感じる事があるよ・・・」
「・・・。けっ・・・。んな事・・・。知ってらぁ・・・。誰より・・・」
一番近くにいて、一番分かっているはずなのに。
一番・・・。かごめの気持ち・・・。分かってなかったかもしれない・・・。
「犬夜叉ー!」
雲母に乗ったかごめが帰ってきた。
「選手交代みたいね。じゃあ犬夜叉。あとは頑張って」
珊瑚はそう言うと小屋の方にもどっていった・・・。
(が、頑張ってって・・・)
「あれ・・・?珊瑚ちゃんがいたみたいだけど・・・。何話してたの?」
「べっ・・・べつになんでもねぇっ!」
「そう・・・」
かごめはストンと犬夜叉の横に座った。
「・・・。そっ。それで鋼牙の具合はどうだったんだ」
かごめは少し驚いた顔で犬夜叉をじっと見た。
「な、何だよ」
「犬夜叉、怒ってないの?」
「ど、どうして俺が怒らなきゃいけねぇんだ!」
「・・・てっきり怒ってすねてると思ったのに・・・」
「ばっ・・・。バカ言ってンじゃねぇよ!」
「うふふふ・・・」
“何時も笑ってられるなんてすごいことよね・・・”
屈託なく笑うかごめ・・・。
自分はその笑顔に何度となく癒されてきたけど・・・。
深い胸の内は何を思ってるのか・・・?
「あ、そうだ。鋼牙君がね、犬夜叉に『俺はぬけがけなんて真似しねぇから安心しろ。隠れるならもっと場所考えろって』って伝えろって・・・。どういう意味だろうね?」
「・・・。さ、さあな。俺も知らなねぇよ」
狼も鼻がよく利く。滝の上に隠れていても・・・。
「あ、そうだ。犬夜叉。見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの・・・?」
「うん♪」
かごめはスカートのポケットから何やらもそもそとりだす。
手の中に何か持っているが・・・。
「いい?じっと見てて・・・」
かごめは両手をゆっくり開くと・・・。
黄色い小さな光がふわり、ふわりと宙を舞った・・・。
「蛍・・・。あたしの服にね・・・。ついてたの・・・。ちょっと可哀相だと思ったんだけど、あんまり綺麗だったから犬夜叉に見せたくて・・・」
ふわふわと舞う蛍を穏やかに見つめるかごめ・・・。
その瞳の奥に映るのは常に自分であってほしいと強く思うってしまう。
他の男に同じ視線を注ぐと考えただけで、
やはり嫉妬の嵐が心を乱す。
“誰かに嫉妬するってね・・・。同時に自分も嫌な部分も見つめるってことなの”
でもそれはその人に、心の底から惚れているから。
「ねぇ。綺麗でしょ・・・。蛍ってね・・・。一生分の力を振り絞って必死に光るの・・・。自分がこの世にいるよって言ってるみたいに・・・。だから人ってこんなに蛍に惹かれるんだね・・・」
重たく深い暗闇を、たった二つの光が舞う。
闇に迷った者を優しく照らし、行くべき道を標すように。
ふわふわと・・・。舞う・・・。
その光を好きになったから、自分も優しくなれた。
自分が嫌になるくらいに辛い嫉妬も。
その『光』が教えてくれた気がする。
その光に恋をしているから・・・。
「あ、蛍、犬夜叉の耳に止まった」
「ど、どこにつながってやがる」
「ぷはははは・・・!!犬夜叉の耳が光ってる。ふふふふ・・・」
「わ、笑うな!」
犬夜叉の耳の先で点滅する蛍の光。
「だって・・・。ふふふふ・・・」
「笑うなっていてんだろ!!」
「えっ・・・」
少し乱暴に、そして唐突に握られた手・・・。
いつの間にこんなにたくましい手になったの・・・?
そう思うくらいに・・・。犬夜叉の手は力強くかごめの手を包んでいる・・・。
「・・・」
「・・・」
沈黙も・・・。二人にとっては大切な言葉・・・。
「あ・・・蛍が・・・」
言葉にならない想いを伝えるから・・・。
犬夜叉の耳に止まっていた蛍もそんな二人に気を利かせるように何処かへ飛んでいく・・・。
「蛍の光・・・消えちゃったね・・・」
「・・・。消えてねぇよ・・・」
「え・・・?」
「・・・。お前と見た蛍の光は・・・。消えねぇよ・・・」
「・・・。うん・・・」
そう・・・。消えてはいない・・・。
俺の希望が一杯詰まった『光』は・・・。
握られた手がギュッと更に力強くかごめの手を包む・・・。
恋しい『光』を逃がさない、消えないように・・・。