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一方、雲一つない夜空の下、硫黄の香りがする岩場でかごめは久しぶりの温泉にホッとしていた。それに対して珊瑚はまだ何かつんけんした顔をしている。まあ、さし当たって昼間の弥勒の一件を気にしているのだろうとかごめは思っているが、今日はより怒っている気がした。
「ったく。法師さまの女癖が悪いのは一生なおらないよ。きっと」
「・・・。でも珊瑚ちゃん。本当は弥勒様、強い人だよ。いつもああやって明るいけど・・・」
「うん・・・」
風穴が大きくなる度に自分の寿命も一緒に削られている・・・。その不安と恐怖感はかごめにも珊瑚にも想像はできない。だから、それを覆っているのが女好きという三枚目の印象が時々、痛々しく感じるのだ。
「本当は真面目でいい奴なのにいっつもあれじゃ、誤解されてばっかりじゃん」
「ふふ・・・。珊瑚ちゃん、ちゃんと本当の弥勒様事、見てるんだね」
「なっ・・・。べ、別にそんなこと・・・」
思わずかごめに背を向ける珊瑚。
「か・・・かごめちゃんの方こそどうなの?桔梗との二股の事、本当に割り切ってる?」
「・・・」
「うん」と即答できないかごめ。割り切っているのは確かだが、今でも時々桔梗と犬夜叉のさだめの強さを肌で感じたあの時の胸の痛みがうずく時がある。
それでも・・・それでも後悔はしていない。犬夜叉の側にいると言った自分を。
「・・・。あたしはただ、犬夜叉の側にいたいだけ・・・。笑っていて欲しいだけ・・・側にいて・・・私ができることを精一杯したいだけ。それだけなんだ。だから、これはあたしの意志なの」
「でも、かごめちゃん。犬夜叉は桔梗の元へ行くっていうのは犬夜叉は死ぬって事なんだよ?それでもなの?」
「・・・。犬夜叉が・・・桔梗とどう決着をつけるのか私にはわからないけど私は犬夜叉を信じてる。絶対に生きてくれることを・・・。なあんちゃってちょっとかっこつけすぎかな・・・アハハ」
かごめは少し照れながら珊瑚の背中をバンバンを叩く。そんなかごめを珊瑚はとてもたくましく感じた。
「強くなったね・・・。かごめちゃん」
「ふふふ。!珊瑚ちゃん。女の子はね、強いんだから!好きな人がいる時は。珊瑚ちゃんだってそうでしょ?」
「べ、別にあたし法師様の事なんか・・・」
「ふふっ。珊瑚ちゃん。あたし、法師さまだなんて言ってないよ」
「!」
珊瑚、再びかごめに背を向け照れ隠し。
「もう!かごめちゃんの意地悪〜!」
「犬夜叉、なんなら、私がかごめ様に見せてくれとに頼んでやってもいいんだが」
「とかなんとかいっててめぇが見たいだけなんだろーが!てめぇが!」
男達の『空しい会話』の横でいつの間にかスヤスヤと七宝は眠ってしまっている。そして、その会話はかごめたちが湯からあがってくるとぴたりとやんだ
「どーせまた、あんた達、やらしー事でも話してたんでしょ」
相変わらず珊瑚のきつい視線が男たちに注がれる。
「俺は関係ねーぞ!弥勒の奴が勝手に・・・」
「勝手に何?」と、かごめがのぞきこむ。なぜかそれ以上言えない犬夜叉。
「まあ、いいわ。ねぇ、犬夜叉、ちょっと話があるの。一緒に来てくれる?」
「な、なんだよ」
「いいからいいから!」
かごめは犬夜叉の腕をぐいぐいと引っ張って河原の方へと連れて行った。
「ほう。今晩のかごめ様は大胆ですな。いつもは私達が気を利かせて二人にしているというのに。そう思わぬか。珊瑚」
「え・・・。う、うん・・・」
少し重い空気。珊瑚はかごめが気を使って弥勒と二人にしたことをなんとなく感じていた。
「・・・」
かごめの意図が分かっている珊瑚は妙にその場を意識し始める。
(な、なんでこんなに緊張するわけ?な、何かしゃべらないと・・・)
「かごめ様・・・。お強くなられたな」
「え?」
「考えてみたらかごめ様が一番大変な立場ではないか。時を越えてこの時代に来られ、奈落との戦いに巻き込まれ、挙げ句は二股までかけられて・・・。でもいつも笑顔でいらっしゃる。それが・・・今の犬夜叉を支えているのだな・・・。いや全く羨ましい限り。私もそういう女性に巡り会いたいものだ・・・」
いつものおちゃらけな言い回しに冷たく返そうと思った珊瑚だったが、なぜだかやめた。
「・・・。法師様は・・・今までそう本気で思った人はいなかったの?」
自然と口から今一番自分が聞きたかった事が出たので珊瑚自身、とても不思議だった。
「はははは。そういった女性がおれば私は今頃既に父親になっているだろう」
「あたし、真面目に聞いてるんだけど・・・」
「・・・。守るべき人がある・・・。だから犬夜叉もかかごめ様も強いんだな。私は・・・。奈落を倒し、この風穴を消し自分の命を守るために闘っている・・・。そこのところが違うのだろうな」
いつにない、弥勒の真面目な言葉に珊瑚の脈は一瞬大きくうつ。
「・・・でも・・・法師様が自分の命を守るって事は在る意味・・・犬夜叉やかごめちゃん、七宝を守ってるって事だと思うよ。法師様に助けられた事ってたくさんあるし・・・それにいつか自分も風穴に飲まれないかって恐怖と闘ってる法師様は強いと思うよ」
「珊瑚・・・」
「べ、別に褒めてんじゃないからね・・・あたしは・・・」
弥勒はじっと珊瑚の瞳を見つめる。
(ほ、法師様・・・)
「ひっ」
弥勒は珊瑚のふとももをさすりながら言う。
「わかった。珊瑚。お前が私を慕い、子を産みたいというひたむきな気持ち・・・お前の気持ちはしかとうけとめた!ではさっそく・・・って、え?」
「受けとめんで・・・」
弥勒の頭上に珊瑚の拳の影が・・・。
「受けとめんでいいわーいっー!!」
月夜に珊瑚の鉄拳が舞った。
※
河原見える夜空はは雲一つなく、星達が一つ一つキラキラと瞬いている。
「わぁ。星がきれぇ。ねぇ犬夜叉」
「けっ。星を眺めにきたのかよ」
「たまには弥勒様と珊瑚ちゃん二人っきりにしてあげなくっちゃね。いつも何かと気を使ってもらってるし」
「ふん。そんなめんどくさい事なら、俺はどーでもいいけどな」
かごめはちょっとムッとした顔をして犬夜叉に顔を近づけていった。
「な、何だよ」
「あんた、本当に鈍感ね。珊瑚ちゃんと弥勒様を二人きりしたかったっていうのはあるけど、本当は犬夜叉と二人っきりになりたかったっていうものあったのにサ・・・」
かごめは少しワザと小石を蹴ってすねてみせた。
そんなかごめに犬夜叉、ドキマギドギマギ。
「な、んな事わかるわけねーだろ!」
「じゃあ、犬夜叉はあたしと二人になりたくないの?」
「そ・・・そんなことは・・・」
「あーやっぱりそーなんだぁ」
「そっ、そんなことねえっつてんだろ!」
たじたじな犬夜叉にかごめはなんともくすぐったくて少し嬉しかった。
今自分は犬夜叉の側にいる。そばにて、こうして犬夜叉の色んな顔が見ている。笑った顔も怒った顔も・・・悲しい顔も。犬夜叉が居ると確認できる。肌で感じることができる。そう思う心の片隅に桔梗の顔が一瞬ちらつくのだ。
桔梗もまた、犬夜叉の側にいたいだけ。いや、居たかったのに・・・。
「・・・」
「何だよ。急に黙りこくって」
「桔梗は・・・桔梗だって本当はこうやって犬夜叉と一緒にいたいだけだったんだよね・・・」
「かごめ・・・」
「一緒にいて色んな事話して、色んな事感じて・・・。好きな男の子がいたらそう思うの、当たり前なのにね・・・」
かごめは静かに川の水に触れる。
「犬夜叉、あたし・・・いつか・・・できることなら桔梗と色んな事、話してみたいなって思うの」
「え?」
「だってほら、仮にも私の前世だった訳だし、四魂の玉のいきさつとか犬夜叉のどこが好きだったとか色々・・・。っていっても桔梗にそんなこと言ったら、「お前と話すことなど何もない」とかって言われそうだけどね・・・。なあーんてその一方では心のどこかでやきもちやいたりしちゃって・・・。ははは・・・何だか言ってること支離滅裂だね」
複雑な胸の内を話すかごめ。犬夜叉はそんなかごめが痛々しくそして愛しく感じた。
一瞬猛烈にかごめを抱きしめたい衝動にかられた。
「かごめ、俺は・・・」
「そろそろ戻ろう犬夜叉。珊瑚ちゃん達も・・・わッ」
「かごめ!」
バッシャーン!
小石に足を取られたかごめを助けようとして犬夜叉はかごめを抱えたまま一緒に浅瀬へ落ちてしまった。
「ねぇ、ちょっと、犬夜叉、大丈夫!?ねぇ、犬夜叉ってば・・・」
かごめを助けた犬夜叉の腕ははをぐっとかごめを抱きしめる。
「犬夜叉・・・?」
「かごめ・・・俺は・・・俺は・・・」
桔梗への想いも心に残しながらも今、腕の中にいるかごめへの気持ちも止められない犬夜叉。
その言葉では伝えきれない複雑でそして揺れる犬夜叉の心をかごめは自分を抱きしめる力強い腕から感じていた。
「あったかいね・・・」
「かごめ・・・」
「あたし、いっつも犬夜叉の背中に乗ってばっかりだけど、やっぱりここが一番あったくって気持ちいいや・・・」
「俺は・・・かごめの優しい匂いが好きだ・・・」
「・・・。ありがとう。ねぇ犬夜叉・・・あたし・・・一緒にいていいんだよね・・・」
犬夜叉は黙ってうなづく。
「よかった・・・」
「ずっと一緒にいる」と犬夜叉の手をとって約束したあの日。いつか、桔梗の元へいく日がきても、自分は犬夜叉の側でできることを精一杯にしようと決めた。
しかし、この暖かで力強い温もりから離れたくない。離したくない。
(・・・。ごめんね。桔梗・・・今だけ・・・今だけだから・・・ここにいさせて・・・)
「かごめ・・・?」
いつの間にかかごめは犬夜叉の腕の中で眠っていた。
「眠ったのか・・・」
犬夜叉は眠ったかごめを抱きしめたまま芝生へと静かに移った。そして、静かに自分の衣を着せてやる
かごめの優しくてそして穏やかな寝顔を見ながら犬夜叉は想う。
今、自分が守るべきもの。自分を追って死んだ桔梗―・・・。そして・・・。
私も桔梗を救いたい。だってそれは犬夜叉を救うことになるから・・・。
夢の中でそういってくれたかごめ。桔梗を守りたいと言ったのにそばにいてくれるかごめ。
犬夜叉は改めて奈落との戦いの中でどんなことがあろうともかごめを守り抜くと心に誓う。
そして、その想いありったけ込めてかごめを再び抱きしめた。
犬夜叉が好き。犬夜叉を好きな自分も好き。それが私の全てだから。
だからずっとそばにいるからね・・・。